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ブルーの低音  作者: 綾野 琴子
第4章 波乱
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7 友人、回想、そして……

 月曜日の朝。真琴が三組の教室に入ると、窓側の一番前の席に座っている、二つにくくった黒髪の少女が目に写った。

 その少女、青木香奈は真琴に気が付くと、にこりと微笑んで手を振ってきた。真琴は、急いで香奈の元に駆け寄る。

「まこちゃん、おはよう!」

 笑顔で挨拶をする香奈。真琴もすぐに「おはよう!」と返す。その後、香奈が「あの……」と言いかけ、黙った。

「何?」

 真琴は不思議に思いながら訊ねる。香奈は、「えっとね」と言い淀んだ。数秒間が空いた後、言いにくそうに話し始める。

「今、訊いてもいいのかな〜って思ったけど……結局、あの先輩の件は……どうなったの?」

 真琴は一瞬きょとんと首を傾げたが、すぐに「佐野翔」の事を訊いているのだと解った。

「佐野先輩の事なら、もう大丈夫だって!」

 目を大きく見開く香奈。真琴は、微笑みながら話を続ける。

「わたし達が千羽鶴を送った次の日の夕方に、先輩は目を覚ましたって、知り合いの人から聞いたんだ」

「……そっか! 良かった〜!」

 香奈は目を輝かせ、本当に嬉しそうな顔をした。そんな香奈を見て、真琴も頬を緩ませる。

「香奈……ちゃん。あの時は、折り紙を持ってきてくれてありがとうね。本当に感謝してる」

 真琴は、香奈に向かってお辞儀をした。香奈は「そんな、大した事はしてないよ〜」と返す。言葉の調子から、照れているのだと分かった。

 真琴が顔を上げた時、ちょうど、柔らかい雰囲気を持った少女――真琴と同じ吹奏楽部員でクラリネット吹きの、高橋恵が教室に入って来た。恵は真琴達に気付き、すぐに「おはよ〜」と言いながら駆け寄る。真琴と香奈も、手を振りながら挨拶を返した。

「めぐちゃん。佐野さん……っていうまこちゃんの知り合い、金曜日に回復したんだって!」

 嬉しさがにじみ出ている香奈の言葉を聞き、恵が目を丸くした。

「それって、本当〜?」

 柔らかい、ふわふわとした声で訊ねる恵。真琴は大きく頸を縦に振る。それを見て、恵は柔和な笑みを浮かべた。

「回復して、本当に良かった〜。夜遅くにまこちゃんが切羽詰まったメールを送ってきてから、ずっと気になってたんだよね」

「そうそう。でも、無事折り紙が集まって、千羽鶴を送れたし、まこちゃんの知り合いの人も回復したし。これで、一件落着かな〜?」

 恵、香奈が声を弾ませる。真琴はそんな二人を見て、改めて感謝の気持ちが湧いてきた。

 翔が事故に遭った日の夜、真琴は香奈と恵にメールを出していた。内容は、「知り合いが事故に遭って意識不明の重体だから、千羽鶴を贈りたい。もし、家に折り紙があったら明日持ってきて欲しい」というもの。夜遅くにも関わらず、二人は折り紙を探し出し、次の日、真っ先に真琴に渡してくれたのだ。

 真琴は、まっすぐな瞳で二人を捉え、再び感謝の言葉を口にする。

「二人とも。折り紙集めに協力してくれて、本当にありがとう!」

 香奈と恵は微笑んで、「どういたしまして〜」と返した。そして、香奈が「それにしても」と口を開く。

「まこちゃんはいざという時、すごく積極的に行動するよね」

 香奈が、話題を真琴に移した。真琴は、突然自分の事を言われ、目を大きく見開いて香奈の方を向く。

「わたしもそう思う〜! まこちゃんが最初に千羽鶴折ろうって言って、バスパートの人を集めてその日のうちに鶴を折り始めたんでしょう? 望実から聞いたよ〜」

「うわぁ……望実ちゃん、話しちゃったんだ」

 恵の言葉を聞いて、真琴は気恥ずかしくなる。同時に、翔が事故に遭った日の行動が脳裏に浮かんできた。


 ニュースを見てから、急いで自分の部屋に閉じ籠った後。とりあえず、翔と交流があった望実に電話をかけた。しかし、望実は電話に出ず。数分後、望実から電話がかかってきたのですぐに出た。

 翔が意識不明の重体だと話すと、望実は明らかに動揺した様子だった。しばらく時間を置いて落ち着かせる為、一回電話を切る。次に、七海高校吹奏楽部の人と交流があると思われる信二に電話をかける。

 翔の事を話すと、信二は驚いたような声を出す。その後確か、「慎也先輩の友人が……」と言っていた気がした。

 何も話せずに、黙る二人。自分から電話をかけた手前、話題を出さなければと焦る。そして、とっさに思った事を言う。

 ――永瀬君。……あの、佐野先輩に何か贈れないかな……?――

 ――えっ、贈り物……か?――

 ――うん、そう。例えば――

 意識不明、重体の患者に贈る物を、一生懸命考える。いつ目覚めるか分からないから、果物はまず駄目だろう。食べ物以外がいい。 食べ物以外と考えた時、頭に浮かんだのは鶴であった。ニュースを見る前に読んでいた小説に、鶴が出てきていたからだ。

 ――例えば、鶴……そうだ、千羽鶴!――

 鶴から連想した「千羽鶴」は、すぐに信二に受け入れられた。それから、信二が真琴に訊ねる。

 ――明日鶴を折って、明後日七海市に送るのか?――

 ――いや、出来れば明日送って、明後日七海に届くようにしたいんだけど――

 信二は真琴の言葉を聞いて、驚いたような声を上げた。「そんなに急がなくてもいいんじゃねーか?」と指摘する。

 確かに、信二の言う通り、明日一日を使って鶴を折り、明後日送った方が時間に余裕がある。しかし真琴は、明明後日に七海市に届くのでは、遅いかもしれないと感じていた。

 ――わたし、なるべく早く送った方が良い気がしたんだ。何となく、だけど――

 言葉を切った後に訪れる沈黙。信二が何も言わない事に、真琴は慌てた。

 ――でも、さすがに明日に送るのは無理あるよね! 明日送るなら、今からやらないといけないし。じゃあ、やっぱり――

 ――ん……いや。どうせなら、今から行動するか?――

 真琴は、信二の言葉を聞いて「えっ」と声を漏らした。まさか、本当に真琴の主張に乗ってくれるとは思わなかったからだ。

 ――鶴を折るなら、まずは折り紙を集めなきゃいけねー。そーすると、明日からじゃすげー時間かかるだろうからな。なら、今から折り紙をなるべく集めて、出来るだけ折れば……明日に送れるかもしんねーだろ?――

 信二の会話を、目をぱちぱちさせながら聞いていた真琴。聞くうちに、嬉しいという気持ちを感じる。「何となく」という理由での主張に乗ってきてくれた信二には、感謝の気持ちで一杯だった。

 その後、二人はこれからの行動について話し合った。真琴は望実に電話をかけ、千羽鶴作りの手伝いを頼む。信二はその間、先にコンビニを回り、折り紙を出来るだけ集める。結果、話はそんな感じに決まった。

 ――そうだ。ちょっと思ったんだけど――

 信二が、「何だ?」と訊ねた。

 ――望実ちゃんが手伝ってくれたとしても、三人じゃあ折るの大変そうだから……鈴木君とか藤本君とかに手伝ってもらえる事は出来ないかな?――

 ――お、それいいんじゃね? じゃあ、二人にも連絡しておいてくれねーか? 三人に連絡したら、また俺に電話してくれ――

 信二との電話を切った後、真琴は望実に再び電話をかける。望実が、家に泊まって一緒に折ろう、といった事を言った。その次は悠輔と律に電話をかける。

 ――わたしと望実ちゃんの知り合いが、事故で意識不明の重体ってニュースで聞いて……。それで、その人に千羽鶴を贈ろうとしてるんだけど、人手が足りない。出来れば、手伝って欲しい――

 そんなような事を二人に話すと、どちらも「手伝う」と答えてくれた。そして、出来れば早めに送りたいと言ったら、夜の折り紙集めに合流してくれる事になったのである。


(その後に、望実ちゃんから電話がかかってきて、望実ちゃんの家で折り紙を折って良いって言われて。また、三人に電話して、それから……)

「まこちゃん!」

 香奈の声に呼び戻され、はっと気づいたように顔を上げる。目の前には、真琴をじっと見つめている香奈と恵がいた。さらに辺りを見渡すと、いつの間にクラスメイトが増えたのか、教室が話し声でにぎわっている。

「もう、何度呼んでも全然気づかないんだもん~。まこちゃん、いきなりどうしたの~?」

 恵が真琴に訊ねる。香奈も同じ事を聞きたかった様で、恵の言う事にうんうんと頷いていた。

「あ、ちょっとあの時の事を思い出していて……ごめんね?」

 真琴は両手を合わせて、頭を下げて謝った。

「あの時って、夜に折り紙を集めて千羽鶴を折った時の事?」

 香奈の質問に、真琴は頸を縦に振る。

「思い出してみると……わたし、かなり無茶な提案したなあって。ただのカンで、千羽鶴を一日で折って七海市に送ろうなんて言ったんだもん。しかも、関係ない人まで巻き込んでるし……。今考えると、あんな行動はありえないなあって思う」

 相槌を打ちながら聞く二人。真琴の話が終わると、香奈が口を開いた。

「確かに……普通は、もうちょっと時間に余裕を持たせて鶴を折って、送ろうとするよね」

 真琴は委縮しながら「はい……」と返す。自分の行動は変だったのかも、と思い、体が縮こまった。

 だが、香奈の話はこれで終わらなかった。

「でも、早く送った方が良いかもって、まこちゃんは思ったんだよね? そのカンは当たっていたんでしょ?」

 真琴は目を見開いた。恵が「そうだよね~」と、香奈に続いて話す。

「佐野さんって言う人、金曜日に目を覚ましたんだよね? もし、まこちゃん達が木曜日に送らなかったら、千羽鶴間に合わなかったじゃん~」

 確かにそうだ、と真琴は思った。

「だから、今回は逆に早く行動して良かったんじゃない?」

「それに、『終わり良ければすべて良し』って言うしね~。望実達も特に気にしている様子無かったし、気に病む必要無いと思うよ~」

 香奈、恵が、笑顔で真琴を諭す。真琴は、二人の話を聞いて、心が軽くなった気がした。

 千羽鶴を送った後も、四人は真琴を責めなかったとはいえ、やはり自分のわがままに付き合わせた事を気にしていた。また、何となくのカンで行動した事を恥ずかしいとまで思った。しかし、香奈と恵の言葉を聞いて、そんなに気にする事は無いのだと思えるようになった。

 真琴は二人を見つめて微笑む。そして、「ありがとう」とつぶやいた。


 千羽鶴の話が一通り終わった後、しばらく雑談をしていた三人。しかし、香奈が何かを思い出したかのように「あっ」と声を上げ、鞄の中を探し始めた。

「どうしたの?」

 真琴は不思議に思い、香奈の顔を覗き込んだ。恵も、首を傾げながら香奈を見ている。

「今日の五校時の理科A、自主学習になったじゃん? でも、その時間にやる予定だったドリル、家に置いてきちゃったかもって思って……。案の定、忘れてきちゃったよ~」

「そうか~。これはどんまいだね……。教科書使って勉強するしかないんじゃないかな~?」

 恵が、心底残念そうに言う。一方、真琴は話がいまいち分からず、きょとんとしていた。

「あの、さ」

 香奈と恵が、真琴の方を一斉に向く。

「今日の理科Aって、自学だったっけ? 授業無くなるのは嬉しいけど」

 今度は、香奈と恵がきょとんとした表情になった。それから、恵が口を開く。

「真琴ちゃん。先週の木曜の授業で、先生言ってたじゃん~。来週月曜の授業は自学だって。ちなみに、木曜日も自学って言ってたけど~」

「えっ、そうだったの? 全然聞いてなかった……」

 心の中で(授業中、ずっと鶴折ってたからなあ)と付け足す。思わず、冷や汗が出てきた。

「あと、真琴ちゃん! 『授業無くなって嬉しい』なんて言ってる暇はないよ~!」

 気迫のある香奈の言葉にたじたじとしながらも、「何で?」と訊ねる。すると、香奈が叫んだ。

「だって、来週定期テストがあるじゃん~!」

 香奈の言葉に、真琴は固まった。先程より、さらに冷や汗が流れる。教室のざわめきも、一瞬聞こえなくなった気がした。

 恵が、引きつっている真琴の顔を見ながら、恐る恐る訊ねた。

「真琴ちゃん……。もしかして、定期テストの事を……」

 恵が言い終わる前に、真琴はロボットのように硬く、頷いた。



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