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ブルーの低音  作者: 綾野 琴子
第3章 三年生
23/49

5 謎が増える

 リハーサルから二日後の火曜日。青々しい空の下で、真琴が倉庫の扉を開けて中に入っていった。

「こんにちは!」

 元気よく挨拶をする。治美と智貴がコントラバスを弾く手を止め、真琴の方を見た。

「真琴ちゃん、こんにちは~!」

 笑顔になって手を振る治美。親しみやすい雰囲気が漂う彼女に、真琴はいつも安心感を覚える。

「こんにちは」

 静かに話す智貴。言葉は短いながらも、優しげな瞳で真琴を見て小さく手を降っている。一見、クールな印象で感情を表に出さなそうな智貴だが、意外と感情表現が豊かだと、真琴は思っていた。

「真琴ちゃん。今日はあたしたち、四時半から合奏に行くから! ポップスの合奏は五時半からだから、真琴ちゃんはその頃に来てね〜」

「あっ、はい!」

 真琴が返事をすると、治美は笑顔で頷いた。そして、コントラバスをソフトケースの中に入れ始める。

「先輩。あたし、先に虹館に行ってますから、先輩も早く来てくださいね!」

 智貴に向かって言った後、治美はいつの間にかケースに入れ終わっていたコントラバスを持ち、早足で倉庫を出て行った。

 治美を見送った後、真琴は何気なく智貴を見た。智貴も真琴の視線に気付いたように、真琴の方を振り向く。

「……オレの顔に、なんか付いてる?」

 真琴は慌てて「いえ、何も付いてません!」と返した。素早く智貴から視線を戻し、コントラバスをケースから取り出す。

 真琴はコントラバスを出しながら、もう一度静かに智貴を見る。その瞬間、日曜日に起こった事が頭の中に思い浮かんだ。


 リハーサルの日の昼休み。虹西高校吹奏楽部が早く引退する理由を聞いた後、真琴は和樹と美雪に、再び尋ねていた。

「そういえば……、先輩達は何で、そんなに詳しいんですか?」

 和樹と美雪は、きょとんとした表情を見せる。

「だって、虹西高校の歴史をやけに細かく話してたし、吹奏楽部の経緯も隅々まで知っていましたよね? どうしてそんなに分かっているんですか?」

 真琴の疑問に対し、美雪が何かを思い出したように話し出した。

「確か……約三年前の事だったかな? 本当に懐かしいわね~」

「今思えば、すごい偶然だったよね」

 和樹も感慨深そうに話す。真琴には、何の話か見えてこない。どこか置いてきぼりにされたような気がした。

「あの……?」

 真琴がもう一度訊き直そうとする。しかしその直後、真琴達の後ろから声が聞こえてきた。

「話が盛り上がっている所、悪いんだけど」

 三人は目を開き、同時に後ろを振り返る。階段の一番上に、智貴が左手にコントラバスを、右手に譜面台を持って立っていた。和樹が声を上げる。

「原っち!? いつからそこに?」

「確か、相原が『先輩達は何でそんなに知っているのか?』って聞いたときから。まあ、コンバスを弾いている時から、和樹達三人が話しているのは聞こえていたけど」

 真琴は(やっぱり、聞こえていたのか……)と思った。

「で、さっきの話の事だけど……オレも知ってたよ、うちの吹部の引退理由」

 真琴は思わず、「えっ!?」と口にした。和樹と美雪も、驚いたようにして智貴を見つめる。

「相原、最初にオレに聞けば良かったのに」

 真琴は何も言う事が出来ずに、口をつぐんだ。

「んー……まあ、いいや。ちょっとそこ通るよ」

 気付けば、真琴、美雪、和樹が階段の横に並んでいて、智貴を通せんぼうしているような形になっていた。三人は急いで踊り場の隅に張り付く。

 智貴は「ごめん」と謝りながら、コントラバスと譜面台を持って踊り場を通り過ぎた。その瞬間、真琴の方をちらっと振り向く。何か言いたそうにしていたが、すぐに視線を元に戻して階段を降りていった。

 智貴が見えなくなった後、真琴は胸を撫で下ろして呟いた。

「はあ……緊張した~」

 真琴は思わず、その場に座り込む。

「……真琴ちゃん。ちょっといい?」

 美雪がしゃがんで、真琴に話しかけた。

「はい、何ですか?」

「真琴ちゃんは治美ちゃんにも、虹西吹部の引退の理由を聞いてないの?」

「……いや、治美先輩には聞きました」

「じゃあ何で、原っちには聞かなかったの? 原っちには話しかけにくいとか……?」

「そういうのじゃ、ないです」

 美雪が考えた事をすぐに否定した。そして、「ただ……」と口を開く。

「もしかしたら、聞いちゃいけないかもって思ったんです」

 真琴は立ち上がり、この前の智貴の様子を話した。望実は智貴とあまり接点が無いので、智貴の様子を話して良いのか迷った。だが、和樹と美雪は智貴と同級生であり、気心の知れた関係である。二人なら、あの時の智貴の事を話しても大丈夫だろう。そう考えたのだ。

「……智貴先輩のどこか哀しそうな顔を見たら、過去に何かあったんじゃないかとか、色々考えちゃって。だから、引退関係の話は出来ないなぁって。考えすぎだとは思うんですけど……」

 真琴の話が終わった後、和樹が口に手を当て、何かを考えている素振りを見せた。そして、ゆっくりと口を開く。

「真琴ちゃんが感じた、『過去に何かあったのか』という部分については、当たってるよ」

 思わぬ返答。真琴は目を大きく見開いて、和樹を見た。

「原っち、半年前は色々あったのよね」

 美雪が意味深な事を口にする。

「そうそう。原っちは昔……って、うわ!」

 和樹はいきなり驚いた様子を見せた。

「和樹、どうしたの?」

「あと十五分で、『ヴィヴァ・ムジカ!』の合奏が始まる!」

「えっ、そうなの!? 話に夢中になって、時間をすっかり忘れてた!」

 慌て始める和樹と美雪を見て、真琴はただ呆然とする。

「美雪、先にホールに行って、フルートの準備をしなよ!」

「分かった!」

 美雪は手を振って「真琴ちゃん、またね!」と言いながら、階段を急ぎ足で降りていった。

「僕も行く前に……真琴ちゃんに少しだけ話すよ」

 和樹は、細長い体を真琴と同じ位の高さまでしゃがませて、目線を合わせた。

「原っちは昔、大きな苦労をしたんだ。それは僕達や田中ちゃんも知ってるし、聞かれれば教える事は出来るよ。時間が来ちゃったから、結局話せなかったけどね」

 和樹はその後すぐ、「でも」と付け加える。

「この事は本人から聞いた方がいいかもって、今思った。だから真琴ちゃん。今度、原っちに聞いてみなよ」

 真琴は視線を下ろし、小さな声で「そんなの、無理ですよ」と呟いた。その事を聞いたら、智貴を苦しめるかもしれない……と思ったからだ。

「大丈夫だよ。原っち、きっと話してくれるから!」

 和樹はすくっと立ち上がって、階段を降り始める。そして、もう一度真琴を見て、こう話した。

「原っちは、真琴ちゃんが考えているほど、引退を苦に思ってないよ。むしろ、前向きに捉えてる。だから、勇気を持って話しかけてみて!」

 前を振り向いて、和樹は軽快に走っていった。真琴は和樹を見つめる。

 和樹が見えなくなった後も、真琴はしばらくその場に佇んだ。


「相原、大丈夫か?」

 真琴ははっと気がついた。視線を落とすと、コントラバスを弾く手がすっかり止まっている。慌てて智貴を見た。

「すいません! わたしったら、また……」

「いや、いいよ」

 智貴は真琴を見つめた。(何かを言いたそうだな……)と、真琴は思う。

 日曜日の時も、智貴は言いたい事があるような瞳で真琴を見つめていた。今の智貴の目も、二日前に見たそれと同じである。

「先輩。わたしに、伝えたい事がありますか?」

 智貴は一瞬、目を丸くした。そして、首をゆっくり縦に振る。

「あのさ……オレ、昔……」

 真琴の心臓が大きく鳴った。鼓動がどんどん速くなる。しかし。

「先輩!」

 扉を開けながら智貴を呼ぶ治美。真琴と智貴は、同時に扉の方を振り向いた。

「もう、合奏始まってますよ! 早く来てください!」

 真琴は、そばに置いていた、白色の携帯電話を手に取る。時間を確認すると、四時半をとうに過ぎていた。

「ごめん! 考え事をしてたら時間を忘れてた。すぐ行くから、先に戻ってて」

 治美は「はい!」と返事して、倉庫を出ていった。智貴は素早くコントラバスをケースに入れる。

 智貴は、倉庫を出ようとする前に真琴を見た。

「またいつか、話すから……!」

 言い終わってすぐに、智貴は倉庫を出て扉を閉めた。真琴は扉の方を見つめたまま、ぼーっと立ち尽くす。

 しばらく経った後。練習に戻る前に、独り言をぼそっと呟いた。

「謎、二つも増えちゃったな……」

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