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ブルーの低音  作者: 綾野 琴子
第3章 三年生
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0 訊かないで

 水曜日の昼休み。教室で弁当を食べている時に突然、友達の青木香奈が聞いてきた。

「そういえば……虹高にじこうの吹部って、どうして五月なのかな〜」

 真琴は「え?」と聞き返す。香奈は再び言い直した。

「いや、今度の虹高の吹部の定演で、三年生が引退するんでしょ? 何でこんな早い時期に引退するんだろうって思って。私の出身中学の吹部は、確か八月に引退してたから……」

「……確かに」

 コントラバスの練習で手一杯だったため、今までそんな事は考えていなかった。一回疑問に思うと、かなり気になってくる。

「吹奏楽コンクールの時に引退してもよさそうなのに」

 真琴の言葉に、香奈も「うんうん」とうなずいた。

 いくら受験があるとはいっても、夏休みから勉強すれば間に合うのではないかと、そんな事も考える。後で、その考えは甘いという事を知るのであるが。

 香奈は首を傾げながら、再び疑問を口に出した。

「定演の方がいい理由とかあるのかなぁ……」

 二人はしばらく考えたが、全く解らなかった。

「そうだね……わたし、先輩に聞いてみる」

 解らない事は、先輩に聞くのが一番であろう。真琴はそう思った。香奈も、「それがいいね」とばかりにうなづく。

「解ったら、教えてね!」「うん!」

 これで、定演の話はひとまず終わったはずだった。……しかし、すぐに香奈は何かを思い出したように、「あっ!」と声を出したのである。

「なっ、何?」

 いきなり声を出すので、真琴は思わず固まった。

「今の話で思い出したんだけど……私、まだチケットもらってないよ?」

「……あっ、そういえば! ごめんね! 今渡すから」

 せっかく定演に来てくれるというのに、チケットを渡すのをすっかり忘れていた。真琴は、机の横に掛けてあるスクールカバンを取り、中をがさごそと探り始める。

 香奈は真琴をじっくりと見ながら、さらに話しかけた。

「ねぇねぇ」

「何〜?」

「真琴ちゃんは、結局お父さんとお母さんにはあげないの? 前にも、親には渡せなさそうって言ってたけど」

 真琴は一瞬、動きをぴたっと止めた。頭の中で、香奈の言葉を繰り返す。


 ――お父さんとお母さんにはあげないの?――


 教室のざわめきが大きくなった気がした。

「……うーん、そういう事になるね〜」

 実にあっさりと答えた真琴は、それだけ言うと再び、スクールカバンの中に手を突っ込んだ。

「……でも! ダメ元でも誘ってみれば、もしかしたら来てくれる……」

「はい、これ」

 真琴は香奈の言葉を遮り、チケットを渡した。

「渡すの、遅れちゃってごめんね?」

「あ、ありがとう。それは大丈夫だけど……」

 真琴はまた香奈の声を遮り、香奈から目をそらしてこうつぶやいた。

「両親のことなら、別にいいんだ」

「え……?」

 香奈は思わず、声を漏らした。真琴は改めて香奈の方を向きなおし、微笑みながら言う。

「ほら、大人料金って、五百円もするじゃん。高いでしょう? 親に千円も払わせるのは悪いから、今回は誘うの辞めたの」

「そうなんだ……」

 香奈はまだ納得していなさそうだった。真琴は、さらに理由を話す。

「それに、初心者の一年は出番少ないから、値段が割に合わないでしょう? だから今年はやめ! 来年は、ちゃんと、誘うよ」

「そっか……それならしょうがないね」

 香奈はようやく納得したようであった。真琴に向かって「弁当、片付けてくるね!」と言うと、自分の席に戻っていく。

 真琴は香奈を見送ってから、安心したように、静かにため息をついた。

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