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無茶振りゲーム  作者: 水乃戸あみ
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第六話 面白い話。4

 あたしはぽつりと呟いた。雨梨が訝しむ。

「金次郎?」

「だってさあ。言った通りに、持てないくらい図書袋の中、本いっぱい詰め込んでたでしょ? それで雨梨どうしてたと思う?」

「引きずってでもいたんですか?」

 その言葉にあたしはかぶりを振った。そしてあたしの云わんとしていることを察したのか、今度は雨梨が顔を赤くした。

「ランドセルの上にその図書袋乗っけてさー、そんでランドセルから袋が落ちないようにわざわざ手提げの部分首に巻きつけて前傾姿勢でバランス取ってんだよ? その上で本読みながら歩いてんの! 信じられる? あたしあん時マジで思ったね! 金次郎だ! 二宮金次郎が目の前にいるって!」

 図書袋が薪に見えて仕方なかった。

 小学校の校門の脇に立っている二宮金次郎像そのまんまだった。

「あぶな」

 吉川さんが口元に手を当てて驚いていた。若干引いてもいる。うん。あれはいつ車に轢かれてもおかしくなかった。

「そう。だからあたしが目の前にいるのにこいつは気が付かなかった」

「どういう?」

 あまりあたしが語るのも変だろう。あたしは目で雨梨を促した。

「ぶつかったの。軽くね? こつんって。この子が、本に隠れるようにして膝立ちになってわたしを見上げていて」

「何故そんなことを」

「反対側から覗き込めば背表紙が見えるでしょ? 本の。タイトルから何から。で。たぶん気付いてると思うんだけど、わたしもそうだけど、桜子もけっこうな読書家なのね? わたしと同じか、それ以上か。その辺りはわかんないけど」

 いやあ。雨梨よりってことはないんじゃないかなあ。問題は。

「問題は――。わたしが本を読めればそれで満足するってタイプだったのに対して、桜子はどっちかって言うと感想の共有をしたいってタイプだったってことだね」

「ああ、それでおふたり仲良くなったんですか」

「それもなくはないけど……」

 納得したような表情を見せた吉川さんに、雨梨は口を濁した。

 あたしは増々気まずくなって雨梨から顔を逸らす。窓の反射越しにちらりとあたしを一瞥してから、雨梨は応えた。


「第一声。読んでいた本のネタバレをされたんだ。

 その本の犯人、実は○○だよって」


 声音は、死んでいた。

「最低」

 長きに渡る沈黙の後、吉川さんはただ一言であたしを表現した。いいや、それは吉川さんだけではない。その言葉は教室中のそこかしこから聞こえてきたのである。そっぽを向いていたあたしは遂に耐えられなくなって腕枕をつくりその中に顔を埋めた。

「う……うぅ……。みんな、ひどい……そんな、言わなくったって」

「酷いのは桜子さんです」

「でも。言葉にしちゃいけないことってあると思う」

「どの口が……。えぇ? ごめんなさい分かりません。一体どこに惚れる要素があるんですか? それ以前の問題ですよ? 今後、一生、人として好きになれるかどうかすら怪しい人物です」

 言い過ぎだと思う。人物て。

 本当に傷つくからやめて。

「ふふ」

 雨梨は微かに微笑んだ後、あたしのやったことの肩を持つように優しい声音で言った。

「ま。小学生のやったことだしね?」

「だとしてもですよ」

「わたしだって最初は腹が立ったけどさ。同年代で同じ本読んでる子なんて初めて会ったわけじゃん? わたし、それが嬉しくってさ。すぐに違う小学校だって分かってそこは残念だったんだけど。それでも、あの家に着くまでの僅かな帰り道の間、桜子と一緒に語り合うのが、あのときのわたしの一番の楽しみだったんだ」

「……」

 そのキラキラとした瞳を見、吉川さんは黙った。あたしは「ほへえ」と感心していた。ほへえ。そんな風だったんだ。あたし全然覚えてないな。……他に気を取られていて。

 あたしは思い出す。


『へ。え。あ。あ。ああ……ああっ! まだ読んでる途中だったのにー!!』

『あたしは昨日読んだよ』

『知るか!! 死ね!!』

『犯人は○○。犯人は○○。ちなみに同じ作者の別作品の犯人を順番に言っていくと』

『あー! あー! あー! それより誰!? あなた!?』

『桜子』

『へんな名前』

『ほっとけ。あんたは?』

『……雨梨』

『余り者のあまり?』

『空から降る雨に果物の梨で雨梨!!』

 

 最低だ。あたしって。

 たぶんあの頃の雨梨にとって余り者の雨梨って一番言われたくない悪口だったはず。初対面でそこを的確に突くあたり、ネタバレのこと抜きにしても、幼い頃のあたし性格最低過ぎる。

「はあ。まさか桜子さんの犯した十年前の罪が、雨梨さんの読んでいた本のネタバレだったとは……。二週間ぶりの伏線回収ですね? これ、私のポイントになりませんか? あのときは両者引き分けでしたが、この気付き、結構ポイント高くありませんか?」

「やかましいわ。ポイント制など採用しておらんし、それに、正確に言うならせいぜい八年前。十年もいってないよ」

 吉川さんはその気付き事態はどうでもいいのか、特に反応を見せなかった。気になるのはやはり当時の雨梨の心情のようだ。納得できないとばかりに悩ましげな声を上げる。

「う~ん? それでも分かりませんねえ。百歩譲って桜子さんと仲良くなるのは理解できますが、恋にまで発展するとなると。雨梨さん、そっちの気がおありなんですか?」

 この子は訊きにくいことを平気で訊くなあ。

「ないよ」

 笑って否定する雨梨。続けて言う。

「桜子のこと男の子だと思ってたんだよね」

「え? なんでですか?」

「さあ。なんでだと思う?」

 悪戯っぽい笑みを浮かべた雨梨から瞳を外して、じっとこちらを凝視する吉川さん。あたしは自らの過去を透かし見されているようで居心地が悪くなる。お尻を左右浮かした。むずむずする。

「今より髪が短かったんですか?」

「ショートだったね」

「でも声の高さだって」

「声変わりする前だし」

「そもそもランドセルで性別くらい判別付きそうな」

「こいつのランドセル紫だったんだ」

「ああ、自由に選択できたんですね。私の学校指定だったんで羨ましいです。男の子っぽい格好しかしてなかったとか?」

「いやあ? たまにスカート履いてたよ? ねえ?」

 こくりと頷く。

「それがどうして。あ、ちょっと待って下さい。だって桜子って名乗ったんですよね? それからも交流が続いたということは自己紹介くらいは初めにしたのでしょう? 男の子だって勘違いする要素がそもそもなくないですか?」

「ちゃーんと名乗ったよね?」

 こくりと頷く。


「音読みで名乗ったんだよ」

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