0 夕焼け空の下で
「最近、空が明るくなったよね~」
口を開いたのは、悠輔だった。そう言われてみれば、と真琴は思って、顔を上げる。オレンジと青が鮮やかな対照をなしている空と、ほのかに赤く染まった雲が視界に移った。どうして夕焼け空は、こんなに綺麗なのだろうと思う。
「もう、こんなに遅い時間なのにな……」
真琴が考えている間に、律が悠輔に返した。校門の壁に寄り掛かっている信二が、「何お前ら、しみじみしてんだよ?」と突っ込みを入れる。
「だって、ついこの間まで定期演奏会だと思ったら、次は吹コンにオープンスクールだよ? 時間が過ぎるのは早いなって思ってさ~。そう思わない?」
「まぁ、確かにそう思うわね……」
悠輔の問いに、望実が答えた。
「だって……吹コンまであと少ししか無いじゃん! ありえない!」
言い終わった後、頭を抱える望実。律が「落ち着け」と口にする。
「ま、A部門に出るお前らは頑張れよ。変なプレッシャー感じない分、俺らはある意味気楽だな。なっ、相原」
信二が真琴に話を振るが、真琴からは何の返事も無い。四人は、真琴のいる方をゆっくりと振り向く。
真琴は、相変わらず空を見ていた。その様子からは、今までの話を聞いていないという事が、誰の目にも明らかだった。真琴の隣にいた望実が、いきなり真琴の柔らかい頬をつねる。
「イタッ! ……もう、何すんの?」
涙目気味な真琴に対し、望実は「あ、ごめん! 体が勝手に」と慌てて詫びた。律が冷静に、これまでの会話の経緯を説明する。
「……確かに、プレッシャーを感じないのはいいかも。でも、あの自由曲を演奏出来るのはいいなあって思う」
真琴が言い終わる前に、望実が食いついて来た。
「真琴! あたしと立場を交換してよー! あたし、メンバーじゃない組が良かった!」
「それは、さすがに無理だって」
真琴は、望実の勢いに押されそうになりながらも、冷静に答えた。同時に、望実がここまで言う事に疑問を感じた。
悠輔が、望実を宥めようとする。
「望実。そんなに嫌がらないで、吹コン頑張ろう〜? 僕や律もいるし!」
「……うん。じゃあ、何とか頑張る」
望実はまだ憂うつそうな顔をしていたが、諦めたかのように悠輔に返した。信二は、真琴の方を向いて話を振る。
「俺らは吹コンに出ない同士、あの曲を仲良く練習しようぜ」
「うん、そうだね」
笑顔で頷きながらも、心の内では複雑な気持ちを抱えていた。プレッシャーを感じなくて良いという安心。一方で、吹奏楽コンクールに出られなくて残念だという、相反する思いもあった。
静かに話を聞いていた律は、眉間にしわを寄せて考え込んでいた。真琴はそれに気付いて、律に声をかける。
「ねえ、どうしたの?」
「ん、ああ……。さっきから、信二達の会話がおかしいと思って」
信二が、寄りかかっていた校門の壁から身を離し、「何がおかしいんだよ?」と律に問う。
「だって……二人も出るはずだろ? コンクール」
律以外の四人は一瞬、固まった。それから、真琴が小さな声で律に訊ねる。
「それって……どういう事?」
「オレはメイジンから、聞いた。オーディションに漏れた人は、B部門に出るって……」
「おい! 俺は聞いてねーぞ!? マジかよそれ!」
突如、慌てた様子を見せる信二。望実がしてやったりと言わんばかりの顔で、信二に近づく。
「ふっふーん。これで、あんたもあたしと同じ運命だね! まっ、せいぜい頑張れ!」
「何つー腹黒い顔して言ってんだよ!? 性格悪い女だな」
「誰が性格悪いって!? むっきー!」
「ちょっと、校門で言い合いはやめようよ~!」
悠輔が、信二と望実の間に入っていった。律は三人を見つつ、ふと思い出したかのように「メイジンは明日、言うつもりだったのか……?」とつぶやいた。真琴はそんな四人を、苦笑いしながら見つめる。と同時に、真琴の視界に小さな光が映った。
無意識の内に、空を見上げる。目に映った瞬間、自然と口が開いた。
「あ、一番星」
いつのまにか青の比率が多くなっていた空に、一粒の星。小さくても輝いている姿を見ていると、吹奏楽コンクールに出る事への不安は消えていった。代わりに、コンクールに出る事が出来て嬉しいという気持ちが湧いてきた。なんとなく、右手を小さな光に向かって伸ばしてみる。
手が、光に届きそうな気がした。