0 訊かないで
水曜日の昼休み。教室で弁当を食べている時に突然、友達の青木香奈が聞いてきた。
「そういえば……虹高の吹部って、どうして五月なのかな〜」
真琴は「え?」と聞き返す。香奈は再び言い直した。
「いや、今度の虹高の吹部の定演で、三年生が引退するんでしょ? 何でこんな早い時期に引退するんだろうって思って。私の出身中学の吹部は、確か八月に引退してたから……」
「……確かに」
コントラバスの練習で手一杯だったため、今までそんな事は考えていなかった。一回疑問に思うと、かなり気になってくる。
「吹奏楽コンクールの時に引退してもよさそうなのに」
真琴の言葉に、香奈も「うんうん」とうなずいた。
いくら受験があるとはいっても、夏休みから勉強すれば間に合うのではないかと、そんな事も考える。後で、その考えは甘いという事を知るのであるが。
香奈は首を傾げながら、再び疑問を口に出した。
「定演の方がいい理由とかあるのかなぁ……」
二人はしばらく考えたが、全く解らなかった。
「そうだね……わたし、先輩に聞いてみる」
解らない事は、先輩に聞くのが一番であろう。真琴はそう思った。香奈も、「それがいいね」とばかりにうなづく。
「解ったら、教えてね!」「うん!」
これで、定演の話はひとまず終わったはずだった。……しかし、すぐに香奈は何かを思い出したように、「あっ!」と声を出したのである。
「なっ、何?」
いきなり声を出すので、真琴は思わず固まった。
「今の話で思い出したんだけど……私、まだチケットもらってないよ?」
「……あっ、そういえば! ごめんね! 今渡すから」
せっかく定演に来てくれるというのに、チケットを渡すのをすっかり忘れていた。真琴は、机の横に掛けてあるスクールカバンを取り、中をがさごそと探り始める。
香奈は真琴をじっくりと見ながら、さらに話しかけた。
「ねぇねぇ」
「何〜?」
「真琴ちゃんは、結局お父さんとお母さんにはあげないの? 前にも、親には渡せなさそうって言ってたけど」
真琴は一瞬、動きをぴたっと止めた。頭の中で、香奈の言葉を繰り返す。
――お父さんとお母さんにはあげないの?――
教室のざわめきが大きくなった気がした。
「……うーん、そういう事になるね〜」
実にあっさりと答えた真琴は、それだけ言うと再び、スクールカバンの中に手を突っ込んだ。
「……でも! ダメ元でも誘ってみれば、もしかしたら来てくれる……」
「はい、これ」
真琴は香奈の言葉を遮り、チケットを渡した。
「渡すの、遅れちゃってごめんね?」
「あ、ありがとう。それは大丈夫だけど……」
真琴はまた香奈の声を遮り、香奈から目をそらしてこうつぶやいた。
「両親のことなら、別にいいんだ」
「え……?」
香奈は思わず、声を漏らした。真琴は改めて香奈の方を向きなおし、微笑みながら言う。
「ほら、大人料金って、五百円もするじゃん。高いでしょう? 親に千円も払わせるのは悪いから、今回は誘うの辞めたの」
「そうなんだ……」
香奈はまだ納得していなさそうだった。真琴は、さらに理由を話す。
「それに、初心者の一年は出番少ないから、値段が割に合わないでしょう? だから今年はやめ! 来年は、ちゃんと、誘うよ」
「そっか……それならしょうがないね」
香奈はようやく納得したようであった。真琴に向かって「弁当、片付けてくるね!」と言うと、自分の席に戻っていく。
真琴は香奈を見送ってから、安心したように、静かにため息をついた。