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ブルーの低音  作者: 綾野 琴子
第1章 出会い
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2 部活見学

 入学式から数日立った、月曜日。今日は大事な日だ。しかし、そんな日にうっかりうたた寝をしている高校生が、一人いた。

「と……。……ことちゃ……。……真琴ちゃん!」

「……うーん?」

 目を開け、視線をゆっくりと上に向ける。すると、呆れ気味の表情をした、二つにくくった黒髪の少女が真琴の目に映った。

「あれ……香奈ちゃん? どうしたの?」

「どうしたもこうしたもないよ〜。もう放課後だよ!」

「えっ、うそ」

「本当だよ」

 さっきから話しているのは相原真琴と、席が近いということで最近友達になった、青木あおき 香奈かな。六校時が終わっても真琴はまだうたた寝をしていたため、香奈が起こしにきたのだった。

「全くこの子は……。今日から待ちに待った仮入部期間だっていうのに〜」

 香奈は口に手を当てて、苦笑いした。

「あ……そうだね!」

 仮入部期間。その言葉を聞いたとたん、真琴は目を輝かせはじめた。入学式の時からずっと、仮入部が始まるのを待っていたのだから。そんな真琴の嬉しそうな様子を見て、香奈は笑顔になる。

「眠気が覚めたのなら良かった〜。私は合唱部に入りたいから、今から音楽室に行ってくるね。真琴ちゃんはどの部に行くの?」

 真琴の答えはもう決まっている。あの時からずっと気になっていた部に。

「わたしは……吹奏楽部に行く!」

 言った時、自然に笑みがこぼれるのを感じた。


 玄関南口で香奈と別れて、真琴は吹奏楽部の部室へと向かった。

 校舎南館から出て東側にある、北館と南館をつなぐ渡り廊下をさらに突き抜ける。渡り廊下を抜けると、右側には車が数台(恐らくここも駐車場なのだろう)、左側には、何であるのか解らないが、庭園があった。目の前には部室らしき建物が見える。真琴は庭園を横目に部室へと向かった。

 近くで部室を見ると、薄汚れている石のブロックの壁に、所々キズが入っている黒色のドアが目についた。明らかに年季が入っている。

 中からは、何かを叩く音。誰かがいるのだろう。しかし、真琴はドアを開ける勇気がなく、部室の前をしばらくうろうろした。

(案内図を見てまさかとは思ったけど、部室がこんなに目立たない所にあるなんて。しかもやけに古い建物だし……本当にここで合ってるんだよね?)

 真琴は、今日の朝に配られた部活案内を取り出す。


「活動場所……虹西高校の吹奏楽部は、音楽室が活動場所ではありません。音楽室は合唱部が使っています。だから吹奏楽部は、部室や教室、『虹館(にじかん)』という広い多目的ホールなど、様々な所で活動しています。見学したい人は、まず裏庭にある部室に来てください!」


 そんな文章の下に、部員が書いたのであろう部室への地図が載ってあった。

(……場所は合ってる。じゃあ、早くドアを開けなきゃ……)

 その時急に、ドアが「ガチャッ」という音を立て、ゆっくりと開いていった。急な事に真琴はつい、体を硬直させてしまう。

「さっきからずっといるみたいだけど……君、見学?」

 背が高い、そして足の長い男の人が、真琴を見下ろしながら尋ねてきた。

(わたし、もしかして窓から見えてたの? うわ〜、恥ずかしい……)

 頬が熱くなるのを感じて、思わず下を向く。だが、今は恥じている場合ではない。真琴は緊張しつつ、再び顔を上げて返事をした。

「は、はい、そうです!」

「打楽器希望なの? それとも管楽器?」

(……打楽器? 管楽器? しまった、楽器までは考えてなかった……)

 やりたい楽器のことは全然考えてなかった。そもそも、楽器の名前さえわからないのだ。真琴は黙り込んだ。冷や汗がどんどん出てくる。

 男の人は、真琴の様子を見てどうやら事情を察したらしく、提案をしてきた。

「じゃあ、もしよかったら、僕が色々案内するけど?」

 真琴は、優しい人だと思った。何も知らない真琴にとって、男の人の気遣いが、とても温かく感じられた。

「あ、ありがとうございます……よろしくお願いします!」

「こちらこそよろしく! じゃあ、まずは僕の担当の打楽器から行くよ〜。まあ、場所はここ、部室なんだけどね」

「だから、中から叩く音がしたんですね……」

 こうして、真琴は全部の楽器を、この男の人と一緒に回ることになった。


 一時間後、二人は再び部室前に戻ってきた。男の人が話しかける。

「とりあえず、これで一通り回ったかな」

「まさか、こんなに楽器があったなんて……」

「驚いた? 虹西の吹部は人数が多いからね〜。だから楽器の種類も多いんだ」

 聞くところによると、虹西高校吹奏楽部の部員は、今のところ約七十人いる。楽器も、アルトクラリネットやイングリッシュホルンなど、見たことの無い楽器が結構あった。

 人数が多いというのは、その部が人気である証拠。男の人が言うには、毎年多くの新入生が入ってくるらしい。

(高校だから、やっぱり経験者ばっかり入ってくるんだろうな〜。初心者、わたしだけしかいなかったりして……。先生や先輩も厳しいかも。……わたし、ついていけるかなぁ。なんか不安になってきた……)

「おーい、大丈夫かぁ?」

「……え? は、はい! すみません!」

 また、考えすぎてしまった。真琴は考え事に集中すると、つい周りの音が聞こえなくなってしまう。

「そういえば、もう全部の楽器を回りましたか?」

「いや、まだ一つ残ってるんだ」

「えっ! まだあるんですか? 管楽器って、本当に種類多いんですね……」

「違うよ、管楽器じゃなくて、唯一の弦楽器なんだ」

「管楽器じゃ、ない?」

 弦楽器があるとは思わなかった。入学式のときは、弦楽器があったかどうかまではわからなかった。

「じゃあ、最後の楽器のところへ行こう!」


 そして着いたのが、部室と同じような感じの壁に、青色のトタンの屋根が付いた倉庫だ。横がかなり長く、扉が四つもある。真琴達は、その中の一番左にある扉の前に立った。

「じゃあ、ちょっと呼んでくるから待ってて!」 

 男の人は倉庫の中に入っていく。

 男の人を見送った後、真琴は改めて倉庫全体を見渡してみた。お世辞にも、綺麗とは言えない建物だ。絶対、昔から建っていたに違いない。何故なら、石のブロックの壁が、部室の壁よりもさらに薄汚れていたからだ。

(何でこんな変な所で練習してるんだろう……? それに、吹奏楽なのに「弦楽器」って、一体?)

 突っ込みたいことで頭がいっぱいになったが、突然扉が開いて大きな音を立てたので、考え事は中断された。真琴は再び、体を硬直させる。

「キミが、見学希望の子!?」

 話しかけてきたのは女の人だった。いかにも柔らかい髪質のショートヘアー。そして、結構背が高い。真琴とは、ざっと十センチくらい差がある。

「はっ……はい、そうです」

 とっさに応えると、女の人は真琴をじっと見つめてきた。真琴は緊張しながらも、女の人を見つめ返す。

 しばらく見つめ合った後、女の人は急に笑顔になった。真琴はきょとんとする。

「ここに見学しにくる子はあまりいないから嬉しいな〜! ちょっと、先輩も出てきてくださ〜い!」

「んー、わかった」

 今度はクールそうな男の人が、楽器を抱えながらゆっくりと出てきた。

 真琴は楽器を見た瞬間、目を丸くした。出て来た楽器は……「ヴァイオリンのお化け」だったからだ。

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