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ブルーの低音  作者: 綾野 琴子
第3章 三年生
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7 定演前日

 土曜日、神奈川やまゆりホールのホワイエにて。輝かしく光るシャンデリアの下で、部員達が綺麗に並んでいた。

 明日は、定期演奏会本番。虹西高校吹奏楽部の集大成の日であり、同時に、三年生の引退の日でもあった。だからだろうか、どの部員もいつも以上に、神妙な面持ちをしていた。

 そんな部員達の前に、和樹が立つ。美雪が号令をかけ、部員が頭を下げながら「お疲れ様でした!」と挨拶した。和樹も頭を下げた後、微笑みながら話を始める。

「今日は、リハーサルお疲れ様でした。いよいよ、明日が本番です」

 「本番」という言葉が出た途端、辺りに緊張感が漂った。真琴は、自然と背筋が伸びた気がした。

「明日は、今までの練習の成果を発揮出来るよう、精一杯頑張っていきましょう!」

 部員達が大きな声で、「はいっ!」と返事をする。気合いの入った返事を聞いて、和樹は優しく微笑んだ。更に、和樹の話は続いていく。部員達は和樹をじっと見て、話に頷く。

 しかし。真琴は和樹の話を聞いているうちに、どこか違和感を感じ始めた。話の中に、「三年生の引退」については、全く触れていないのである。

(先輩、もしかしてわざと、言ってない……?)

 そう考えたものの、和樹はただ、偶然言っていないだけかもしれない。あまり疑うのは止めようと思った。そして再び、真琴は和樹の話に耳を傾けた。


 解散後。望実達四人と話をし終わって、四人が離れたちょうどその時、智貴が真琴の所へとやって来た。

「お疲れ」

 短いながらも、暖かみのある声で話しかける智貴。真琴は突然来た智貴に驚きながら、すぐに「お疲れ様です!」と返した。

「あれ、田中は?」

「なんか、話し合いをしてるみたいですよ」

 真琴は治美のいる方を見ながら、人差し指を差した。智貴も振り向く。治美はどうやら、二年生全員と輪になって話し合っているようだった。

「そうか、わかった」

 智貴はそう言って、不意に黙りこむ。真琴はどう答えればいいか分からずに、口をもごもごさせた。

 数秒間の沈黙の後、智貴が静かに声を出した。

「いよいよ、明日だな……」

 真琴は何も言えず、ただじっと、智貴を見つめていた。そして、何か言おうとして口を開いたその時、真琴の後ろから男性の声が聞こえてきた。

「二人とも、お疲れ〜」

 真琴は出かかった言葉を呑み込んだ。聞き慣れた声がした後ろを向く。声の正体は、相変わらず背が高い和樹。

 和樹の隣にいた美雪も、真琴達に向かって「お疲れ様」と笑顔で言った。真琴と智貴はそれぞれ「お疲れ(様です)」と返す。

 それからしばらく、四人は軽く話をした。皆、最初はどことなく、定期演奏会の話を避けているようであった。しかし、話がふと途切れて、皆静かになった時。美雪が小さく呟いた。

「明日が定演で、最後の日なんて……本当に信じられないよね」

 真琴、智貴、和樹が、一斉に美雪を見た。そして、智貴がゆっくりと頷く。

「うん……そうだな」

 和樹は何も言わない。ただ微笑んでいたが、どこか寂しげな表情をしていた。和樹だけではない。智貴と美雪も、同じ表情だ。

 真琴は、そんな智貴達三人を見つめる。そして静かに、内心では緊張しながら声を出した。

「あの、先輩」

 三人はきょとんとした表情をしながら、同時に真琴を見た。

「三年間って……やっぱり、あっという間ですか?」

 三人は一瞬、互いに顔を見合わせた。次に、再び真琴を見た後、和樹が先に口を開いた。

「……そうだね。本当に、あっという間だよ」

 その言葉に、真琴の心臓がドクンと鳴った。更に、美雪、智貴と続く。

「一年生の時は、時間はまだあるって思ってたんだけどね」

「そうやってたかをくくって、後悔した事があるしな……」

 一言一言が、真琴の耳に残っていく。引退間近の三年生が話す事だから、余計に現実味を帯びていた。

「だからね、真琴ちゃん」

 美雪が優しく語りかけてきた。

「吹奏楽をする時間は、永遠じゃないから。引退なんてまだまだ先なんて、思わない事。そして、一瞬一瞬を大事にね。分かった?」

「……はい!」

 真琴が大きく返事をすると、美雪はにっこりと笑って、「よろしい!」と言った。

 和樹は美雪を見ながら、手を組んで何かを考えているようだった。しばらくして、口を開く。

「美雪。そろそろ行こうか。他にも回る所あるし」

「そうね。行こう!」

 美雪が応えると、和樹は「うん」と頷き、それから真琴と智貴を見て、こう言った。

「明日は、頑張ろう!」

 真琴が「はい!」と返事をし、智貴が真剣な表情で「おう」と頷く。和樹は二人を見て、とびっきりの笑顔をした。

 その後、和樹と美雪は「じゃあ、またね!」と挨拶する。そして、和樹は大きく、美雪はゆっくりと手を振って、去っていった。


 二人を見送った後、真琴はそっと、智貴に訊ねた。

「原田先輩」

 智貴が真琴を見る。智貴の気持ちを知るのは怖かったが、これは聞かずにはいられなかった。

「吹奏楽部に入って……どうでしたか?」

 智貴がさっき言った「後悔した事がある」。それが、真琴には気がかりだった。智貴の過去を知っているので、尚更どう思っているのか、心配していた。

 智貴は一瞬、きょとんとした表情をする。だが、すぐに真面目な表情になった。

「色々あったけど……結果的に、入って良かったと思っている」

 そう言って、智貴は微笑んだ。真琴はその顔を見て胸を撫で下ろすと同時に、言葉にし難い暖かい感情が、身体中に湧いてきた。

「……二年生の会議が終わったらしいな。これから田中と三人で、何かするか?」

 智貴は、二人に向かって小走りをする治美を見ながら、そう呟いた。真琴は何となく、智貴を見上げる。

 智貴の顔から、落ち着いていながらも生き生きとした気持ちを感じた。


小説の更新がまた遅れて、本当にすみませんでした。今月は、あと一、二話更新する予定です。

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