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ブルーの低音  作者: 綾野 琴子
第3章 三年生
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3 進学校だから?

 ロビー中に敷き詰められたワインレッドの絨毯の上で、輪になって昼食を食べ始めてから十五分後。五人とも昼食を食べ終わりそうだという時に、望実が口を開いた。

「ねぇ。あんた達にちょっと聞きたいんだけど」

 悠輔、信二、律は「何?」と言いながら望実を見た。望実は一度、真琴に目配せをする。真琴が静かに頷くと、望実は改めて三人の方を向いて尋ねた。

「さっき、真琴と話してたんだけど、虹西の吹部は何でこんな中途半端な時期に引退するか、知ってる?」

 三人は「うーん……」と唸り始める。その様子を見ると、三人とも知らないようだ。真琴は少しだけ残念に思った。

「……そうだよな。七海市の高校の多くは十一月に引退するって事を考えると、虹西はすごく早い」

 最初に口を開いたのは信二だった。信二はさらに続ける。

「俺が最初に志望していた七海高校も、十一月に定演をやって引退するって聞いたし」

 信二の言葉に、望実が「えっ! 志望校、ナナコウだったの!?」と返した。

「十二月まではな。……そういえば」

 信二は眉を寄せる。

「俺の出身中学の吹部は、コンクールが終わった直後に引退だったな……確か」

 そう言った後、信二は何故か苦笑いをした。真琴はそんな信二を見て、(何かあったのかな……)と思う。

 すっかり黙りこんだ信二の後を引き継いで、悠輔が話し出した。

「僕達の住んでいる地域は、七、八月のコンクールで引退って所が多いらしいね~。愛媛でも、僕の住んでいた地域の中学は八月が多かったよ」

 しかしその直後、悠輔は何かを思い出したようで、口に手を当てながら話を続けた。

「でも……あの中学はもっと遅かったような気がしたなぁ。他の中学に比べてレベル高かったし。……島根の方はどうだったっけ? 今度あいつに聞いてみようかな」

 悠輔は悠輔で、愛媛や島根に交友関係があるようだった。真琴は、思った通り、悠輔は友達が多いのだなと考える。もっとも、真琴にも愛媛に友達がいるのだが。

 考えたすぐ後に、真琴は左隣に座っている律を見た。律は黙ってうつむいている。何かを考えているようだ。

 真琴は思い切って、律に尋ねてみた。

「藤本君は何か分かる?」

 律はぱっと顔を上げた。そして、恥ずかしそうにしながらおずおずと話す。

「分かるかって言ったら微妙だけど……考えはある」

 「考え」という言葉を聞いて、信二と悠輔が大きく身を乗りだし、叫んだ。

「それは本当か!?」

 周りの部員が真琴達五人の方を振り向く。真琴は(恥ずかしい……)と思って顔を赤らめたが、二人は周りが見えていないらしく、あまり気にする様子は無かった。

「その考え、詳しく聞かせてよ!」

 望実は、二人よりは小さめな声で律に話しかける。大きなつり目を輝かせ、興味津々といった様子だ。

 律は信二、悠輔、望実の視線に気圧されたように、上半身をのけぞらせる。だが数十秒後、背筋を伸ばして、真琴達の方を向き直ると、静かに話し始めた。

「オレは……理由の一つに、虹西が進学校だからっていうのがあると思うけど」

 真琴は(なるほど!)と思った。

「進学校って、特に文化部なんかは、部活を引退する時期が比較的早い気がする……受験勉強忙しいだろうし」

 望実、悠輔は律に同意するように、首を縦に大きく振る。

「確かにそうかもね~。勉強に集中するから早く引退するっていうのはありえそうだよ!」

 悠輔はかなり納得した様子だ。望実も「絶対そうよ!」と肯定的である。

 そんな中、信二だけが再び「うーん……」と唸っていた。真琴は気になって、信二に尋ねる。

「永瀬君、どうしたの?」

「いや……進学校の吹部でも、やっぱ例外はあるよな……って思ってさ」

 律がすぐに「例外って?」と尋ねる。

「また、七海市の高校の話に戻っちゃうけど。風見台高校って知ってるか?」

 真琴、悠輔はきょとんとした表情をして首を傾げたが、望実と律は知っているという反応を示した。

「あたし、知ってる! 確か私立高校だよね!」

「去年、吹奏楽部が関東大会で金賞取ってたっけ……」

「その通り! ……あー、二人は知らなくても無理ないよな。相原さんは中学時代吹奏楽やってなかったし、鈴木は愛媛に住んでたし」

 信二は一呼吸置いて、四人に説明を始めた。

「私立風見台高校は、七海市内でトップレベルの成績。国公立大や難関私立への進学がほとんどの、バリバリの進学校」

 四人が「うんうん」と同時に頷く。

「だから、勉強がかなり忙しいらしいけど……でも、吹奏楽部の引退、かなり遅かったぞ。確か、十一月末だった」

「それ、ホント!?」

 望実は明らかに驚いた様子である。真琴も、今の話を聞いて、信じられない気持ちだった。

 十一月、十二月といったら、一月から始まる一般受験に向けての追い込みの時期。センター試験や二次試験を受ける者は、部活を続けるのが難しいはずだ。なのに、風見台高校の吹奏楽部は、十一月まで部活を続けていたと言うのである。吹奏楽部の忙しさは身をもって体験しているので、余計に驚きを感じた。

 四人はしばらく、開いた口がふさがらなかった。周りの部員のたわいもない話し声が、真琴の耳に入ってくる。

 何秒か経った後、悠輔が言いにくそうに信二に尋ねた。

「その……定期演奏会は、成功したの? 勉強と部活、どっちも中途半端になりそうだけど」

「みんな、推薦で大学合格したとか……?」

 律もまた言いにくそうに、ぼそぼそと話す。

「推薦で合格した人もいるけど、一般で合格した人も普通にいるって。あと、定期演奏会は俺も聴いたけど、大成功だった」

 信二の答えに、四人は絶句する。周りのざわめきが、いっそう大きくなった気がした。

 部活をぎりぎりまでやるのに、一般試験で大学合格。この事実の前では、「進学校だから引退を早くする」という理由はあまり意味を持たないのではないかと、全員が思った。

 結局五人は、「虹西吹部が早く引退する理由」を他に見つけられないまま、一端解散する事になったのである。

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