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無茶振りゲーム  作者: 水乃戸あみ
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第二話 アニメ化。3

 ふ、と肩の力を抜き、そのまま背もたれに体を預けた。それでこちらの話が終わったことを悟ったのだろう、雨梨が腕を組み唸った。

「四十八点」

「ひっく!」

「私はかなり面白かったですけれど」

 ふふ、と口元に手を当てて吉川さんは清楚に微笑む。

 くっ。上からの余裕か? あたし渾身の演技とネタがこの点数ならば、あんたはもっと苦しむことになるぞ?

「くそう。刻んできやがって。ガチで点数付けられた感じがしてムカつくわ」

「桜子って最初勢いあってもオチ弱いよね」

「やめて聞きたくない。あたし自分の短所からは一生目を背けていたい派だから。問題は永遠に棚上げして生きていきいたい」

「そんな派にいつまでもいるから……」

「ところで、吉川さんはカートゥーンアニメに――」


「ええっ!? 私、カートゥーンアニメになるなんて一言も聞いてないんですけど!?」


「うおう」

 とりまさっさと次移ろうと吉川さんに振ったら、たった今までおほほとか微笑んでた癖していきなりすごい勢いで身を乗り出してきた。雨梨なんかはびっくりしちゃって仰け反っているけれど、あたしには分かる。自分で振ってみたからこそ理解できる。

 こやつ、できるな?

 途中でお題を遮ることにより、文意を微妙に変えてみせたのだ。……それが良いか悪いかは置いといて。そもそも遊びだし、ルールもクソもないけれど。

 こちらに『なったことある』と言わせないことによって、これからアニメ化される、しかもそれがカートゥーンアニメだと今聞いた、という方向に持っていったわけだ。

 しかも、今の一言でさらに気付いたことがある。

 これ。この方向、もしかすると――。

「あ、あたしはそう聞いたんだけどなあ~」

 とりあえず合わせる。そうすることしか今のあたしにはできないからだ。

「そんな……。私には一言も。だって、本放送まであと一年もないのに」

「え。あ、ご、ごめん。言っちゃいけなかったかな?」

「……誰から聞いたんですか?」

 少しムキになっている。間違いなく演技であるが、呑まれそうになる。くっ。やっぱりこいつ、間違いない!

「あー、あたしがアニメになったときの声優だけど。実はまだちょっと繋がっててさ。それで今度ちょい役で出るっていうからさ」

 適当にさっき出した設定を持ち出した。

「もう、声優まで……」

「なにこれ」

 雨梨が呆れたように漏らした。だがそんな反応をしている雨梨だって気付いているかもしれない。これは、

 ――客いじりだ。

 ちっくしょー。こいつこの前のでいっちょ前に客いじり覚えやがったな! あたしそういうのもっと場数踏んでからだと思うんだけどなー! ……嘘。あたしもまだやったことなかったのに先越されて悔しいだけなんて言えないっ。

 はあ。なるほどね。観客(この場合観客で合ってるか?)に話を振ることによって成立させる漫才などの手法の一つ。基本一人芝居で、たまに客(右に同じ)に振ってもそれは自分の話を成立させるための前フリにしかなってないあたしからみれば、やってることがより高度で腹が立つ。今度、パクろっかな!

 吉川さんは心底から落ち込んだみたいに肩を落として俯いた。

「ひどい。編集さんは一言も言ってくれなかった。絶対知ってるはずなのに」

「え? 編集さんがいるの?」

 素で訊いてしまった。

「? ああ、気付いてないんですね。そりゃいますよ。原作である以上」

「どういう……」

「私たちは原作ですよ? 編集さんはいるものでしょう?」

 どうして分からないのか。そう言われている気分だった。背筋がぞわりとする。え。あたしって編集付いてたの?

「私は初めてのアニメ化だから成功させたいんです。それがカートゥーンアニメって」

「カ、カートゥーンアニメだっていいものだよ……?」

 つい、擁護するような台詞を吐いてしまった。イジられた以上、あたしはもう相手のフィールドに上がってしまっているのだった。

「だって。桜子さんのあのアニメせいで放送枠ひとつ無くなっちゃったんですよね?」

 え。

「あたしのアニメのせいで放送枠潰れたの……?」

「あ。これ言っちゃいけなかったかな」

 吉川さんは今更気付いたように口を抑えた。くっ。演技だってのに微妙にショック受けてるあたし。放送枠ひとつ潰れるなんて、よっぽどあたしのカートゥーンアニメ人気無かったのかな。DVDもグッズも、後生大事にずっと捨てずに取ってあるのにな。あのときあたしの声やってた声優さんも、あたしちゃんとSNSでフォローしてるのにな。リツイートもいいねも何かつぶやく度にしてるのにな。フォロバされていないけど。認識すらされていないようだけど。言うまでもなくここまで全部嘘だけど。

「すいません。忘れてください。でも。だからっていうのもありますけど。私は失敗したくないんです……。桜子さんはまだ幼かったからその後挽回する余地があったかもしれませんけれど……。私は、もういい年です。生きて十五年目ともなれば、人気が無くなったら打ち切りってことだってあり得ます。アニメ化切っ掛けで原作の人気――つまり私に影響が及ぶ、なんてことはないようにしたいんです。少なくってもファンだっています。初めてのアニメ化だからこそ、言ってしまえば実験的なカートゥーンは避けて普通にアニメ化して欲しくって」

 カートゥーンが実験的かどうかは置いといて。

「打ち切られたらどうなんの?」

 それまで黙っていた雨梨が訊いた。

「移籍って手もなくはないですが……」

 移籍て。一体吉川さんはどこに掲載されているんだろう。マガジンのグラビアだろうか。て。グラビアじゃないかっていうより、漫画雑誌かどうかすら怪しいが。でも、吉川さんならきらら辺りの四コマ辺りが妥当か。かわいいだけに見えて意外とぶっ飛んでるやつが載ってるって意味でも。

「……美味しいごはんが食べられなくなります」

 真剣な面持ちで雨梨に返した吉川さんは、何かにぐっと堪えるようだった。

 うーむ。普通に死んじゃうとか言われるよりもよっぽどその先を想像させて怖いな。メタ臭いデスゲームみたいになってきたぞ。アニメ化失敗したあたしはちゃんと挽回できたんだろうか? 臭いメシ食ってないか?

 吉川さんはぎゅっと拳を握る。スカートに皺が寄る。

「き、吉川さん? 大丈夫?」

「私っ、やっぱり言ってきます! アニメ化、今からでも考え直してくださいって! 編集さんやアニメ制作の方に直接訴えてきます!」

「え、え? え? あ、おーい……」

 あたしと雨梨に向けて言い放った吉川さんはがたんと席を立つと、勢いよく教室の中を横切って出て行ってしまった。教室前方の扉を閉めもしないで、つったったっと。え。あれ? どうなんだろう、これ。あたしは雨梨と顔を見合わせた。お互いなんとも言えない表情だ。あ、戻ってきた。何事かみたいな感じで出たり入ったりする吉川さんを見る放課後教室居残り組。吉川さんはテレテレ頭を掻きながらまたちょこんと同じ席につく。

「えへへ。以上です」

「あらけっこう短いね」

「シンプルにまとめてみました」

「八十点」

「あら」

「たけえよ!」

 思わず吠えていた。割り込むような形で点数を告げた雨梨にあたしは食って掛かる。

「何故に!」

「桜子の世界観を引き継いだ上で、客いじりを取り入れ、その上引き継いだ世界観を発展させている。上位だと思われる編集や読者の存在を示し、人気が無くなれば移籍という選択肢も提示しつつ、それでも最終的なところはこちら側の想像に委ねる。うん。やってることが高度だわ。なにより最初、お題を微妙に変化させてきたその手腕が憎いね」

 ちきしょう気付いてやがったか。べた褒めじゃん。なんだその評論家みたいな口調。

 ていうか、あんたオカルトっぽいオチとか今吉川さんがしたみたいな『世にも~』系のお話が好きなだけじゃないの?

「吉川ちゃん、まだ二回目だからね。何度もやってるぶん、どうしても桜子には採点が辛めになっちゃうけれど……それでもわたしは感じるね。吉川ちゃんの可能性を」

「いえいえ。それほどでも。あ、でも私、桜子さんのやつは本当に好きですよ?」

 何の可能性だよ。ちくしょう。テレテレしながら調子付きやがって。口元に手を当てながら微笑まれると「うぷぷ」とかやられてる気分になってしまうのは、あたし自らが敗北を認めているからだろうか?

 こうなったらばっ!


「はんてーい!」


 委ねることにしよう。暇人共に。聴衆共に。

 あたしは叫ぶ。

 教室中の轟く大声で。

 放課後教室居残り組が「またかよ」みたいな呆れ笑いをしつつも、もう帰る頃合いだったのだろう、こちらにぞろぞろと近寄ってきた。

「あたしがいいと思う人ー!」

 ……。

「吉川さんがいいと思う人ー!」

 ……。


 くっ!

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