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ブルーの低音  作者: 綾野 琴子
第3章 三年生
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8 七海高校

 定期演奏会本番。ついに、この日がやって来た。天気も快晴。絶好の演奏日和である。

 神奈川やまゆりホールのホワイエへ、多くの人が入っていく。親らしき人や中学生高校生、お爺ちゃんお婆ちゃんや子供等、色んな人がいて、にぎやかな雰囲気だ。

 そんなホワイエの入口にて、真琴は甲斐甲斐しくパンフレットを渡していた。何故こんな事をしているかというと、単にジャンケンに負けてしまったからである。

 本来なら、受付は生徒会がする仕事だった。しかし当日になって、生徒会の事情により、人数が足りなくなってしまった。だから、急きょ一年生の中から、人数を補う事にしたのだ。

(一年生はたくさんいたのに、よりによってわたしが負けちゃうなんて……運悪いなぁ)

 受付の手伝いを頼まれたのは、一年生二人。そのうち、望実は自分から進んで立候補したので、実質、枠は一人。その一人を選出するためのジャンケンで、真琴が負けた。だから、真琴は今、パンフレットを配っている。

 かなり不服だったが、一度決まったものは変えられない。仕方がないと、真琴は諦めた。

(望実ちゃんは……)

 自分から立候補して、チケットを切る係になった望実は、今どんな感じであろうか。そう思って、真琴は望実を見ようとした……と同時に、ふと、望実がいる方から笑い声が聞こえてきた。真琴は素早く、望実を見る。

 望実は少年と話していた。望実と笑いあっている見慣れない少年は、真琴より年上らしい雰囲気を醸し出している。

(望実ちゃんの知り合い?)

 望実の知り合いの話は聞いた事が無いが、きっとそうなのであろう。これ以上は特に気にせずに、真琴は再び、パンフレットを渡す仕事に集中し直した。


「相原さん」

 生徒会の女の人に呼ばれて、真琴は顔を右に向ける。

「来客のピークはもう過ぎたし、吹奏楽部員は一回舞台に集まるんですよね? もう、戻って大丈夫ですよ。後は生徒会だけで足りそうですから」

 真琴は、ホワイエにある壁時計を見た。時間は、一時四十分。確かに、そろそろ戻った方が良さそうだ。

「ありがとうございます。では、お先に失礼します」

 礼を言って深くお辞儀をすると、生徒会の女の人は「定演、頑張ってくださいね」と、笑顔で返した。真琴も微笑み、軽く会釈をする。それから、振り返って歩き出した。

 写真コーナーの近くまで来た時、真琴は足を止めた。

(そういえば、望実ちゃん……)

 望実はまだ、仕事を終えていないようだった。こういう時、望実を待った方がいいのか、それとも先に行った方がいいのか。真琴は「うーん」と唸りながら考え込む。

 しばらくして、やっぱり望実を待とうと結論づけた……その時だった。急に、関西弁が大声で聞こえてきたのだ。

「個性的すぎるっちゅーねんな!」

 真琴はその声に思わず驚いた。そして、声の聞こえた写真コーナーの方に、素早く顔を向ける。するとそこには、先ほど望実と話していた、大笑いしている少年と背が高めの少年、更に少女が二人いた。

 背が高い少年と、彼の隣にいた少女がクスクス笑う。だが、我慢が出来なくなったのか、少年少女はすぐに大笑いになった。こちらも、よく通る笑い声だ。

 からかわれたのは、関西弁を話す少年の隣にいる少女のようだった。心なしか、顔を真っ赤にしているように見える。その少女は、思い切り関西弁の少年の背中を叩きながら、こう叫んだ。

「なっ、何よ! 人のことバカにしてぇ! ムカつくー!」

「痛い痛い! やめんか、みんな見てるわ!」

 関西弁の少年の言葉にびくっとしつつも、真琴は目を離す事が出来なかった。それだけ、真琴にはインパクトが強すぎたのだ。

 会話のノリと高いテンション、そしてよく通る大声、笑い声。全てが真琴とは違っていた。真琴は四人に戸惑い、こんな事を思う。

(なんだろあの人たち……。あのテンションは……うわぁ……ちょっとありえないかも)

 そうして四人を見ていると、偶然、関西弁の少年と目が合ってしまった。

 真琴の心臓が飛び上がる。そして気まずくなって、少年から目を逸らした。悪い事はしていないのに、何故か罪悪感にかられる思いがする。

 足を動かす事が出来ずにそのまま突っ立っていると、遠くから、仕事を終えたらしい望実の声が聞こえてきた。

「まっことー!」

「あぁ、うん……」

 真琴は力なく応えるが、望実は気にする様子がない。更に言葉を続けた。

「あのね、そこにいる人たち、七海高校の人たちなの!」

「ふぅん……」

「前に話した、西嶋先輩がいらっしゃる高校! 今日、全員で聴きに来てくださったんだ」

「全員なんだ」

 望実が話す驚きの事実にも、真琴は心ここに非ずといった様子で返した。何となく気まずいので、早く舞台に戻りたいといった思いが強かった。

 望実はその後も色々話したが、真琴はほとんど、望実の言葉が耳に入らなかった。ただ一つだけ、記憶に残った言葉がある。

「さっきチケット切ってる時に聞いたんだけど、あの関西弁を話す人、佐野さの かけるさんって言うんだって!」

 佐野 翔。その部分は耳に入った。そして、佐野翔という人は望実の知り合いではなかったのかと、ぼんやりした頭で考えた。

(……ん?)

 ふと、自分と望実以外の人の気配を感じた。恐る恐る、顔を左に向ける。すぐ近くに、関西弁の少年……もとい、佐野 翔がいた。隣には、さっき彼の背中を叩いていた少女。更に、後ろには何人かの七海高校吹奏楽部員達。

「わっ!」

 思わず声を出してしまう。そして、びくびくしつつ、翔の顔を見た。

 小さくはない一重の目とスッと通った鼻筋。全体的に整っていて、誰もが好感を抱きそうな顔をしていた。真琴は、そんな翔の顔を見て、少しだけ警戒心を解く。

 翔はおずおずと、遠慮がちに話しかけた。

「あの~……虹西高校の人ですか?」

「はい……そうですけど」

 真琴がそう答えた瞬間、翔は目を細くして笑った。

「やっぱり! いやぁ、彼女にはホンマ感謝してるんです!」

 翔がそう言った後、翔の後ろにいた七海高校吹奏楽部員達が、望実に向かって深々とお辞儀した。

 翔の言葉と部員達のお辞儀に、望実が照れた様子で頭をかく。

「いやぁ、そんな大したことは……」

「もしかして……チケット五十枚の話?」

 真琴が訊ねると、望実は笑顔で「うん!」と答えた。そして、望実はふと、翔の隣にいる少女を見る。真琴もつられて少女を見た。少女と真琴、望実は目が合う。

 二重でクリッとした、大きな目。そして、肩まで伸ばしたさらさらの髪。形の整った鼻とふっくらした頬、薄い唇。どこかで見た事があるような顔だと、真琴は思った。

 少女は二人を見つつ、笑顔で自己紹介を始めた。

「初めまして。あたし、七海高校トランペットの、朝倉あさくら 陽乃ひなのっていいます」

「あたしは浜田って言います! 西嶋先輩にはお世話になりました!」

 望実は、はきはきと元気よく答えた。

「あ、そうだ。彼女なんですけど、ほら、名前!」

 望実がいきなり、真琴を陽乃の前に引っ張っていく。真琴は、突然の事に目を丸くした。

 陽乃の正面に立った後、真琴は改めて陽乃を見た。口が乾いているのを感じながら、懸命に声を絞り出す。

「あ……相原 真琴です……」

 やはり声が小さくなってしまった真琴に対し、陽乃は優しく語りかけた。

「相原さん……。楽器は何やってるの?」

「コントラバスを少々……」

 翔が、大きくて茶色いその低音楽器の名前に反応し、嬉しそうに言った。

「おぉー! みーやんと貴ちゃんと同じやな」

「はぁ……」

 真琴は小さな声で応えつつ、陽乃の方をちらっと見た。陽乃とは、初めて会った気がしない。そう感じていた。

 真琴達のやりとりを聞きながら壁時計を見た望実が、「あっ」と声を出した。

「真琴。そろそろ行かなきゃ」

「あ、ホントだ」

 時計の長い針は「49」を指していた。皆が舞台に集まり始めている頃だろう。

「それじゃあ皆さん! 是非楽しんで行って下さいね!」

「おう! おおきに!」

 望実は翔の言葉を聞いてにこっと笑い、更に「それじゃ、あたしたちは失礼します」と言った。

「行こう、真琴!」

 望実が真琴を促しつつ、走り出す。

「うん……」

 真琴は陽乃が気になりつつも急いで会釈し、望実の後を追おうとして足を動かした。

「あ!」

 後ろから、陽乃のよく通る声。真琴は思わず立ち止まり、ちらっと後ろを振り向く。

 陽乃は微笑んで、真琴に向かってこう言った。

「あの……頑張ってね!」

 真琴は目をぱちぱちとさせた。それから、何故か懐かしさを感じて、心が暖かくなった。真琴は自然と微笑む。今度は大きな声で、はっきりと応えた。

「はい! ありがとうございます!」

 真琴は振り返り、再び走り出す。その足取りは、今までにないくらい軽快だった。

佐野翔君と朝倉陽乃ちゃん、初登場です。にっくんさんの「奏」の「虹西高校」の話とリンクしていますので、ぜひそちらも読んでみてください。

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