0 入学式の日に
入学式の日の空は晴れだった。だが、雲の割合がかなり多い日でもある、中途半端な晴れであった。
体育館の真ん中で校長の話を聞いている相原 真琴は今、こんな空のような気分である。高校生になれて嬉しいはずなのに、憂うつなのだ。
別に、不本意入学だから憂うつだというわけではない。むしろ、第一志望の高校に合格したのだ。嬉しくないはずがない。
憂うつな理由は、知らない人々の密集と、入学式特有の堅い雰囲気であった。今まで何度も経験してきたが、いまだに慣れない。ああいう場に居ると、どうも必要以上に緊張してしまう。
「以上で、第103回入学式を、終了します」
教頭の声が響く。真琴は、やっと終わった……!という思いで満たされた。思わず顔がほころぶ。隣に座っている女の子が不思議そうに自分を見たが、真琴は喜びの気持ちで胸がいっぱいだったので、特に女の子を気にしなかった。
「礼!」
深くお辞儀し、また元の姿勢に戻る。憂うつな式は終わった、さっさと帰ろう。真琴はそう考えていた。
数分後。担任の女の先生が「三組の皆さん、二列になって移動してください!」と言うのが聞こえた。
真琴はというと、さっきまでの笑顔が嘘のように、再び憂うつそうな顔になっている。入学式後には、それぞれのクラスで長いホームルームをするということを、すっかり忘れていたのだ。
ちらっと左を向くと、隣に座っていた女の子がまた不思議そうに、真琴を見ていた。自分の隣に居る人が、突然喜んだり落ち込んだりしているのだから、不審に思うのは当たり前だろう。
真琴は前を向き直すと、憂うつ顔から真顔に切り替えた。次からは感情が顔に出ないようにしよう、これ以上変に思われたくない……と考えながら。
体育館入口から外に出ると、心地よい風が真琴の頬をかすめた。空を見ると、雲が少なくなっていた。風で雲が流れていったのだろう。
真琴は視線を渡り廊下へと移す。このまま真っ直ぐ渡り廊下を歩くと、校舎北館に戻る。真琴達三組は列を崩さないで、男子から順に渡っていった。
校舎の中に入った後も、三組は黙々と廊下を歩く。が、ふいに沈黙が破れた。
「おい、あれは何だよ?」
真琴の三列前にいる男子生徒が、隣の男子に聞きながら左を向いたのだ。真琴も、男子生徒に釣られて左を向く。
見た瞬間、思わず目を見開いた。
窓越しに見える二階建ての綺麗な建物から、人がどんどん出てくる。何やら楽器らしきものを持っているようだ。
(何これ? 何十人いるの?)
建物から出て来る人数に、真琴は驚きを隠せない。
……何かのオーケストラ。
沢山の人と楽器から連想したのは、せいぜいこんなものであった。音楽や楽器というものに関しては、小中学校の音楽の授業で習った知識しかない。
職員玄関に入った所で右に曲がり、北館から南館への広い渡り廊下を歩く。完全に「オーケストラ」の姿は見えなくなった。
(……わたしには、関係ないか)
部活はやらないつもりだ。やるとしても、あんな大人数の部活には入らない。真琴はもう決め込んでいた。
しかし、四階に上がるときも教室に入るときも、何故か「オーケストラ」の事が心に引っかかる。
(関係ないはずなのに……何で気になるんだろう)
気になる理由を考えようとしたが、ちょうど担任の先生が入ってきたので、止めた。
真琴と「オーケストラ」が出会うのは、これから数十分後の事だ。