表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブルーの低音  作者: 綾野 琴子
第1章 出会い
4/49

3 先輩、そして正体

 デカい。楽器の第一印象は、ただこの言葉だけだった。

 真琴の身長は約155センチ。だが、このヴァイオリンのお化けは、その身長を大きく越えている。180センチはあるだろうか。

「今、明らかに『デカい』とか思っただろ?」

 クールそうな男の人の言葉を聞いて、一気に心臓が高鳴った。まさに男の人の言った通りだったからだ。

「……図星だな」

 男の人はやっぱりか……と言いたげに、苦笑いをした。

「しょうがないですよ、先輩。最初は誰だってそう思いますって! そんなにこの子を困らせないであげてくださいよ〜」

 ショートヘアーの女の人が、真琴をフォローする。

「まあ、それもそうだな。いや、あまりにも分かりやすい反応だったから、つい」

「えっ……、わたしってそんなに分かりやすいですか?」

 真琴は男の人に恐る恐る尋ねた。

「うん、分かりやすい」

 男の人は即答する。さらに、こんな事まで言ってきた。

「もしかして、顔に出るタイプ?」

「……そうかも、です」

 入学式の時、感情を顔に出さないようにしようと誓ったのに、もうその誓いを破ってしまった。

「なんか、恥ずかしい……」

「そんな、あたしは全然気にしないよ!」

 女の人は、真琴に笑顔で話しかけた。そして、クールそうな男の人をじとーっと見つめる。まるで、「この子をこれ以上からかわないでください!」とでも言っているかのようだ。

「あー……、なんか、ゴメンな?」

 クールそうな男の人は、女の人の雰囲気を察したのか、謝る。真琴は慌てて「いえ、大丈夫です」と返した。

 話はどんどん盛り上がろうとする。しかし、倉庫の中から聞こえてきた声で、話は一気に中断された。

「お〜い、僕を忘れないでくれ〜……」

 三人は一瞬固まった。そして冷や汗を垂らしながら、開いたままの扉の向こうをゆっくりと、同時に見る。

 中では、背の高い男の人がヴァイオリンのお化けを持って、困り顔をしながら立っていた。そんな男の人の様子を見て、三人は「この人の事、すっかり忘れてた!」などとは言えなかったのであった。


 数分後、倉庫の中にて。ふと、」クールそうな男の人がつぶやいた。

「本当は、中は意外と広い……はずなんだけどな」

 しかし、ヴァイオリンのお化けが二台、さらに大太鼓や小太鼓、タンバリンやマラカスなどたくさんの打楽器がスペースを取っているため、中はかなり狭くなっている。

 背の高い男の人は「悪いね〜、打楽器が七割も占領しちゃって」と、大きなヴァイオリンを毛布の上に置きながら、クールそうな男の人に返した。そして、視線を女の人へと移す。

「それはともかくとして……田中ちゃん。新入生の見学の話をした途端に、いきなり楽器を押し付けて外に出たから、本当にビックリしたよ〜」

 背の高い男の人は笑いながら話した。

「つい興奮しちゃったもので……先輩、すいません!」

 田中という人が申し訳なさそうに、顔を赤くしながら謝る。背が高い男の人は笑顔で、「いや、大丈夫だよ」と返した。

「じゃあ、僕はそろそろ練習に戻るね。原っちと田中ちゃん、後はよろしく」

「ああ、わかった」

「わかりました!」

 二人はすぐに返事をした。背の高い男の人は微笑む。いい笑顔だな……と、真琴は思った。

「三人とも、またね〜」

 そう言って手を振った後、背の高い男の人は部室の方へ走っていった。

 男の人が見えなくなった後、原っちという人が口を開く。

「……そういえば、まだ自己紹介してないよな」

「あ! そういえば忘れてたなぁ」

 田中という人が応える。

「じゃあ、オレから言うよ。オレは、原田はらだ 智貴ともきといいます。これでも一応、最上級生です」

「あたしは田中たなか 治美はるみです! 二年生です」

 二人は爽やかに軽い自己紹介をした。

「次は、キミの番だよ〜。さあ、どうぞ!」

 治美がいかにも楽しそうな表情をして、真琴を促した。

「わたしは……」

 真琴は応えようとした。しかし口の中が渇いていて、思うように声が出ない。

「えーと、あの……相原――です」

 緊張して、声がだんだん小さくなってしまった。

「えっ、何だって? 名前は……」

 智貴が聞き返す。

「……マ、コ、ト、です! 漢字は、真実の真に、楽器の琴です!」

 今度は大きな声で言いきった。頬が火照るのを感じる。

「そっか! 真琴ちゃん、よろしくね〜」

 治美が笑顔で応えた。

「よろしくな」

 智貴も応える。よく見ると、口角が上がっていた。一見クールだが、どうやら感情を全く出さないタイプではないらしい。

 真琴はしばらくキョトンとしていた。そして数秒後、やっと真琴の頭の中が回転し始めた。自分は、先輩達に快く迎え入れられた……そう考えた途端、真琴の肩の力がどんどん抜けていった。

「……はい! よろしくお願いします」

 それからは、三人とも和やかに自己紹介を進めた。


 色々な話をしている内に、どんどん時間が過ぎていった。

「もうこんな時間か。そろそろ、忘れ去られた楽器……の紹介をしよう」

 智貴が倉庫の隅を指さす。見ると「忘れ去られた楽器」が、つまらないと言わんばかりに横たわっていた。

「ああ! ごめんね〜」

 治美が素早く楽器に抱きつく。

「……えー、改めて紹介します」

 智貴はさりげなく治美をスルーした。そして、毛布の上に置いてあったもう一台のヴァイオリンを立てて、話を続けた。

「この楽器は……『コントラバス』です」

 やっと、このヴァイオリンの名前が判明した……と、真琴は心の中で思った。

「あ、言っとくけど、これはヴァイオリンを大きくしたものではありません」

「……えっ!」

 こんなに似てるのに……と思いながら、真琴は首を傾げた。

「まあ、確かに似てるんだけど」

 智貴が、真琴の考えを読み取ったかのように話す。

「コントラバスはヴァイオリンと違って、なで肩なんだ」

 真琴はコントラバスの肩(と言える部分)を見た。確かになで肩だ。緩やかにカーブしている。ヴァイオリンはもっと急カーブしていたような気がする。

「ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロは『ヴァイオリン属』と呼ばれる楽器なんだ。コントラバスも、とりあえずヴァイオリン属に入っているけど……」

 そこで、いつの間にか真琴の隣に立っていた治美が、智貴を遮って説明した。

「昔使われていた、『ヴィオール』っていう、昔の楽器の特徴を引き継いでるんだよ。コントラバスの祖先は、ヴィオール属の『ヴィオローネ』っていう低弦楽器だったかな。なで肩がその名残〜」

 智貴は「オレの台詞が……」と一言つぶやいた。首がうなだれている。最後まで説明をしたかったらしい。治美は、そんな智貴を気にせずに話を続ける。

「じゃあ、実際に弾いてみるね!」

 治美は毛布の上に置いてあったコントラバスを立てて、構えた。かなり手慣れている様子だ。

「……あっ、待って。オレも弾きたい」

 智貴はもともと立てていたコントラバスを、改めて構え直した。準備が早い。

「そうですね〜……。じゃあ、あれをやりましょうか」

「おう、そうしよう」

 治美の提案に智貴が乗る。真琴は何も分からないので、二人の会話をただじっと聞いていた。

「真琴ちゃん、立って聴くのもあれだから、椅子にでも座って!」

 治美の言葉の通りに、真琴は近くに立てかけてあった折りたたみ式の椅子を広げて、そっと座る。その間に、二人は音を合わせ始めた。さっきまでの親しみの持てる雰囲気とは打って変わり、真剣な表情だ。

 しばらくして音合わせが終わり、倉庫の中が静かになった。真琴の心臓の音が、次第に大きくなっていく。

 智貴と治美は、お互いに顔を見合わせる。そして、同時に首を降った後、音楽を奏で始めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ