物語3 迫る暗雲
ガイウス、ルキアス、カッシウスらローマの貴族たちはアントンを部屋から立ち去らせた後、酒を酌み交わし始めた。
「ワインはそれほどではないがこのチーズはうまいな。」とカッシウスは喜ぶ。
「そうだろう?うちの支援者が田舎から届けてくれた。」とガイウス。
酒を酌み交わしながら会話が次第に深まっていった。話題は自然と、今や最大の脅威であるカルタゴへと移る。
「しかし、ローマは厄介な相手に囲まれているな。」
ガイウスが重々しい声で言った。「特にカルタゴだ。奴らは海での戦いにかけては他の追随を許さない。長年の経験と膨大な財力を持ち、我々はそれに対抗するだけの技術を持たない。」
「全くその通りだ。」カッシウスがうなずく。「船を作る技術も、海戦の経験も、奴らに比べれば素人同然。地中海で覇権を握るには、海の支配を避けては通れない。」
「ただアントンの技術で少し変わるかもしれない。」とルキウス。
「しかし、見事に間接的優位性をもたらすものばかりだったな。直接の武器にはならないが戦う前の条件を変えてしまう。」
「指揮、補給、運用の柔軟性を増すものばかりだ。もし触れ込み通りに動くとしたら戦争のあり方を変えてしまう。戦闘は変わらずとも戦争は革新される。」カッシウスは目を細めて遠くを見るような表情になった。
「そして民政への効果もある。わしは信号旗システムが国の統合のあり方すら変えていくのではないかと思っている。」ガイウスは言う。
「しかし、アントンは何なのだ。手の内を明かし過ぎる。子供だって宝を持っていればもっと惜しむのではないか。何を狙っているのだ。」
「父上、まあ良いじゃありませんか。我々はアントンを我々の目の届くところに置いているわけだし。技術の核心はもう全部ぶちまけたんじゃないですか?」とルキウスはとりなした。
*****
翌朝、ガイウスとルキウスは朝食を取っていた。今日のコンチネンタルブレックファーストのようなパンにイチジクが付く簡素なスタイルである
従者があわててやってきて言う。
「お食事中失礼します。あのなんとかメーターとかいう奴の指標が動いています。急速に低下しています。」
ガイウスとルキウスは顔を見合わせた。手に取っていたパンをテーブルに置くとそそくさと庭へ出た。
既にそこにはアントンもいた。挨拶もそこそこに一同は庭の池の中のバロメーターを覗き込んだ。
例のバロメーターの指標、浮きから吊るされた小石は顕著に下方に移動し、尚も降下し続けていた。今日的な言葉で言うならば接近する急速に発達した低気圧に水柱の水位が低下しているということになるだろうか。
「嵐が来ます」アントンは静かに、しかし確信を持って言った。
ルキウスは空を見まわした。たしかに曇天が広がっていたが、まだ雨も降っていなかった。ガイウスとルキウスには全く理屈がわからない。ただ天然自然の変化の一端をこの簡単な装置が可視化しているのは直観された。後はこの後の天気の推移を見守ることだ。
ガイウスは言った。「まずは朝食の続きにしようか。」
彼らが朝食を終えるころ雨が降り出した。空は黒雲で覆われた。昼前には激しい雷雨がローマ市街を襲ったのだった。
共和政ローマの人々の驚きを想像してみてください。