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ブルーの低音  作者: 綾野 琴子
第3章 三年生
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4 理由は……

 解散した後。真琴はロビー端のソファーに座り、ホール練習の予定が書かれたプリントを読んでいた。初心者の一年生である真琴の午後からの予定は、昼食後、一時半から自主練習。三時からポップスの合奏……となっている。

 今は一時過ぎたところだ。練習再開まで、まだ結構時間がある。真琴は、これからしばらくどうしようか……と悩んだ。

 練習を始めるには早すぎる気がする。まだ昼食を終えていない、またはお話をしている部員がいるので、今から音だしをして、昼食や会話の邪魔になるのは避けたかった。だが、他にやる事も無い。

(先輩達は、どうしてるんだろう?)

 真琴はソファーから立ち上がり、辺りを見渡した。智貴と治美を何とか見つけようと、目を凝らす。

 治美の姿はどこにも無かった。きっと、どこかへ出かけてしまったのだろう。次に智貴を見つけ出そうとして、更に目を凝らした。しかし、どんなに探しても、智貴の姿は見えない。

(これは……諦めるしかないか~)

 捜索を止め、再びソファーに座ろうとした……ちょうどその時だった。部員の喋り声の中に混じって、上の方から音が聞こえてきた。

(この音は、もしかして……)

 力強い低音。それで、管楽器ではない音。……コントラバスの音だ。

 治美が弾いているのではないと、真琴はすぐに判った。治美の音は、もう少し丁寧で綺麗なのである。荒々しくも豪快なこの音を弾くのは、智貴しかいない。確信した真琴は、かすかな音を頼りに、座っている沢山の部員を避けながら、智貴のいる所を目指した。

 耳をすまし、音を聴きながら、部員を踏まないように注意して歩く。そうしているうちに、二階へ続く横幅の広い階段の前まで来た。

(二階で弾いてる……?)

 真琴はゆっくりと、ワインレッドの絨毯が敷かれた階段を上っていく。二階に近づくにつれ、音は次第に大きくなっていった。

 あと少しで二階ロビーに着く……という所で、コントラバスを弾いている智貴の姿が見えた。思わず、真琴の足が止まる。

 集中して、「ヴィヴァ・ムジカ!」を何度も練習している智貴。夢中になって弾いている時に話しかける事は出来ないと、真琴は思った。

 後ろを振り返ってそっと階段を降り、踊り場まで戻る。階段の二段目に腰を掛け、頬杖をついた。これからどうしようかと、再び悩む。

「……それにしても」

 自然と声が出た。

「何で、二階で練習してるんだろう? ホールで練習してもいいのに」

 そんな疑問に対して、男性が答える。

「多分、二階の方が自分の音を聴きやすいからじゃないかな?」

 真琴は素早く、声が聞こえた左側を向く。そこには、「よっ!」と挨拶をしながら手を振る和樹と、和樹の後ろに立って控えめに微笑んでいる美雪がいた。


 二人が階段に並んで座った後、和樹と美雪に一連の事情を話した。真琴の右隣に座る美雪は、納得したように頷く。

「なるほどねー、ロビーじゃ練習しにくいか~」

「部員がいっぱいいるから、弾く場所にも困るしね」

 美雪の隣にいる和樹も真琴に同調するように、腕を組んで首を縦に二回振った。

「だから、先輩達は何をしているのかなって思って捜してみたんですけど……」

「田中ちゃんは行方不明、原っちは、凄まじいオーラを放っていて話し掛けづらい……と」

 和樹がとんちんかんな事を言うので、美雪が「和樹。真琴ちゃんの話、ちゃんと聞いてた?」と苦笑いしながら尋ねた。

「冗談だって! ……ところで真琴ちゃん」

 真琴は「はい?」と返事をした。

「うちの部が何でこんな時期に引退するか、調べてるの?」

 真琴は目を丸くした。和樹達には、この事を話していない。なのに、どうして知っているのかと、不思議に思った。

「真琴ちゃん、ごめんね? さっきの話、つい聞いちゃったの」

 申し訳なさそうな顔をする美雪。

「話って、もしかして……わたし達五人が話してた……?」

「そう。いきなり大声が聞こえた時からかな? なんか興味深い事を話していたから、和樹と二人でそば耳だてていたの」

 やはり信二と悠輔が叫んだ時だった。この調子だと、他にも自分達の話を聞いた部員がいるかもしれない……と、真琴は思った。

「で、その事について言いたいことがあるんだ」

 和樹が真剣な目で、真琴を見る。真琴は心臓が高鳴っていくのを感じた。

「僕達は、うちの部がこの時期に引退する理由、知ってるよ」

「それって、本当ですか!?」

 香奈に言われてからずっと疑問に思っていた、虹西吹部の引退理由。やっと知る事が出来る。真琴は胸の高まりが抑えきれず、つい叫んでいた。

「ぜひ……ぜひ、教えてください!」

 和樹と美雪は微笑みながら真琴の方を向き、同時に頷いた。


 「伝説のアイルランド」を弾く智貴の音が聞こえる中、美雪がおもむろに口を開いた。

「実はね……虹西は昔、吹奏楽コンクールが終わった後に、一応引退していたらしいの」

 真琴は驚き、美雪を見つめた。そして、新たに浮かんだ疑問を口にする。

「定演は、いつやっていたんですか?」

「三月ね」

 素早く答える美雪。和樹が更に続ける。

「つまり、三年は吹コンで仮引退して、進路が決まったらまた部活に参加する。そして、三月末の定演で本当に引退なんだ」

「そうだったんですか……」

「最初は三月で良かったんだけど、だんだんそうもいかなくなったのよね」

 美雪の言葉に、真琴は「えっ!?」と叫んだ。二人は説明を始める。

 昔の虹西高校の生徒は、国公立大合格者は少数で、私立大学合格者が八割を占めていたらしい。よって、三月上旬までに進路が決まる生徒が圧倒的に多かったため、三月末の定演には間に合っていたと言う。

 しかし、約十数年前。国公立大を志望しても、なかなか合格出来ない生徒がいるという現状を変えるため、校長を始めとする当時の先生達が、授業カリキュラムに大改革を施した。結果、国公立大学に合格する生徒が順調に増えていった。そして今では、虹西高校は国公立大に合格する生徒の方が多い進学校になっている。

「国公立って、後期だと三月末までかかるでしょう? だから、後期を受けていて、定演に満足に出られない部員が増えちゃったの」

「それで、定演をする時期を変えようって話になったんだよ」

 美雪と和樹の説明に、真琴は「なるほど……」とつぶやいた。

 この間の進路ガイダンスで聞いたが、私立大の合否は二月で決まる所が多い。それに対して、国公立は早くても三月上旬、中、後期になると下旬までかかる(私立でも、三月末までかかる所もあるが)。更に、合格手続きや下宿先探しに時間がかかるとなると、定期演奏会にあまり出られないのも納得だった。

「色々話し合いをして、五月に定演をして引退するって決まったんだ」

 真琴はすぐに、「理由は何ですか?」と尋ねた。やっと、知りたい事の核心に来たので、自然と気持ちが高ぶる。

「理由は、二つ」

 美雪が静かに話し始めた。

「まず一つは、カリキュラムが変わって、受験対策で忙しくなったから」

 美雪によると、虹西高校は九月から、放課後に講義が入るという。三年生も本格的に受験モードになり、学校で最後まで残って勉強する生徒が増えるようだ。

「講義が入ると、満足に部活に出られないから……。推薦を受ける生徒は、準備でもっと忙しいしね。部活と勉強、どっちも中途半端になる可能性があるから、それなら後期にやるのは止めよう、って事になったのよね」

 和樹は、美雪に同意するように頷き、それから口を開いた。

「一月と二月は、受験期だから論外。八月にやるのも、美雪が言ったのと同じ理由でボツになったんだよ。八月は夏期講習が所々入るからね~。吹コン終わった後の短い期間に、十数曲もの仕上げをするの、大変だし」

 夏期講習中は、三年生は部活に出られないため、吹奏楽コンクールが終わった後の練習期間は実質十日程度。十日で沢山の曲を仕上げるのは、やはり難しいらしい。

 それに、夏休みは受験の天王山でもある。受験生にとって、大事な時期だ。だから、八月も勉強に集中したいという意見があったという。そんな考えが多い中で無理やり定期演奏会をしても、結局は中途半端に終わってしまうだろうという事で、八月に開催するという意見も没になったらしい。

「七月に吹コンが始まるから、六、七月は吹コンの練習に集中しなきゃいけなくなっちゃう。だから、五月末に定演をするって決まったの」

 かなり早い時期とはいえ、五月末が一番定期演奏会に集中出来るという意見が多く、それが決め手になった……と、美雪は説明した。

「やるからには、中途半端な気持ちで、テキトーな演奏をしたくない。来てくれたお客さんに失礼だからね!」

 そう話した和樹は、真剣でまっすぐな目をしていた。そんな和樹を、美雪は微笑ましそうに見つめる。

 しばらくして、美雪がはっと気付いたような表情をした。真琴の方をくるっと向き直し、再び説明を始める。

「二つ目の理由はね……皆、吹コンで引退するより、定演で引退したかったからなの」

 吹奏楽コンクールでは、演奏する場は厳粛な雰囲気が漂う。

 緊張感のある雰囲気も嫌いではない。だが、虹西高校吹奏楽部員は、自分達だけの舞台で、観客を巻き込みながら、沢山楽しんで引退したい……という考えを持っていた。

「やっぱり、思いっきり吹いたな〜! て言って引退したいからね。私もそう思ってるし」

 美雪がとびっきりの笑顔で話した。和樹も微笑んで「そうだね」と同意する。

「でも、八月以降は、さっき言った理由で定演が出来ないでしょう? 五月の定演で早く引退するか、他校と同じように、吹奏楽コンクールで引退するかでかなり悩んだらしいけど……」

「やっぱり定演で引退したいから、最終的には五月末で引退って事に決定したんだってさ! ちなみに、当時の部員全員がそれに賛成したっていうから、驚きだよね~」

 美雪と和樹は説明し終わると、和やかな顔をして、満足した様子を見せた。二人を見て、真琴も穏やかな気持ちになっていく。

 虹西高校吹奏楽部の経緯を知った後は、他校の引退時期と虹西高校の引退時期の違いは、全く気にならなくなった。他校には他校の考えがあって、引退の時期を決めているのだろう。そして、虹西高校には虹西高校の考えがあって、早く引退すると決めたのだ。真琴は、その事に今気付いた。

 微笑んでいる和樹と美雪をもう一度見る。引退まで頑張ろう……という気持ちが、改めて芽生えた。

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