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ブルーの低音  作者: 綾野 琴子
第4章 波乱
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4 あたし達に出来る事

今回は望実視点です。

「あー、さっぱりした!」

 濡れた頭をタオルで拭きながら、望実がすっきりした表情で浴場から出てきた。母の絵里子が、リビングから顔を出す。

「望実。ついさっき、あなたのケータイが鳴ってたわよ〜」

「えっ? ……うん、分かった!」

 望実は絵里子に返した。誰からだろうと考えつつ、素早くリビングの方に向かう。

 リビングのテーブルの上に置いてある、水色の携帯電話を手に取り、開いた。不在着信の欄には、「相原 真琴」の文字がある。

「真琴の方から連絡してくるなんて、珍しいじゃん」

 望実はつぶやきながら、真琴の電話番号にかけ直す。すると、呼び出し音が一回鳴っただけで、真琴が電話に出てきた。

「もしもし、望実ちゃん!?」

 明らかに切羽詰まっている様子が、声から容易に想像出来た。望実は真琴の焦った声につり目を見開きつつ、訊ねる。

「どうしたの? そんなに慌てて」

「あの……神奈川845のニュース、見た?」

「いや、見てないよ。さっきまでお風呂入ってたから」

「……そう」

 いきなり声が小さくなる真琴。「嫌な予感」という言葉が、望実の頭の中に浮かんだ。

「……よく、聞いてね」

 真琴が暗い声で語りかける。自分の心がざわつくのを、望実は感じた。それでも落ち着いているふりをして、「何かあったの?」と返した。

「さっき帰り道で話していた、七海高校の佐野先輩が、その、事故に遭って……意識不明の重体……だって」

 聞いた途端、望実の身体が大きく震える。頭に乗せてあったタオルが落ちた。


 一回電話を切った後。望実は、急いで入った自室のベッドに寝転がりながら考えていた。

(なんで、よりにもよって佐野先輩が……)

 望実はやり切れない思いで心が一杯になる。帰り道に話題に出た人が、「また会いたい」と思った人が、まさか事故に遭うなんて思わなかった。

 翔の事を考えるうちに、ふと、翔に初めて出会った定期演奏会の時を思い出す。確か、受付で翔のチケットを切ったのが始まりだった。


 ――よろしくお願いします――

 ――……あの――

 ――はい?――

 ――七海高校の……方ですか?――

 ――あぁ、そうですよ――

 ――わぁ! チケットをいっぱい買ってくれて、しかも、こんなにたくさん七海高校の人が来てくれるなんて、すごく嬉しいです! ありがとうございます!――

 ――いっ、いえいえ! かえって迷惑ちゃうかな。アホみたいに五十六人全員で来て――

 ――え!? 皆さんで来てくださったんですか!?――

 ――えぇ。チケットせっかく送ってくださってんから、皆で行かんとアカンやろうってことになりましてね。幸い日曜日やし、みんな都合あってOKやったんで――

 ――ますます嬉しいです! 頑張りますから、是非何か感想とかもいただけると嬉しいです!――

 ――オッケイ!――

 ――ありがとうございます! そういえば、名前は何と言うんですか? あたしは浜田 望実です!――

 ――オレは佐野 翔と言います! 浜田さん、よろしく!――


 この会話の後、写真コーナーの近くで再び翔達に出会い、その時に陽乃と初めて話をした。そして、陽乃が話している時の翔の様子から、翔と陽乃は恋人同士だと薄々気付いた。それから定期演奏会の後、はるかとメールをする中で、翔と陽乃は校内公認の最強カップルだという事を聞いた。

(あんなに仲が良かったのにこんな事が起こるなんて。朝倉先輩は今、どんな気持ちでいるんだろう)

 少し話をしただけの望実でさえ、ふさぎ込む程のショックを受けた。ましてや、翔と非常に近い存在である陽乃は、どれだけ傷付いたのだろう。考えたら、心臓が針で刺されたように、ちくりと痛んだ。

 望実は枕を強く抱きしめ、目を閉じた。定期演奏会で出会った時の、翔の笑顔が脳裏に浮かぶ。その瞬間目頭が熱くなり、涙が敷布団の上に落ちた。

(でもあたしには……どうすることも出来ないし)

 蒲団が濡れていく。望実はいたたまれなくなり、枕を益々強く抱きしめた。ふいに、望実の枕元から、携帯電話の着信音が鳴り響く。

 ゆっくりと手を伸ばして携帯電話を掴む。画面を見ると、「相原 真琴」の文字。望実は目を丸くしながら起き上がり、急いで電話に出た。

「もしもし、望実ちゃん?」

「……どうしたの? また電話を掛けてきて」

「大丈夫? 元気なさそうだけど……」

 なるべく普段通りに話そうとしたのだが、すぐにばれてしまった。望実は慌てて「あぁ、うん、大丈夫!」と声の調子を上げる。

「それならいいんだけど……。あの、望実ちゃんと電話した後に、永瀬君に電話したの。それで、千羽鶴を作らないかっていう話になって」

 望実は目をぱちくりさせながら、「千羽鶴?」と問い直した。真琴は「うん、千羽鶴」と答える。

「わたし達に出来る事は、これくらいしか無いけど……。それでも、やるだけやりたいなって」

 真琴の言葉を聞いて、望実はただ驚くばかりだった。てっきり、翔については医者に任せるしかない、自分達は何も出来ないと思っていた。そんな望実に対し、真琴と信二は自分達が出来る事を一生懸命話し合っていたのだ。

 望実は静かに、「なるほどね」とつぶやいた。治療という点では、自分等は何も出来ない。だが、翔が回復するように、気持ちを込めて祈る事なら出来るではないか。望実は、さっきまで「自分にはどうしようも出来ない」と言ってふさぎ込んでいた事を、情けなく思った。

「それでね、望実ちゃんにも千羽鶴折るの手伝って欲しいって思ってるんだけど……」

「分かった。もちろんいいよ!」

 望実は、今度ははっきりと答えた。それから質問をする。

「そういえば、いつ、どこで千羽鶴折るの? 授業後の休み時間とか?」

 真琴は最初、「えっと……」と言い淀んだ。数秒間沈黙した後、小さな声でつぶやく。

「出来れば……今日中に折りたい」

「今日!?」

 望実は思わず大声を上げた。ベッドに置いてある目覚まし時計を見ると、九時を当に過ぎている。

「今からじゃ、時間遅くない?」

「確かにそう思うけど……。でも、千羽も折るんだよ? 折り紙も千枚必要だし。七海の方に送るのも、一日位かかりそうだし。結構時間かかるから、今から出来る事を始めたい。永瀬君、もう折り紙を探してくれているみたいだから」

 透き通った声で、きっぱりと言う真琴。普段は控えめな真琴がここまで意見を言うとは、よほど意志が固いのだろうと、望実は考えた。なら、その強い意志を止める理由は無い。

「そっか……分かった! じゃあ、あたしも今から手伝うよ!」

 言い終えると、真琴は安心したように「良かった……!」と口にした。

「あと、千羽鶴を折る場所なんだけど。さすがに、今からどこかの家に集まって折るのは難しいだろうから、個人個人で……」

「それならあたし、お母さんに真琴達を泊められるか聞いてみる!」

 真琴は「えっ!?」と、驚いたような声を上げた。

「いや、そんないきなり……悪いよ」

「でも、皆で集まって折った方が色々と効率良さそうじゃん? 聞いてみるだけ聞いてみるよ。真琴、お風呂入った?」

「まだ。お風呂入ろうとした時に偶然あのニュースを見てから、全然……」

「じゃあ、先にシャワーでも浴びて、出かける準備しなよ! あたし、その間にお母さんに頼んだり永瀬に電話したりするからさ」

 望実の言う事に納得したのか、真琴は「分かった。また後でね!」と言い、電話を切った。望実は携帯電話を閉じ、ベッドから飛び降りる。

(あたしも、出来る限りの事をしよう。真琴達のように……!)

 そう決意し、力強い足取りで絵里子の元へと向かった。



 


 


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