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敬虔なる修道女 エミリー・クルスの友愛の物語

皆様、初めまして。

私はオークの森林に囲まれた閑静な村、アクア・エテルのしがない修道女エミリー・クルスと申します。

井戸の水―――村で聖水と崇められる品を輸出し、生活に不自由なく暮らしております。

方々から観光しにこられる客人にも落ち着く場所と好評で、ありがたい限りです。

資源に乏しい村々が細く長く栄えてこられたのは、ひとえに全能の神ヴォートゥミラ三神の庇護によるもの。


「模倣の神イミタよ。願わくばアクア・エテルに幾星霜安寧もたらさんことを」


ヴォートゥミラ三神の御心を知るには、まだ道半ば。

信仰を極めるには精進あるのみ。

瞳を閉じて両手を組むと、闇の中に心象風景が広がっていきました。

その闇をじっと見つめると、奇妙なものに気がつきます。

それはモヤでした。

瞼の裏の夜の漆黒よりも濃いモヤは次第に人の形へと姿を変え、稲光が落ちたかのような激しい光に包まれると―――眼前にはもう一人の〝私〟がおりました。

私と同じように〝私〟は祈りを捧げ、呆気に取られたものの、すぐにある考えがよぎります。

もしやイミタ神が顕現なさったの?

別のポーズをすれば、〝私〟は模倣をなさるのでしょうか?


(ああ、いかないで!)


邪念が混じると同時にワタシは掻き消えていき、慌ただしく踏み鳴らされるコンクリートの音で、私は目をぱちくりさせます。


「エミリーさん、今日はあの日じゃよ」

「え、ええ。準備はできております」


先ほどの出来事が鮮明に脳裏によぎり、つい歯切れの悪い返事になってしまいました。

酒樽のような体型の、白ひげをたくわえた彼の名前はワイアット。

背負ったカバンは彼の腹回りと同じように大きく、中身がぎゅうぎゅうに詰まっておりました。

商人をなさるドワーフで霊拝の地モルマスにほど近い、フィリウス・ディネ王国へと、私を誘ってくださった張本人。

モルマスはメタモルフォシス神の管理する死界に、最も関連性の高い場所。

三神を信奉する我々にとって、一生涯に一度は訪れたい聖地なのでした。


「王国にいくなんて久し振り」

「エブリンもついていくけれどいいかい。我儘娘には困ったもんじゃな。ゆくゆくは結婚し、エミリーさんのように落ち着いてほしいの」

「いいじゃありませんか、勇敢な女性。エブリンには、エブリン独自の魅力がありますもの」

「パパ、エミリーと何を話してたの? まさか、また結婚がどうとか言ってたんじゃないでしょうね?」


色黒で背丈の低い、赤毛の少女エブリンが眉間に皺を寄せ、教会が一気に騒がしくなります。

私と並べば人の子の親と子ほど身長差があり、見た目は子供ではありますが、エルフの私同様、人が生まれ生涯を終える姿を、幾度も経験してきました。

彼女とは時に泣き、時に笑いあった昔ながらの気の置けない親友。

愛娘に睨まれたワイアットは、逃げるように去っていきます。

 

「ほら、アタシたちもいくわよ」

「ええ、そうね」


彼女に修道服の裾をつままれ、共に駆けていくと、村の門には人だかりが。


「ワイアット、これで全部なのか」

「いつもごくろうさん。大した報酬も出せず、申し訳ないのぅ」

「聖水は村の生命線だろう、気にするな」


馬車の周りには、金属を身に纏う冒険者や魔道士の方々が集まり、会話を交わしていました。

水の護送をしていただくために。

ワイアットにも多少の戦闘の心得はありますが、やはり本職の方に比べれば未熟そのもの。

それに盗賊に襲われては元も子もありません。

道中はゆっくりと進み、しばらくは何も起こらず、退屈な時間が続きました。

爽やかな木漏れ日を浴び、心地よい揺れにうとうとと夢に誘われそうになる刹那


「グゥオルルゥ!」


馬車から顔を出すと犬の頭を持つコボルトの群れが、我々の前に姿を現します。

片手には石の鎚を持った怪物たちは犬歯を剥き出しにし、敵意と闘争本能を持つのが、一目で見てとれます。


「魔物共よ! こっちだ、こっち!」


馬車から降りた騎士様は相対した魔物にも怯えた様子はなく、挑発しました。

魔物の注意を惹きつける間に魔道士の方々が、杖を片手に虚空へ何かを描き魔術を唱える、一糸乱れぬ連携は皆様の絆の賜物。


「フゥンッ!」


騎士様がコボルトを切り伏せ隙を晒した瞬間、群れが飛びかかります。

棍棒が頭の甲冑を掠めそうになり、私は思わず目を覆いましたが


「水の精霊ウンディーネ。我の呼び掛けに応じ、氷矢が敵を貫かん。サギッタ・スティーリア!」


―――背後から氷柱の矢が的確に魔物を射抜き、騎士様をサポートしました。


「炎の精霊サラマンダー。時に愛の言葉を囁き、戦場では不死鳥と形を変えよ。フォルマ・アルデンティア!」


続けざまに形ある炎を呼び出す高等魔法は―――不死鳥となり、人の血の如し灼熱の翼で群れへ死の抱擁をし、戦いは終幕へ。


「シスター、ご無事ですか?」

「ええ。それよりも貴男方は大丈夫かしら。薬草をどうぞ」

「おお、ありがたいな。お前たちも常備しておけ」

「我々への慈悲、感謝いたします」


黄色の小さな花弁を咲かせるサンハーブを手渡すと、彼は薬草の枝を手折り、等分していきます。

精悍な顔立ちの皆様が普段よりも凛々しく見え、胸が弾み、私は熱く体が火照っていくのでした。

口を開けば目の前の方々に、鼓動がまるきこえになってしまいそうで。

言葉少なになり、まともに顔を合わせられません。

身近な人々を気遣う温和な王子が主人公の英雄譚の、お姫様というのは、こんな気持ちなのかしら。

現れた魔物を倒して祈りを手向ける内に、水平線の向こうへと太陽が引っ込み、夜が近づいてまいりました。

徐々に出現する魔物も変化し、より厄介になっていくのでした。


「魔物は片付きました、シスター。祈りを」

「ええ」


戦闘を繰り返すにつれ、屈強な冒険者の方々にも、徐々に疲労が見え隠れしていきます。

仲間と軽口を叩く回数もめっきり減り、野営の頃合いと考えていた矢先、甲高いいななきが響き、皆様は椅子から転げ落ちるように、外へ確認するのでした。


「ウィスプだ! お前たち、魔術の準備を」

「シスター、危険です!」


淡い光がゆらゆらと揺れ、我々に近づいてきました。

ヴォートゥミラには霊魂は聖職につく人間をつけ狙うと数多の伝聞が残されており、修道女は決して関わってはならない。

そう言われております。

神に仕える者に救いを求めて、或いは自らを見捨てた神を呪うが故。

どちらかはわかりません。

けれど皆様にばかり、迷惑はかけられない。


「この方々に手出しはなりません。やるならば私を殺しなさい」


啖呵を切ると明滅は激しくなり、私は生唾を飲んで最後の刻を覚悟いたしました。

しかし敵意はないようで、それどころかペットが飼い主にじゃれあうように、私に擦り寄ってきたのです。


「神々の元へ向かう手助けをしてほしいのですか?」


円を描くような反応を肯定と受け取り


「老いと死の咎を背負う魂。メタモルフォシスの慈悲によりて、新たな生命へと導かれよ。さぁ、還りなさい。神々のはらの中に」


唱えると緑の光が放射状に輝いて、無へと至ります。

マナの光―――誰もが最後には世界に偏在するエネルギーへと還る。

残酷な理に美を見出すのは、不謹慎なのでしょう。

けれど彼らが神々の元に導かれたと、私は信じております。


「……魔物が消えていく。エミリーさん、怪我はないかのぅ? 無茶は禁物じゃぞい」

「ええ、大丈夫です。生ける者にも命亡き者にも、救いは必要ですもの」

「無茶しないでよねっ! エミリーはわ、私の幼馴染なんだからさ!」


エブリンの刺々しくも慈愛に溢れた台詞に、思わず笑いが込み上げてきます。


「皆様、休憩にしましょう」


そうして私たちは野営をし、森で一晩明かすことに。

焚き火をつけると風に煽られた紅蓮の舌が、フライパンを舐め、魔物の肉を温めていきました。

きつね色の肉が皿に盛りつけられるや否や、冒険者の方々は流し込むように平らげていき、あっという間に空に。

赤々とした知恵の実をかじると爽やかな酸味が口いっぱいに広がり、ささやかな食事が終わりを告げます。


「ごちそうさまでした」

「おお、星の綺麗な夜だな。じゃ、皆の為に一曲歌おうかな」


冒険者の一人がリュートの旋律が奏でる穏やかな音色に、私は意識を闇に委ね、気がつくと眠りに落ちるのでした。




「ぐ、ぐおぉおっ!」


次に私が起きる目覚ましとなったのは、小鳥のさえずりでもエブリンの快活な声でもなく―――冒険者の方々の悲鳴。

慌てた私が周囲を確認すると、暗闇に人が倒れ込んでおりました。

助けなければ―――駆け寄ろうとした瞬間、私は金縛りにでもあったように全身が硬直し動けず


(どうしてしまったというのです?!)


ただただ困惑していると、鬼火に照らされた髭面の男たちの下卑た微笑が浮かび上がり、私は全てを悟りました。

蝋状になった白の手を燭台に―――あれは栄光の手。

刑死者の手を切り取り加工して作られた、灯火を見た者や魔物の動きを一時的に封じる魔法品。

魔物討伐に役立てる善良な冒険者もいれば、下賤な輩に渡れば、このように使われるのです。


「盗人め、恥を知りなさい!」


目頭に力を入れ、睨み据えるも、盗賊は嘲笑するばかり。

ただただ無力な自分をこれほど呪ったことは、ありませんでした。


「おうおう、綺麗なエルフ様だなぁ。俺たちの慰み者になるなら殺さないでやるぜ?」

「よく見れば上玉じゃねぇか。さっそく頂くとするか」


そういうと盗賊は胸を揉みしだき、私の頬に舌を這わせます。

生暖かくざらざらした感触に、背筋がぞわぞわと寒気立ち、歯の根を絶え間なく噛み合わせる他ありません。

乱暴で一切の遠慮も繊細さの欠片もなく、恋人同士が行うそれとは、まるで違ったものでした。

自らの欲望の捌け口として、私の体を利用するだけの行為に、愛などあるはずもなく。


「い、今なら取り返しがつきます。人の所業を全能神は見ておられる」


ベルトを緩め、ズボンをずりおろす男たちに叫ぶと


「だったら今この瞬間、神様に助けてもらえるだろうよ。なのに何の罰も下りゃしねぇ」

「なんで神様は傍観しているだけなんだろうなぁ、ギャハハ!」

「親分、ドワーフの小娘がもう一人いましたぜ」


盗賊と問答をしていると、盗賊の子分がテントからエブリンを引っ張り出しました。

髪を掴まれた彼女は苦悶の表情を浮かべ、足をばたつかせ、必死の抵抗をしています。

ですが栄光の手の力には、ドワーフの腕力も意味をなしません。


「ケケケ、人間のガキとヤった時を思いだしますねぇ」

「エブリンには手を出さないで!」

「だったらテメーがコイツの代わりに、相手してくれんのか?! あぁ?」

「エミリー、私のことは構わず逃げて!」


男たちの恫喝と彼女の良心の狭間で、目頭が熱くなりました。

こんな連中が口約束など守るわけがない。

けれど、このままではエブリンが……どうすればいいのでしょうか。


「……手を出すのは私だけにしなさい」

「それでいいんだよ、拒否権なんてねぇんだからな」


盗賊たちは私を取り囲み、身体の隅々を弄んでいきます。

ああ、神よ。

……もし見ておられるのならば、わずかばかりの慈悲を。


「ひ、ひゃあぁ!? 嫌だ、あぁ……」


目を瞑った刹那、阿鼻叫喚が耳を刺激し、何事かと目を開けてみると―――盗賊の一人の衣服が何故か燃え始めていました。

地面をのたうつ盗賊は仲間に助けを懇願すると、他の盗賊にも引火し、次々に辺りは火の海に呑まれていくのでした。


「ぐ、魔物を操る連中がどっかに隠れてやがんのか?」

「退却だ、退却!」


逃げ惑う盗賊を執念深く追うかの如く、輝きは延々と彼らにへばりつきます。

やがて燃え盛る炎は人の形となり、魂の一片まで焼き尽くすと、たちまち盗賊たちは全滅させました。

突然の発火現象に驚き半分、難を逃れた安堵半分。

とても悪党が息絶えたのを喜べる精神状態にありません。


「た、助かった、のかのう」

「え、何が起こったの?! それよりどうしよう。このままじゃ野垂れ死ぬかも……冒険者の人たちも、埋葬してあげたいし」

「……困りましたね」


生き残った私たちが呟くと深き闇の中で、何かが発光しました。

また人かと思い目を凝らすと、木々から光輝なる炎が煌々と燃え盛り、我々を何処かに誘うように先導していきます。

彼らからは悪意を感じない。 

私が炎についていくと、危ないと呼び掛けて足を止めていたワイアットとエブリンも根負けし、すぐに私に追いつきました。


「この光。まぎれもなくウィスプの皆様です。私たちが彼らに愛を示し、彼らもまた愛を与えた。愛の循環で世界が在ることを、メタモルフォシス神の宿命に悟らせて頂いたのです」

「うん、それが真実なら素敵なお話だね」

「……そうだね、エブリン。感謝いたします、名も知らぬ愛ある人々よ」


光を頼りに、私たちは近隣の村まで無事に辿り着きました。

私はそれ以来この出来事を愛の物語として、迷える人々に説教しております。

信じる人々は決して多くはなく、時には嘘吐きと罵られ、心が揺らぐこともありました。

ですが命枯れ果てるまで、三神の御名の元に救済をしていくと、胸に誓ったのです。

敬虔なる修道女 エミリー・クルス


職業·僧侶クレリック

種族·妖精

MBTI:ISFJ

アライメント 中立·善


井戸から汲み上げた聖水を売るのを生業にした村、アクア・エテルのエルフの修道女。

温厚で人嫌いしない性格だが、悪人へは毅然とした態度で接する芯の強さをも兼ね備えた高潔な人物。

ヴォートゥミラ大陸の三神イミタ、シグニフィカ、メタモルフォシスへの信仰心が厚く、魔物であろうと救いを差し伸べる姿から、冒険者や村人から信頼を寄せられているようだ。

犬猿の仲とされるドワーフの親友エブリンとは幼馴染の関係で、些細なことでも相談をしあう間柄。

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