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ブルーの低音  作者: 綾野 琴子
第4章 波乱
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0 春の終わり、夏の始まり

 六月始めの土曜日。この日の活動は、大掃除だった。いらない物を捨て、整理整頓する。更に、楽器を磨き、綺麗にする。虹西高校吹奏楽部の恒例行事だ。

 晴れ渡る空の下、青いトタンの屋根の建物から、少女の声が響いた。

「マコちゃん! 布取ってくれない?」

「はい!」

 真琴は、近くに置いてあった、あじさい色の絹の布を掴んだ。声の主である治美に渡す。

「ありがとう~! あと、これでコンバス磨いて!」

 治美は絹の布を受け取ってから、黄土色の液体が付いているタオルを持った。

 真琴は再び返事をして、タオルをもらった。タオルから放たれる刺激臭に、一瞬顔をしかめる。

 気を取り直して、コントラバスの体を拭こうとする。その時ちょうど、真琴の視界に治美が映った。真琴は治美の方をちらりと向く。

 治美は、智貴が使っていたコントラバスを、丁寧に磨いていた。楽器を見つめる目線は、どこか優しげだ。

 真琴は視線をコントラバスに戻し、そっと拭き始める。自然と、撫でるように磨いていた。


 しばらくして、コントラバスを磨き終わった後。真琴は何となく、倉庫全体を見渡した。

 棚には、古い管楽器。床には、トライアングルやタンバリン等の小物に、バスドラやドラムセット。コントラバスも三つ。楽器倉庫の、いつも通りの光景。だが、雰囲気がどこか違っていた。

「倉庫が広く感じる……」

「……やっぱ、原っち先輩がいないからね〜」

 いつの間にか、智貴のコントラバスを拭き終わっていた治美が、どこか寂しげに言った。

 定期演奏会前、倉庫の中で三人揃って練習していた時は、倉庫が狭いと何度も感じていた。智貴がいなくなった途端、倉庫が広くなったと感じるとは、全く思っていなかった。

「なんか、寂しいですね」

 真琴は思わずつぶやく。この倉庫の中のように、心にぽっかり隙間が空いたような気がしていた。

「そうだね……。でも!」

 治美は微笑み、さらに続ける。

「全く会えなくなるわけじゃないから! 先輩達、結構来てくれるし〜」

 真琴は「えっ?」と声を漏らす。治美は説明を始めた。

「先輩達は、受験勉強の息抜きという理由でたまに部活に来るんだよ〜。後、コンクールや学園祭にも聴きに来てくれる事が多いから!」

 真琴は目をぱちぱちさせた。それから、治美が言った事を思い返すと、次第に頬が緩んだ。口角を上げながら口を開く。

「じゃあ、コンクールも学園祭も頑張らないと……ですね!」

 治美も「そうだね!」と返し、にっと笑った。


 太陽が真上に昇った頃。真琴と治美は扉を開け、楽器倉庫から外に出た。

「うわ、眩しい……!」

 真琴は目を細め、左手で日差しを造る。

「半袖でも良さそうだね〜、これは」

 治美も、長袖ワイシャツをまくった腕で目を覆った。

「春は終わりですね……」

「これはもう夏でしょ〜。暑いし!」

 真琴と治美は笑い合う。その時、虹館入口の方から、きびきびした少女の声が聞こえてきた。

「おーい、そこの二人!」

 真琴、治美は一瞬びくっとした。それから前を向く。

 遠方にいる少女は、柔らかそうな茶髪を一つに束ねていた。少女は続けて声を掛ける。

「あと少しで、吹コンの会議始まるよー!」

「分かった〜! りーちゃん、先行ってて!」

 治美が大声で返す。りーちゃんと呼ばれた少女は頷き、一つに結んだ茶髪を揺らしながら、素早く走っていった。

「部長になってから、忙しそうだな〜。……じゃあ、あたし達も走るか!」

 真琴が目を丸くしているうちに、治美は駆け足をし始めた。

「ほら、マコちゃんも走る! 吹コンの会議に遅れちゃマズイし!」

「先輩、待ってくださいよ!」

 陽に照らされているアスファルトの上を、真琴も走り始める。伸び始めたダークブラウンの髪が、さらりと揺れた。


 夏は、まだ始まったばかり。

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