邂逅
人類居住可能惑星としてようやく発見したbt-448-3に先遣隊として送り出した情報科の調査チームと自衛科の護衛部隊から、人型の生命体を発見したとの緊急通信が送られてきた。
「調査チーム、詳しい状況を報告してくれ。」
<はい。揚陸艇が大気圏内まで降下したタイミングで地表面を光学センサーでスイープしたところ、直立二足歩行をする人型生命体を発見いたしました。>
「なるほど、地上の先住民がこちらに気がついた様子はあるか?」
<はい。特に光学迷彩を使用しているわけではないので、こちらを視認して着陸ポイント付近に集まっているようです。>
調査チームは先住民とのファーストコンタクトを優先したということか。
<それと先住民なのですが、何やら細長い棒のようなものや見慣れない物体を手にしているようです。>
細長い棒のようなもの?
<護衛部隊の指揮官の話では光学画像を見た限り、大昔の槍や弓のような原始的な武器の類だと思われる、とのことです。>
槍や弓だって?そんな原始的な武器という事は、先住民の文明はそこまで発展していないのかもしれないな。
「銃器のようなものは判別できるか?」
<いえ、銃器の類は存在しないようです。>
やはり、地球でいうところの中世レベルの文明のようだ。
「よし、なるべく彼らを刺激しないようにコンタクトを試みてくれ。言語の違いはヘーリオスが補助をすれば問題ないはずだ。」
<了解しました。>
~
俺は探査船アルゴー号の自衛科所属の乗組員だ。
アルゴー号が出港以来、初めて探知した人類居住可能惑星bt-448-3に先遣隊として派遣された調査チームに護衛部隊として参加している。
ブリッジや情報科の連中は先住民が原始的な武器しか持ってないってことで楽観視している節がある。
もちろん平和的に話し合いができるなら、それに越したことはないんだけどな。
「まもなく着陸します!」
揚陸艇のパイロットが着陸寸前であることを伝えてくる。
「自衛科の諸君に伝えておく。まずは我々情報科が彼らにコンタクトする。諸君らはあくまで護衛である立場を弁えて行動するように。」
情報科の調査チームのリーダーが偉そうなことを言っている。どうやら彼は自衛科の存在自体気に入らないらしい。
「特に相手に威圧感を与えるような行動は厳に謹んでもらいたい。銃器も揚陸艇内に置いていってもらう。」
はぁ?こいつは正気なのか?
「チームリーダー、それは待ってほしい。我々は情報科の護衛が任務だ。銃器がなくては君たちの身を守ることも難しい。」
流石にまずいと思ったのか、護衛部隊の指揮官が調査チームのリーダーに食ってかかった。
「では、小型のハンドガンの携行なら許可しましょう。」
許可するって…そんなことを決める権限なんて持ってんのかよ。
「分かりました。ですが万が一を考えて護衛部隊も後ろから随行します。」
指揮官はあっさりと条件を呑んでしまった。
「ふむ、まぁいいでしょう。」
そう言ってチームリーダーは機材かなんかの準備に行ってしまった。
「小隊長、中隊長はあんなこと言ってますけどいいんですか?」
俺は不満も隠さずに直属の上官に尋ねる。
「ああ、俺たち自衛科は艦内じゃ鼻つまみ者だからな。下手に反抗しない方がいいだろ。いざとなればハンドガンを撃ちまくりながら情報科の連中の首根っこ掴んで揚陸艇に戻ってくればいい。」
「面倒ですね。」
「ファーストコンタクトの前に地球人類の中で揉めてる場合じゃないからな。」
「それもそっすね。」
~
揚陸艇が着陸してハッチが開く。背の低い草が足元に広がり、青い空が頭上に覆いかぶさるように広がっている。地平線には薄茶色の山脈が並んでいて、その麓には黄金色の草原が見える。あれは"麦"というやつだろうか。
その時俺は初めて見る“自然”の色に一瞬目を奪われた。
「外邦人よ!何用があってこのポホヨラの地にやってきた!」
先住民のリーダーっぽい人物が揚陸艇から降りた俺たちに話しかけてきた。
話しかけてきたというには敵意が含まれてる気もするけどな。
それにしてもヘーリオスの補助でファーストコンタクトでも言葉が通じないということがなくて助かるな。
リーダーっぽいおっさんは中世ヨーロッパをモチーフにした娯楽作品に出てくるような、いかにも騎士様と言わんばかりの格好をしてる。
後ろの部下はもう少し粗末な服装と装備ってところか。
「我々は、太陽系第三惑星の地球より参りました。目的としてはここが人類居住可能惑星であるならば、我々も移住を希望します。」
「タイ、ヨウケイ…?何だそれは。」
騎士様は初めて聞く単語に絶賛混乱中らしい。
無理もないだろう。もしここが中世レベルの文明なら宇宙の概念すら持ってるか怪しいもんだ。
「お館様、こやつらはウッコの領域たる大空を飛び我らの地に降り立ったのです。カレワラの手先の者かも知れません。」
騎士様の隣に立ってる参謀みたいな奴が騎士様に話しかけている。
それにしても、あいつの格好変だな。ローブはなんとなく分かるとしても、あの木の棒は何だ?
槍にしては先端がずんぐりとしているし…棍棒の類か?
「うむ、そうだな。外邦人よ!貴様らをこの地で受け入れることなど出来ない!即刻、立ち去るがいい!」
騎士様がそう言うや否や後ろの部下たちも武器を構えだした。
どう見ても穏やかな雰囲気じゃない。さっさと引き上げないと。
「まあまあ、あまり事を荒立たずに。我々はその、カレワラ…?というものとは関係がありません。地球から来た探査船アルゴー号の乗組員です。」
「くどい!たとえ何者であろうとも、我々の地を侵すことは許さん!さもなくばこの世から去ってもらうことになるぞ!」
もうダメだ。騎士様は完全にこっちを拒否してる。なのに情報科のチームリーダーはさらに彼らに近づいていく。
「先程からなんなのですか!いきなり武力に訴えるとは野蛮にも程があります!この星はレベルが低すぎるのではないのですか!?」
あのバカ!そんな事言ったらより拗れるに決まってる!
「なんだと!いきなり我らの地に侵入しておいて野蛮呼ばわりとは何事か!!」
案の定、騎士様は完全に頭に血が上っている。部下たちも完全に臨戦態勢だ。
「そうやって暴力を…「全員撤退!!!」」
チームリーダーの声にかぶせるように、護衛部隊の指揮官が叫ぶ。
「「「了解!!!」」」
護衛部隊のメンバーがハンドガンを抜いて一斉に情報科の連中のもとに駆け寄っていく。
「何を勝手なことを!」
「勝手はあなたです。ひとまず撤退します。早く揚陸艇へ。」
「断る!なぜお前たちなんかに命令されなければならないんだ。」
指揮官とチームリーダーが揉めている。
「ふん、いきなりやって来て我々を侮辱してそそくさと逃げ出すとはとんだ臆病者だ!だが逃すわけがなかろう!」
騎士様が手を振り上げると弓を構えた兵士たちが前に出てきて矢を番え弦を引き絞る。
クソッ!間に合わない!
「伏せろーーーっ!」
小隊長が叫んでいる。すぐ近くに居たはずなのにとても遠くで叫んでいるように感じる。
そういば小隊長、昨日も彼女の愚痴言ってたな。そんなに嫌なら別れればいいのに、ずっと付き合ってんだよな。
「ぐあっ!」「あーーっ、いたいいたいたい!」
近距離で放たれた矢を回避できずに近くで何人もの悲鳴があがる。
「クソッ!動ける者は負傷した者を連れて揚陸艇へ急げ!誰も残すなよ!」
指揮官が悪態を吐きながら命令を叫ぶ。
俺も近くで倒れてる仲間のもとに駆け寄る。
「うぅ、いてぇ…」
腕に矢が刺さっている。さっさと矢を抜いてやらないとな。
「待ってろ、今抜いてやるからな。」
俺は安心させるように話しかけると矢を持って一気に引き抜いた。
矢を抜くと同時に腕から血が噴き出した。
「ッーーーーー!」
倒れてる仲間が声にならない叫びを上げて失神する。俺の顔にも彼の血がかかる。
「クソッ!」
俺は傷口とその少し体幹側を携行バックから取り出した包帯で硬く巻いて止血すると背中に担いで揚陸艇に向かう。
…そういえば最初の弓矢以外に攻撃がないな。
「Tuuli,leikkaa viholliseni läpi.≪風よ、我が敵を切り裂け≫」
騎士様の近くにいたローブを着た参謀男が、へ―リオスにも翻訳できない訳の分からない言葉をつぶやく。
「グアッ!!」「ギャアッ!!」
護衛部隊の指揮官と、彼が引きずっていたチームリーダーの身体に深い切り傷が生じて血が噴き出す。
「中隊長ーーーーッ!!」
小隊長が叫ぶ。でも二人ともピクリとも動かない。
俺は担いでいた仲間をほかの仲間に任せると、指揮官のもとに走った。
「中隊長、ご無事ですか!?」
声をかけるが全く反応がない。裂傷の範囲が広すぎて止血できない。急いでアルゴー号の医務室に運ばないと。
「運びますよ。」
そう声をかけると指揮官を背中に担ぐ。
指揮官から流れる血の生暖かい液体の感触が気持ち悪い。
「急げ!次が来るぞ!」
小隊長が揚陸艇のハッチで叫んでいる。次が気になるが、振り返ることはできない。
「ウ、オオオオォォォォ!」
「全員乗ったな!?よし、撤収!!!」
全力で揚陸艇に駆け込むと同時に小隊長がハッチを閉じる。
ハッチが完全に閉じる寸前、先住民の放った矢がハッチに当たってカンカンと音を立てる。
~
「…以上が地上に降りた護衛部隊の隊員の意識記録です。」
忍田情報長の報告の声が会議室に響く。ほかの参加メンバーは声を失っているのか、誰も何も発言しない。
「…被害状況は?」
艦長としては人的被害が一番気になる。
「調査チームのリーダーと護衛部隊の指揮官を含め六名が殉職、弓矢で負傷したものが十三名となります。治療期間は短い者で二十八時間、長い者は四日かかるとへ―リオスは診断しています。」
殉職者が多いな…
「六人も…」
野上副長もショックを受けているようだ。
≪死因としては、調査チームリーダーと護衛部隊指揮官は胸部から腹部にかけての深い裂傷による出血性ショック死。その他の四名に関しては、刺さった矢を無理に抜いたことによって大量に出血したことによる出血性ショック死であると考えられます。≫
へ―リオスが音声インターフェイスを通して報告してくる。
「矢を抜いた時に出血したのか?刺さった時の間違いじゃねぇのか?」
機関長の大鉢さんが疑問の声をあげる。
≪使用された矢は、過去の地球で使用されたものとほぼ同一の物と推測されます。矢には矢じりと呼ばれる部分があり、矢じりにはかえしと呼ばれる部分があります。矢を引き抜いた際にかえしが体内組織を破壊したため出血したものと思われます。≫
ヘーリオスが弓矢についての解説を交えて説明している。
矢にはそんな機能が付いていたのか…
「なるほどな。俺たちは限られた艦内環境で何世代も生き残るために意図的に暴力や戦闘についての知識を制限されているからな。比較的その手の情報に触れやすい自衛科でも知らなかったって事か。」
大鉢さんが納得の表情を浮かべる。
「それなら、これからこの惑星の調査をしなければないない以上、私たちもその手の情報についてアクセスできるようにしたほうがいいのではないですか?」
主計長の遠田が建設的な提案をする。会議では彼女のこういう発言に助けられる。
≪乗組員に対する情報統制は出港時の初代艦長による決定です。変更には現艦長による認証が必要です。≫
「そういう事なら必要なことだと認め、情報統制に一部変更を加える。ブリッジ要員と地上に降りる乗組員には全員統制されていた情報を補完する教育を行う。」
艦長としてヘーリオスに情報統制の変更を命じる。
≪艦長による命令を確認。教育スケジュールを作成します。≫
ヘーリオスが了解の意を返してくる。
「ところで、チームリーダーと指揮官の受けた胸部から腹部にかけての裂傷というのは刀剣の類によるものなのでしょうか?」
環境長の柴山さんは弓矢とは別の部分で疑問を感じたようだ。
「意識記録ではそのようには見えませんでしたが…」
野上副長の疑問も当然だ。二人に接近する人影すら映っていない。
「しかし、矢で裂傷というのも…」「なら、どうやって…」
他のメンバーもよく分からないらしく会議室はザワザワとした雰囲気に包まれる。
…技術長の葦原が黙ったままなにかを考え込んでいる。
「葦原技術長はどう考える?」
彼女の意見を聞きたくなり、話を振ってみる。
葦原は言葉を選ぶように慎重に口を開いた。
「…魔法、なんじゃないかな。」