6 出会い
夕方、虹館の多目的ホールにて。一年生が、横に二列で並んでいる。一列目には十六人、二列目には十五人。計三十一名。真琴は、二列目のちょうど真ん中に立っている。
一年生の後ろには二・三年生計七十人が並んでいた。一年生の前には和樹、美雪が立っている。約百名の部員が、固い表情をしていた。何故なら、これから一年生の担当楽器の発表があるからだ。
「では、これから担当楽器の発表を始めます。一組から順番に読みますね」
美雪の発言を聞いて、一年生の顔がさらに引き締まった。
本入部の次の日から三日間、一年生は全ての楽器を回り、実際に吹く体験をしていた。
真琴は、仮入部の時はただ楽器を見ているだけ(コントラバスは例外)だったので、全ての吹奏楽器や打楽器の体験が出来るという事は、単純に嬉しかった。しかし、部活が終わって帰宅する時、いつも考える事は「コントラバスをもっと弾きたいな……」だった。
月曜の本入部の日から五日目、やっと自分の担当楽器が決まる。自分の番が近づくにつれ、真琴の緊張はどんどん高まっていった。
「水野 由紀……フルート」
二組の人は全員呼び終わった。次は真琴の所属する三組だ。
「高橋 恵……クラリネット」
真琴の二つ隣にいる、希望楽器のアンケートをした時に話しかけてきた女の子が呼ばれた。恵の方をちらっと見ると、恵は嬉しそうな顔をしていた。きっと、クラリネットを第一志望にしていたのだろう。
真琴の隣の子も呼ばれた。次はいよいよ真琴の担当楽器が決まる番だ。
「相原 真琴……」
美雪に名前を呼ばれて、真琴の緊張が最高潮になった。心臓の音が大きく鳴っている。体中の熱が確実に上がっていた。頭の中が白くなる。
全員の担当楽器が決まった後、真琴はしばらく呆然としていた。
「真琴ちゃん!」
聞いた事のある声。後ろを振り返ると、治美が笑顔で立っていた。
「今日から正式に『コントラバス』担当だね~、よろしく!」
治美の言葉を聞いて、真琴はようやく、自分の担当楽器を認識した。
(わたし、コントラバス担当なんだ……)
真琴は第一志望の楽器担当になったのだ。一度下がりかけた体の熱が、再び上がっていく。そして、何ともいえない喜びが、心の底からじわじわと湧いてきた。
「先輩、これからよろしくお願いします!」
弾んだ声。真琴のテンションは、最高潮に達していた。しかし。
「うん、よろしく~。じゃあ、早速パート紹介に行こう! 『バスパート』は隅の方だよ」
(……え。バスパート……? ああ、きっとコントラバスパートの略だよね)
真琴はそう解釈した。
「先輩。コントラバスパートの紹介は仮入部の時にしたから、もういいじゃないですか~」
「え? ……ああ~、まだ言っていなかったね、ゴメン!」
「……何ですか?」
真琴の心臓の音が、だんだん大きくなっていく。何か、嫌な予感がした。
「コントラバスは、チューバ、ユーフォニウム、ファゴットと一緒のパートなんだよね~。ほら、チューバはともかく、コンバスとかユーフォやファゴットは、最高でも三人しか奏者がいないんだよ。三年生が引退したら二人になっちゃうし。だから、四つの楽器を集めて一つのパートにしちゃってんの! それがバスパート……って、真琴ちゃん?」
真琴は暗い表情をしていた。また、自己紹介やら顔合わせやらしなきゃいけないのかと、とにかくテンションが下がっていた。出来るだけ嫌いな事は避けたいというのに。
五分後、十数人が多目的ホールの隅に集まり、輪になって座った。男子がやけに多い。
「あの……先輩」
真琴は、左隣に座っている治美に話しかけた。
「何~?」
「なんか、他のパートよりも男子が多いような気がするんですけど……」
「それは……低音楽器は重いからか、力のある男子が担当する事が多いんだよね~。特に、虹西吹部のチューバ担当は、何故か必ず男子なの!」
治美の説明を聞いて呆然とする。真琴は今まで、男子とはあまり話していなかった。無理に仲良くする必要も無いと考えていたのだ。そのツケが今になって来るとは、全く思っていなかった。
「これで全員かな……。では、これからバスパートメンバーで自己紹介をしてもらいます」
眼鏡をかけた男の人が口を開いた。多分パートリーダーであろう。
「では、まず一年生から自己紹介してもらいます……、じゃあ、そこの女の子から」
「えっ……わたし?」
いきなり話を振られて、真琴は困惑する。自分が真っ先に自己紹介をするなんて、考えもしなかった。
「うん。名前と担当楽器を言ってほしい」
みんなの視線が真琴に集中する。心臓が大きく鳴りだした。緊張したのはこれで二度目だ。
「えーと、あの……わたしは、相原……真琴、です。コントラバス担当……です。これから、よろしく、お願い、します」
緊張のあまり、文章を切ってばっかの自己紹介になってしまった。だが、みんな特に気にする様子も無く大きく拍手をするので、真琴は拍子抜けした。心臓の音がどんどん小さくなっていく。
「じゃあ、これから左回りに自己紹介してもらって……」
「それなら、次はあたしですね!」
パートリーダーの話を遮ったのは、いかにも元気そうな女の子だった。
「あたしは、浜田 望実です! ユーフォニウム担当になりました~。よろしくお願いします!」
真琴は望実をじっと見た。肩にかかるライトブラウンの髪は、外側にハネている。さらに、大きなつり目。その外見は、明るく気の強そうな印象を真琴に与えた。
(きっと、わたしとは気が合わないな……)
気の強いリーダータイプの女の子は、小学生時代から苦手なのだ。仲良くなれる気がしない。
「次は、そこの男の子」
パートリーダーに促された男の子は、切れ長の目で周りを見渡すと、低い声を出して自己紹介を始めた。
「俺は、永瀬 信二です。七海市から引っ越してきました。……一応、チューバ担当です。よろしくお願いします」
真琴は信二を見て、絶対この人とは仲良くなれない……と思っていた。気難しそうな雰囲気が、信二の周りから溢れ出ているのだ。ただでさえ男子と話すのは気が引けるのに、あんな雰囲気を出されると、怖い。
「次は僕だね〜」
信二の隣にいた体格の良い男の子が、笑顔で話し始めた。
「僕は愛媛県出身の鈴木 悠輔です。これでも、中学校からずっとチューバを吹いてます。よろしくお願いします!」
「愛媛から!?」と先輩から驚きの声が上がる中、真琴は悠輔を観察する。柔らかいテノール声に丸っこい目。望実と信二よりは話しやすそうだと感じたが……。
(この人が、女子だったら良かったのにな)
女の子だったら、きっと仲良くなれただろう。しかし、悠輔は男の子である。今まで男子生徒と仲良くしようとしなかった真琴にとっては、悠輔に話しかける事さえ難しかった。
「じゃあ最後の男の子、よろしく」
パートリーダーは、茶色のくせっ毛をした小柄な男の子を見る。男の子は黒縁眼鏡を掛け直すと、小さく口を開いた。
「……オレは、藤本 律、です。ファゴット……です。……よろしくお願い、します」
真琴は、よくわからない人だな……と思いながら律を見た。ミステリアスで近寄り難い雰囲気を醸し出している。信二とは別の意味で話しかけづらい。
「これで、一年生は全員自己紹介したな……。次は二年生。田中からよろしく……」
治美から順に、先輩たちの自己紹介が始まった。しかし、真琴はこの四人と上手くやっていけるかという不安で頭がいっぱいになり、先輩の自己紹介が頭の中に入ってこなかったのであった。