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物語2 実験と検証

 カッシウス・ロンギヌスは政治家と言うよりは軍人らしいキビキビとした印象を与える人物だった。方位磁針を見て感銘を受けることは受けたが「どのような気象でもどのような場所でも使えるかそこが検証されないと実用性に関しては留保しておく。」辛口であった。


 中年男は改めてガイウスらへ信号旗リレーを説明した。これについてもカッシウスは慎重だった。

「確かに興味深いが、これも検証を経てからだろうな。ただし検証実験は比較的容易だから早速軍に検証させよう。」


 カッシウスは自分の蝋板に中年男が書いた図を書き写す。

 ルキウスが口を挟んだ。

「これは艦隊運動にも有効なんじゃないかな。例えば敢えて逃げているふりをして敵を誘致し味方の主力にぶつける。」

「戦術の可能性は非常に大きいと思う。しかし検証して運用体制を構築、訓練しないとあくまで可能性にとどまるだろう。」カッシウスはあくまでも冷静だ。


「大変面白い話だった。もう他にはないのか?全部吐き出してしまえ。」ガイウスはうながす。


 中年男はバロメータの絵を描く。

「これは天候の悪化を予想する装置です。水面から逆さに立てたフラスコの水面が上下します。嵐が来る前にはこの水面は低下するはずです。」


 これは何度説明しても理解してもらえないので困った中年男は実験を披露した。

壺と木片と小石と糸と麦わらと細い杭一本、庭の池で水を満たした壺を逆さにして持ち上げた。そして池に立てた杭に被せる。壺の中に麦わらで空気を送り込む。


「今、この壺の中に水面が存在するはずです。この浮きで可視化してみましょう。」

錘の小石を糸でぶらさげた木片を静かに壺の中に浮かべる。杭にはあらかじめ目盛りが刻んであって錘の位置で水面の変化がわかるようになっている。


「先ほどご覧になった浮きと錘の距離から、壺の中の水面が池の水面よりかなり高いことがわかります。この水面は今は安定していますが天候により上下します。水面の高さと天候を記録することによりこの有効性は十分検証可能です。」


「なるほど。簡単に作れるのだな。使用人にこの水位と天候を記録させてみよう。」

とガイウス。

「嵐を避けれるなら大変ありがたいことだ。軍船は重武装で転覆しやすいからな。」ルキウス。

「軍の運用にも天候は重要な要素だ。農民にも大きな恩恵があると思うが、検証しないと占いと変わらない。」カッシウス。



 また中年男は手押しポンプの絵を描いて見せた。

「これは水を組み上げる装置です。これを使えば井戸から水を汲む作業は驚くほど楽になります。ここにある弁が水の動く方向を制御し一方向に汲みあがるようになります。」

「興味深い。井戸に限らず水を動かすというのはいくらでも用途があるぞ。」

奇妙な事にカッシウスが興奮した。

「軍の宿営地でこれを使えればどれくらい役に立つかわからない。」


「農民たちの仕事も大きく変わるだろうな。」ガイウスは感慨に耽る。

「消火や排水にも使えるんじゃないかな。」とルキウス。


「この設計を形にするのは熟練した大工の協力が必要です。」

ガイウスは即座にうなづく。

「なるほど、私の屋敷に出入りしている大工がいる。君に協力するように頼んでみよう。」

逆止弁が面倒だがキャンバスで簡易的に作れないかな。と中年男は試作の段取りを考え始める。


「しかし君は誰なんだ?」ガイウスは問う


 中年男は困った顔をした。

「私自身自分の名前も思い出せないのです。でも覚えていることは自分が共和政ローマが大好きであり、この偉大な国家に貢献したいという事です。」


「ローマが大好き?」

ルキウスは半ば驚いたように声を上げる。

「それは何というか、変わった学者だな。だいたいどこでそんな技術を学んだんだ?」


 中年男は少し間をおいて答えた。

「私は世間を離れ、ただ研究に没頭してきました。どこかの山奥か、海辺か、それも覚えておりません。」


 ルキウスは目を細め、彼を観察する。「つまり、世間知らずの変わり者、いや、狂った学者というわけか?」


 「そうかもしれませんね。」中年男は肩をすくめた。「ただ一つ、信じてほしいのは、私はこの国の未来を本当に思っているということです。それがすべてです。」


 部屋に集まった者たちは顔を見合わせた。議論が始まりかけたが、ガイウスが手を上げて制した。

「まあ、いいじゃないか。こんなに手の内をさらけ出して、有用な技術を与えてくれてるんだ。私たちに害を与えるつもりなら、もっと別のやり方があるだろう?」


 そして、ルキウスはにやりと笑った。

「それに、こんな男、どこにでもいるとは思えないな。彼の知識が本物なら、しばらく我が家に滞在してもらおう。父上、それで良いでしょう?」


 ガイウスは少し考えた末、うなずいた。

「確かに、彼を客人として迎え入れ、様子を見るのが良さそうだな。それから名無しとかあの男とか言い続けるのも嫌だから、アントンという名前で呼ばせてもらうよ。」

「結構です。その方が便利でしょうから。」

中年男はようやく2話の終わりになって住む場所と名前を手に入れたのである。

バロメーターはなかなか理解しにくい概念かもしれません。大気圧と気象の知識に関してはトリチェリーやゲーリケなどの先人に大きく依存していることを痛感します。

主人公アントンの創意と手際の良さを描きたかったのですが成功しているでしょうか。

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