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ブルーの低音  作者: 綾野 琴子
第2章 五人集合
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5 改めて、よろしく

 真琴は一人、倉庫で基礎練習を繰り返していた。

 足は肩幅くらいまで広げる。体は固くならないで、気楽に。弓は弦と垂直に。手首は柔らかく。

 以上の事に気をつけながら、G(ゲー、ソの音)、D(デー、レの音)、A(アー、ラの音)、E(エー、ミの音)と順番に弾いていく。

 真琴の弾いた音は、倉庫中に響いていった。


 真琴は最近、まともに弦を弾けるようになっていた。これは、智貴と治美が一生懸命、丁寧に教えてくれたからである。

 決して器用ではない真琴は、基礎を覚えるのも一苦労だった。だが今は、音をしっかり伸ばせる。

(……よし!)

 基礎練習は一通り終わった。真琴は教則本を片付け、『オレンジ』と『Best Friend』の楽譜を譜面台に置く。……その時だ。

(……では……られない……という……だろ?)

(……も、この……だよね)

「……ん?」

 一瞬、人の話し声が聞こえた気がした。だがすぐに、声は完全に消えた。

「……気のせい、かな?」

 真琴は(さっきのは聞き違いか)と思い、すぐに練習に戻った。


 基礎練習が終わった後、曲の練習に入る。

 『オレンジ』と『Best Friend』を何度も弾いた。だが、弾いているうちに、だんだん手を開くのがキツくなってくる。さらに、左手が痛くなってきた。

「ふぅ〜、ちょっと休憩……」

 真琴はコントラバスをそっと毛布の上に置き、近くにあった折りたたみ式の椅子に座る。そして、思考にふけった。

(……こんなんで、本当に間に合うのかな)

 定演まで、あと一ヶ月も無い。それなのに、真琴が曲の練習に入ったのは、つい二日前の事であった。

 今の真琴は、必死に楽譜の音を弾いている状態。音の強弱や曲想を気にする余裕など無い。

(そういえば、チューバの二人は……どうなんだろう)

 まだ怖くて、なんとなく話しかけられていない悠輔と信二。正直言って、二人の音はまともに聴いた事がない。

 だが、思い返してみると、悠輔は中学からの経験者だと、自己紹介の時に言っていた。悠輔は曲を簡単に吹けているに違いない。

 信二は、中学時代はトロンボーンを吹いていたらしいと、望実から聞いた。いくら楽器が変わったとはいえ、前に金管楽器を経験していたのだから、完全に初心者の自分よりは吹けているだろうと、真琴は考えた。

(あの二人なら、やっぱり吹けてるよね……駄目なのはわたしだけじゃん)

 真琴はため息をついた。なんとかして、チューバの二人に追い付きたいと考える。

(練習、再開するか)

 椅子から立ち上がろうとした、その時。今度ははっきりと、人の話し声が聞こえてきた。

「なっ……! あ、あいつって、誰だよ?」

「その話は、後でね〜」

(……やっぱり、誰かいる!)

 真琴がそう感じて扉を見つめた直後、扉が大きな音を立てて開いた。

「ひっ……!?」

 一瞬ビクッとした。無意識に椅子から立ち上がり、話していた人を確認する。するとそこには、笑顔の悠輔と戸惑ったような表情を浮かべている信二が立っていた。

「おい! いきなり開けるなよ。相原さん、驚いちゃってるじゃん……」

 信二が悠輔に、ひそひそと話しかけた。真琴にもその声が聞こえてくる。

「……しまった! 興奮しちゃって、つい……」

 ハッと気付いたように手を口に当てる悠輔。

 真琴は、ただポカーンと、二人のやり取りを見ていた。同時に、こんな事を思う。

(この人達、何でここに来たんだろう……?)

「あ、あの〜」

 不意に、悠輔が話しかけてきた。

「驚かしちゃってごめんね。僕たち、改めて挨拶に来たんだ」

 真琴は目を丸くした。まさか、悠輔達の方から来てくれるなんて、全く思っていなかったからだ。今まで鳴っていた心臓の音が、小さくなっていく。

「僕は、チューバを吹いている鈴木悠輔です! ……ほら、永瀬も」

 悠輔が信二に促す。信二は「お、おう」と少し緊張気味に言い、一呼吸置いて話し始めた。

「俺は、永瀬信二。チューバ担当」

 そして、二人は同時に声を出す。

「これからよろしく!」

 二人は顔を見合わせると、また同時に「同じ事を言うなよ〜!」と言い合った。

 真琴は、そんな二人を交互に見て、感心したようにつぶやく。

「仲良いんだね〜、二人とも……」

 悠輔がすぐに「何か言った?」と尋ねてきた。

「んーん、何も」

 微笑みながら答えた後、真琴も自己紹介をする。

「コントラバスを弾いている、相原です。……これから、よろしくお願いします!」

「……おう!」

「うん、よろしく〜」

 笑顔で応える信二と悠輔を見て、真琴は思った。男の子と話すのに、変に気負う必要は無かったのだ……と。

「そういえば……あ、あの!」

 二人が「何?」と聞く中、真琴はふと思いついた事を、勇気を振り絞って口にした。

「……あの、いきなりで悪いんですけど……一緒に、曲の練習をしてくれませんか?」


 晴れた空の下、倉庫の前で、三つの低音が響き渡った。一つは、柔らかな音。二つは、必死に付いていっているような、一生懸命な音。

「……ストップ! 永瀬、ここはPピアノだから、もう少し音量を落とそう」

「はい!」

 信二は大きな返事をする。

「相原さん、F(エフ、ファの音)とC(ツェー、ドの音)が低くなってるから、そこの音はもっと意識して弾いてね〜」

「あっ、はい!」

 弾く事だけに一生懸命になりすぎていたためか、音程には全く気がついていなかった。慌てて人差し指と中指の間、薬指と小指の間を広げ、しっかり押さえる。今度は音がきちんと合った。

「うん、オーケー! じゃあ、もう一回初めからいくよ〜」

 悠輔の言葉に、真琴と信二は同時に「はい!」と返事をした。

 曲を弾きながら、真琴は思う。

(みんなで合わせるのって、なんかいいかも……)

 数人で合わせると、自分が気付かなかった所を指摘してくれる。勇気を出してよかったと、真琴は満足したのであった。

 曲を一通り合わせ終わった後、真琴の後ろから声が聞こえてきた。

「やっほー! やってるね〜」

「ん……?」

 真琴が後ろを振り向くと、ユーフォニウムを抱えた望実が立っていた。

「あっ、浜田さん!」

 悠輔は大きく手を振った。望実もにこやかに手を振り返す。

「トロンボーンとの合わせは、もう終わったのか?」

 信二が尋ねると、望実は「うん、ついさっき」と応えた。

「そうそう……相原さん聞いてよ〜、ビッグニュース!」

「なっ……何?」

 真琴は、望実の勢いにたじろぎながらも、耳を傾けた。悠輔と信二も、興味津々な様子で望実を見つめている。

「聞いて驚かないでよ! ……定演のチケット、なんと五十枚以上売れちゃいました!」

 その言葉を聞いて、三人は一斉に声を上げた。

「うそ!?」

 そして、信二が望実を疑っているように見て、「一体、どんな怪しい手を使ったんだ?」とからかい気味に尋ねる。

「怪しい事なんかしてません! 偶然美人の先輩と出会って、気が合っただけなんだからね!」

「へー、そうか。なら、その気が合った美人さんとやらを、詳しく教えてもらおうか」

「あんた……、まだあたしの事を信用してないね」

「そりゃ、お前だからなー」

 ぎゃあぎゃあと言い合う望実と信二の横で、真琴と悠輔は苦笑いをしながら二人を見ていた。真琴がおもむろに口を開く。

「……これ、ケンカに発展しないよね?」

「大丈夫だよ〜。二人とも、ふざけあってるだけだから。一緒に練習する時、二人はいつもそんな感じだし」

 悠輔は特に気にしていないようなので、真琴も気にしないことにしておいた。


 二人が言い合いを始めてから一分後。悠輔が、青と白が半々の空を見上げながら、小さく声を出した。

「……こうやって、相原さんとも話せるようになって、本当によかった」

 真琴は目を大きくして悠輔の方を見る。悠輔も、真琴と同じ事を思っていたのだ。嬉しい……と感じる。

「……うん、わたしも」

 「わたしも、話せるようになってよかった」と言おうとした。だが、その時悠輔がつぶやいた独り言が、妙に真琴の耳に残ったのである。

「後は、あいつだけか……」

 悠輔は、真剣な表情で虹館の二階を見つめた。真琴もそっと、虹館二階を見てみる。

 ファゴットの伸ばす音が、聞こえた。

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