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物語1 出会いの広場

挿絵(By みてみん)


 紀元前3世紀、ローマの街角。


 陽光が石畳を照らし、広場の喧噪が耳に届く。中年の男は、ぼんやりとした意識の中で目を覚ました。体は重く、頭はまるで霧がかかったように鈍い。それでも胸の奥には妙な意欲が渦巻いていた。何かを成し遂げなければならない、そんな衝動が。


「ここは、どこだ?」


 周囲を見渡すと、行き交う人々の声が活気を帯びていた。商人たちの交渉や、遊びまわる子供たちの笑い声、遠くからは市場の喧噪も聞こえる。しかし、彼の記憶には、ここがどこなのかを示す手がかりが一切なかった。名前さえ思い出せない。


 だが不思議なことに、頭の中には鮮やかな図面のようなものが浮かんでいた。歯車、軸、ネジ、そして、何か大きな装置。それが何のためのものかははっきりしないが、それを形にしなければならないという確信だけはあった。


「まずは、誰かに話を聞いてもらわなければ」



 中年男はよろよろと立ち上がり、人通りの多い広場へ向かった。目の前には、清潔なチュニカを着た青年が立っている。引き締まった顔立ちに知性が滲むその姿に、男は思い切って声をかけた。


「すみません、少しお話を伺いたいのですが」


青年は一瞬、警戒の色を見せたものの、すぐに柔和な微笑みに変わった。


「どうかしましたか?困っている様子ですね」


中年男は息を整えながら、胸の中にある奇妙な確信を言葉にしようとした。しかし、突然押しかけて話す内容にしてはあまりに途方もない。


「私は、何かを、皆さんに伝えるためにここに来ました。技術のことです。この街にとって大切な、」


 青年は眉をひそめた。「技術?」


 中年男は腰の布袋から、小さな木片を取り出した。それは、粗末ながらも整った形をした方位磁針だった。


「水に浮かべて使います。どうぞこちらの水盤で。」


中年男は方位磁針をそっと水に浮かべた。確かに針が北を指している。


「これは?」


 青年の目が見開かれる。その瞬間、何かを悟ったように、青年は真剣な顔つきになった。


「面白い。少し詳しく聞かせてもらえませんか?」


 その青年、ルキウス・ウァレリウスは、ローマでも名高い名門貴族の子息であった。彼はただの好奇心からではなく、この中年男が持つ奇妙な技術が何か重要なものを秘めていると直感したのだ。


「我が家に来てください。父に話を通して、支援を取り付けられるようにします。ただし、父は厳しい方だ。説得には根拠が必要です」


中年男は深くうなずいた。「もちろん。すべては見ていただければ分かるはずです」



 貴族ルキウスの家に着いた。

 ルキウスは言った。

「父上、とにかくこの人の話を聞いて下さい。ローマに必ず役に立つ技術があると申しております。」


 ルキウスの父、ガイウスはルキウスによく似た本来は開放的な美男子だったのだろうが、長年の議会政治家の疲労を感じる外見だ。ガイウスは眉をひそめたが、

「まあ、良いだろう。政治家は人の話を聞くのが仕事だ。」


「それでは失礼して、小皿を一枚拝借できますか?」


中年男は水を張った小皿に方位磁針を浮かべた。磁針はなめらかに北の方向を指した。


「なるほど」


ガイウスは呻いた。確かに方位磁針は常に北を示し続けるように思える。だが手品に騙されているだけではないのか?


「これは他にはないのか?同じものを一般的な材料で作ることができるか?」


「今持っているのはこれひとつです。しかし実は簡単にできます。鉄片を赤熱するまで加熱した後で水で急冷し、水に浮くように木片をつけて形を整えれば。」


ガイウスは呆れた。製造方法を秘匿して独占販売して大金を稼ぐこともできるだろうに。何とも欲のないことだ。


「それならいくつか作ってくれないか。検証用に私の友人に配布する。」

「かしこまりました。しかし方位磁針の他にも私の頭の中にはいくつもの考案が詰まっております。例えば信号旗リレーです。」


中年男は蝋板を借りて図を描きながら説明し始めた。蝋板とは木に蝋を塗った筆記道具で蝋の表面を木片で引っ搔いて記録する。現代のホワイトボードのようなものと言えるのかもしれない。


信号を伝える旗を揚げる。次の観測所でそれを見て同じように旗を揚げる。順次信号旗の信号のリレーを行う。


ガイウスは笑って言う。

「それなら、われわれも既に使っているよ。狼煙のリレーだ。」


「いえ、この信号旗のやり方だと伝えられる情報の量が全然違うんです。

極端に言えば各アルファベットに固有の色と意匠の旗を割り当てて短い文章する送ることができます。」

中年男はX字型や丸や横波の旗の絵を描いてそれぞれの横にアルファベットを叩きつけるように書いた。


ガイウスは沈黙した。少しずつこの仕組みを理解し始めた。そして驚愕したのである。

「この仕組みが実際に機能するなら国中がひとつの号令で動けるではないか。待て待て待て。友人と一緒に説明を聞きたい。」


ガイウスは使用人に友人のカッシウスを呼びに行かせた。


「まあ腹も減ったろう。何かうまいものでも食べていきなさい。ワインもまあまあのがあるよ。ルキウス、食堂に案内しなさい。」

主人公の中年男は昼飯とワインにありついたようです。主人公のやり口は寸借詐欺師に非常によく似ていますが、彼がどういう人間かもう少し見てみましょう。

追伸、戯れに印刷して簡易製本してみました。

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