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ブルーの低音  作者: 綾野 琴子
第3章 三年生
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2 先輩には聞けない

「三年生全員が入り終わったら合図を出すから、音量を下げてな。分かったか?」

「はい!」

 葉山はやま 明仁あきひと――虹西高校吹奏楽部顧問――の声がホール中に響いた。明仁の指示に対し、一、二年生全員が大きな返事をする。定期演奏会まで後一週間だから、皆いつも以上に気合いが入っている。

 駅から徒歩十分、また、虹西高校から徒歩十五分程で行ける、「神奈川やまゆりホール」。虹西高校吹奏楽部は、定期演奏会をする場所でもあるこのホールで、全曲のリハーサルをしていた。

 ホールでは、普段よりも自分の音が聴こえやすい。真琴はますます、(もっと上手く弾かなきゃ)と思い、気を引き締めた。

「じゃあ、音量の事を踏まえながら全部通すぞ」

 真琴達が、真剣な目を自分に向けたのを確認してから、明仁は腕を振り上げた。


 十二時ちょっと過ぎた頃に、三年生を送り出す曲『オレンジ』のリハーサルが終わった。明仁が指示を出す。

「休憩! 昼食をしっかり取れよー。前日に配られたプリントを見たら分かると思うから、午後からはプリントを見ながら各自行動するように! 後、午後から二、三年生中心の曲をやるから、一年生は自分の楽器と譜面台をロビーに持っていけよー」

 明仁が話終わった後、部員達は「はい!」と返事をし、思い思いに動き始める。

 真琴が急いでコントラバスを両手で持っていこうとした時、望実が声をかけてきた。

「大丈夫? 譜面台持とうか?」

 真琴は目を丸くし、一呼吸置いて「いいの?」と口にした。

 コントラバスは、基本的には両手で持ち運ぶため、譜面台を置いていく事が少なくない。コントラバスを片手で持ち、片手で譜面台を持つ事も出来るが、その分不安定な運び方になってしまう。下手したら落としてしまうため、コントラバスを持つ事に慣れてない人が片手で持つのは危ない。

 初心者である真琴は、先にコントラバスをロビーに運び、その後に譜面台を取りに行くつもりだった。正直面倒くさいと思っていたので、望実の言葉はありがたかった。

「……じゃあ、お願いしようかな」

「まかせてよ!」

 望実は真琴の譜面台をひょいっと持ち上げ、真琴の隣を歩いていく。そして、再び口を開いた。

「ねぇ、三人にはもう言ってあるけど……今日はバスパート一年で昼ごはん食べるよ!」

「え?」

「食べながら話し合いすんの! ……先輩達の引退祝いのプレゼントをどうするか」

 「引退」。その言葉に、真琴の胸がどくんと鳴った。人からその事実を聞かされると、改めて動揺してしまう。

「……あの、さ」

 不意に言葉が出てきた。望実もきっと分からないだろうとは思っても、聞かずにはいられなかった。

「何?」

「どうして虹西の吹部は……こんなに早く引退しちゃうんだろうね?」

 望実は、元々大きい目をさらに開いた。真琴は更に続ける。

「別に引退するの、コンクールの時でもいいのに……それに、周りの高校は、もっと遅いのに……何か知ってる?」

 望実は「うーん……」と唸った。そして、「ごめん、分かんないや。周りの高校より早く引退する理由」と、真琴が思った通りの答えを口にした。

「先輩には聞かないの? 何か知ってそうじゃん」

「治美先輩には聞いたけど、『知らないなぁ』って……」

 治美は、真琴にその事を聞かれるまで、特に疑問には思わなかったと言う。その事を望実に話したら、望実は「あの先輩、あまりそういう事を気にしなさそうだもんね~」と応えた。

「じゃあさ、原田先輩には聞いてないの?」

 心臓が再び、どくんと鳴った。真琴は望実から目を反らす。その後、言いにくそうに声を出した。

「先輩には……聞けない」

 望実はすぐに「何でよ?」と尋ねる。

「何となく……ね」


 ――一年生は、まだいっぱい時間があるから――


 あの時の智貴の言葉を聞いて、そしてどこか憂いを含んだ微笑を見て以来、智貴には「引退」について何も尋ねられないでいる。

 望実は何か言おうとした……その時。ロビーの方から低い声が聞こえた。

「おーい、中途半端な所で止まって、二人して何やってんだよ?」

 低い声の主である信二は、言いながら大股で二人の方まで歩いてくる。

 真琴と望実ははっとした。話に夢中になっていて、いつの間にか足が止まっていたのだ。望実がきっぱりと応える。

「ごめーん! 話してたら、あんた達の事すっかり忘れてた!」

「何だよそれ……まあいいや、早く飯食べようぜ。腹減った」

 信二が再び大股でロビーの方へ歩いていく。真琴と望実は慌てて信二に着いていった。


 ロビーに着くと、他の部員は既に昼食を食べ始めていた。その中で、まだ食べていない二人の男子――悠輔と律――が隅で静かに座っていた。

「おい、連れてきたぞ」

 信二が声を出すや否や、二人は同時に顔を上げる。

「やったね! これでやっと食べられるよ~。ねっ、藤本!」

 心底嬉しそうな顔をして、律に話しかける悠輔。いい笑顔をしている。

「だな……」

 必要最低限の答え方をする律。だが、その言葉には、最大限の喜びの感情が溢れ出ていた。悠輔程あからさまでは無いが、黒ぶち眼鏡の奥で、小さな目が輝いている。

 その様子を見て、真琴が望実にコソコソと話しかけた。

「……なんか、忘れてて申し訳ないって気分になるね」

「確かに……」

 純粋に喜んでいる二人の前では、(先に食べれば良かったのに)というツッコミは出来ない……と、真琴と望実は思ったのであった。

「二人とも……早く楽器と譜面台を置いて、弁当用意しろ」

 若干ひきつった顔をしながら、信二が真琴と望実に指示をする。

「そうね……真琴、早く行こ!」

「う、うん」

 二人は悠輔と律のために、急いでコントラバスと譜面台を置きに行った。


 二人のカバンがある所の近くで、真琴は自分よりも大きいそれを静かに置いた。直後、望実が再び話しかける。

「真琴、どうせなら男子三人にも聞いてみようよ。何か分かるかもだし!」

 真琴は「うん」と頷いた。虹西高校の近くの中学校に通っていたという律あたりなら、もしかしたら知ってるかもしれない。そう考えたからだ。

「あっ、あと、さっきも聞きたかったんだけどさ!」

「ん、何?」

 真琴は(もしかして……)と思いながらも、平静を装って応える。

「真琴、原田先輩に聞かない訳って」

「ただ、聞きづらいからだよ。それだけ」

 真琴はあくまで当たり障りの無い答え方をした。「聞きづらい」というのは、一応本当の事である。それに「あの時」の事は、何となく言いたくなかった。

 望実はまだ何か聞きたそうだったが、諦めたように「分かった」と口にした。

「二人とも、早くこっちに来なよ~!」

 声のする方を振り向く。悠輔は大きく、律はさりげなく手を招いていた。

 真琴と望実は二人を見て「ちょっと待ってて」と同時に言う。そして、急いで自分のカバンを持って、三人のいる所へ走っていった。


まさかの二ヶ月間更新放置……ごめんなさい!これから二ヶ月、更に忙しくなりますが、少なくともここまでの長期間放置はしないように……頑張ります。

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