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無茶振りゲーム  作者: 水乃戸あみ
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第六話 面白い話。8

 滑り出しはゆっくりだ。考え込んでしまったあたし自身のつくった沈黙は、ここで効果的に威力を発揮する。声が波紋になって伝わっていく感覚。今まで沈黙を嫌っていたが、こういう場合はアリなんだと知る。


「とある町」


「少女の名前は桜子と言いました」


「桜子は明るく、その場に桜子がいれば笑いが生まれる、いわゆるムードメーカーのような存在でした」


 普段と違う雰囲気のあたしに雨梨や吉川さんのみならず周囲みんなが緊張するのが分かる。もちろんあたしも緊張している。前回以上にお話を作る上での指標がまるでないからだ。大海原にボートひとつで漕ぎ出しているような気分。


「桜子にはしかし、困った悪癖がありました。ムードメーカー的存在ですから、当然、友だちも多かったのですが、同時に桜子を嫌っている子たちも複数おりました」


 ここで一旦区切って間を作る。


「桜子の困った悪癖。それは悪戯です」


「人の嫌がることを進んでやる娘、それが桜子という少女でした」


 ぴくんっ、と吉川さんが反応する。狸合戦の時だかにしたあたしの発言を思い出しているのだろう。


「桜子のやる嫌なこと。それは、物を取る、や、人を叩く、だとか、そういう誰でも思いつきそうな嫌なことではありません」

「桜子は、ひとりひとりの人となりをきちんと把握し、その人が一番嫌がりそうなことを実行したのです」


「クラスの人気者。普段から自分の子分たちに芸を要求している、云わばお山の大将的存在には、場を作った上で、完全に逃げられないようにした上で、子分たちにしたのと同じように芸を要求するということをやりました。桜子がそれをした次の日、お山の大将の地位は確実に落ちていました。どこか子分たちから軽んじられているような雰囲気が伝わってきました。桜子は大変満足しました。一週間後、一ヶ月後と、同じように芸を要求しました。お山の大将はお山の大将じゃなくなっていました。桜子は大変大変満足しました。子分たちからこっそりありがとうと感謝されたことも、桜子の自尊心も満たしました」


「クラスの嫌われ者。髪はもじゃもじゃで、着ている服はツギハギで、性格は暗くて引っ込み思案。照れ屋でいつもひとりぼっちな女の子。そういう子には、場を作った上で、完全に逃げられないようにした上で、彼女を着飾って綺麗にしてみようという遊びを、クラスの人気者の女の子たちに提供しました。人気者たちの中心になる。引っ込み思案で照れ屋な女の子も当然ずっと喋らないというわけにも参りません。彼女はおっかなびっくり、汗を掻きながらも、必死にクラスの人気者の女の子たちから浴びせられる、姦しい言葉の数々に答えていきました。理解し難かった彼女の性格を知れたことで、人気者たちとの間にあった溝も少しだけですが埋められていきます。それから数十分後、そこに今までの彼女はいませんでした。着飾った彼女の姿は、それまでの彼女と全く違っておりました。暗かった雰囲気は一掃され、引っ込み思案で照れ屋な性格は、何を考えているのか理解らないという風に周囲に映っていましたが、着飾った後となっては、それがどこか魅力的に見えるのです。上目遣いでこちらをチラチラと伺う様は小動物を思わせ、相手の心を擽ります。嫌われ者だった彼女はすぐにクラスの人気者へと生まれ変わりました。その姿を見、桜子の自尊心は満たされました。髪を切ることは、最初こそ嫌がっておりましたが、終わってしまえば結果オーライですね」


「桜子の好きだった男の子」


 今度は雨梨がぴくんっ、と反応する。


「彼は決して女子に人気のある方ではありませんでした。運動神経は鈍く、背は低く、顔もそこまで格好良い方ではなかったからです。けれど、彼のユーモアに富んだ言い回しは同年代にはないものを感じさせました。読書好きの父の影響からか、よく本を読む方だった桜子は話が合うこともあり、何時しか彼が好きになっていました」


「しかし、彼には既に彼女がおりました。彼の幼馴染ということでしたが、周囲から見ても、桜子から見ても、あまり釣り合っているようには見えませんでした。元気で溌剌としていて、どちらかと言うと、本を読むより外で遊んでる方が好きという子でした。性格は正反対です。桜子は彼女が見ている前で、わざと彼と仲良くしてみました。怒るに怒れない、注意しようにも注意しにくい、そんな絶妙な距離感を保つよう心がけました。彼女はすぐに機嫌が悪くなりましたが、あまり女の子からちやほやされたことのない彼は満更でもない様子です。桜子は事あるごとに彼に近付いてみました。そうしている内に、元々男の子の友だちも多かった彼女は、違う別の男の子と話す機会が増えていきます。何かひとつ減れば、何か別のひとつが増える。自明の理です。だんだんと彼と彼女は疎遠になっていき、関係は解消されました。桜子は彼とお付き合いすることになりました。男の子から言ってきてくれたのです。もちろんオーケーしました。自分ながらに釣り合いが取れているように思えました。一方、彼女の方はと言えば、以前に比べ、外で遊ぶ機会は減り、明るかった性格もどこか翳りが見えるようになりました」


 雨梨の目がうっすらと細められる。


「近所の女の子」


「彼女はいつもひとりぼっちでした」


「友だちはひとりもいません」


「いつも本ばかり読んでいます」


「彼女が読んでいるのは、桜子の読んだことのある本ばかりでした。そこで桜子は彼女に近寄り、ぼそっと本の結末をバラしました。当然、彼女は怒ります。しかし、桜子は次の日も、その次の日も、彼女の読んでいる本の結末をバラしました。その度、彼女は怒りましたが、だんだんと彼女の桜子に対する態度が軟化していっているようにも思えました。桜子は彼女とよく話をするようになりました。本のお話です。時々でしたが、笑顔を見せるようにもなってくれました。彼女と桜子は友だちと言っても良いくらいの関係を築けました」


 言い直す。


「桜子と彼女は友だちになりました」

 視線を上げると、雨梨と目が合った。口元は笑っている。対面、吉川さんの方は笑っていなかった。戸惑いを浮かべている。反応に困っているようだ。

 もっと困ってもらおう。

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