恋愛模様は突然に
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず...」
方丈記の一節が頭に浮かぶ。
「無常」を表したこの文で鴨長明は何を思ったのだろうか。
この世の儚さを伝えたかったのだろうか。
この世の流れは止まることないという現実を。
僕のこの一つ一つの苦悩葛藤はこれからの人生の間で忘れられるのだろうか。
大人になればこんな事で悩まないのだろうか。
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健太がパンを食べている間、僕はずっと頭の中で今の状況を考えていたようだ。
ふと、健太の方を向くとすでにパンを食べ終えて、炭酸水も飲み終えていた。
健太が僕になにか話しかけようとした。
その時、紗奈がコンビニにやって来た。
どうやら、僕たちがいることを知らずに立ち寄ったようで、僕らがコンビニ横で話していることを認めると驚いた顔をしたがすぐにこちらにやって来た。
そして言う。
「シャー芯買ってくるからちょっと待ってて、久しぶりに3人で帰ろ」
紗奈の声。
「3人で」という台詞
紗奈が向けた僕への笑顔。
僕は、何かがある高まるのを感じた。
でも、僕はその感情に名前は付けない。
そう決めたから。
僕たちは歩き始めた。
昔よく遊んだに行くことになった。
公園までの道中、僕らは沢山の話をした。
それまでの間の空白を埋めるように。
高校生。これからの将来も真剣に考えなければならない時期ということもありこれからの進路についての話が多かった。
健太も紗奈も進学するらしい。
そんな風に僕らは普通の高校生がするであろう話をする。
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でも、これが三者の邪曲な内心が複雑に絡み合った結果繰り出されている現実だとと知る余地もなかった。
少なくとも、この時の僕には。
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僕らは団地の中の公園に辿り着いた。
団地内にあるので普段日頃から目にする事が多い。
遊具の錆、木が腐りかけているベンチ。
何もかも、古く、色落ちてしまっている。
いつも通りのある日の夕方。
いつもと変わらない。
なのに紗奈と健太と見る景色だったら何もかも真新しく見える。
僕はブランコに座った。
すると、紗奈がその横に座る。
健太は、学ラン姿で鉄棒をしている。
なんだか不思議だった。
昨日の自分はまた3人で再開することなど想像も出来なかった。
ただ悲壮感に覆われていた。
でも、今日は違う。
隣に座った、紗奈が話しかけてくる。
「奏はなんでそういえば西高選んだの?奏ならもっとレベルの高いところに行けたんじゃない?」
紗奈がそう言った。
確かに西高は地域ではトップクラスだが、横浜や都内まで通えない距離でもない。
そして、僕の学力こそ健太に及ばなかったが、中学校の頃から320人中4番や5番をとることはザラにあった。
だから、もっと進学校を目指そうと思えば、目指せなかった訳ではない。
だが、僕は西高を選んだ。
あれは、中学3年の時だった。
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その日、僕の両親は紗奈の両親とランチをして来たらしい。
僕の両親と紗奈の両親は最初はよく両家で遊んだりしていたが、どちらも共働きでなおかつ夜勤もあり両家でなにかするということは少なくなっていた。
だか、その日に限って、何年かぶりに両親が横浜のみなとみらいにあるホテルで食事をする事になっていたらしい。
どうも、職場結婚した両親は部署は違うがたまたま同じプロジェクトを担当することになり、結婚記念日も重なっていたので、そのプロジェクトの会議の帰りにそのホテルでランチを食べようと考えていた。
するとたまたま、紗奈の両親も同じホテルのレストランで食事をしようとしていたらしく一緒にランチを食べてきたという訳だ。
両親はそこで僕たちの進路について話したらしい。
そこで、紗奈が西高に進学しようとしている事を知り、僕がその旨を知る事になったという流れだ。
僕は、夜ご飯を食べながらその話を聞き、どう両親に言葉を返そうか悩んだ。
そんな時、ふと出てきたのが
「僕も西高に行きたい」
明確な意思がその時できた。
もう一度やり直せると心の何処かで思ったのかもしれない。
とにかくそれだけ強く心に決めた。
そして、数ヶ月の猛勉強の末に、僕は主席で合格を果たした。
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僕は紗奈にこう返す。
「いやー、西高がちょうど良いかなと思って」
僕は誤魔化す。
僕が5年の間に何を思っていたのか、悟られないように。
紗奈は続けて言う。
「でも、入学式の挨拶したってことは首席合格だったんでしょ?」
確かにその通りである。
だが僕はこの状況でそう言われても心から嬉しいとは思えない。
その理由は単純だ。
健太の方が頭が良い。
健太が引っ越している間に、紗奈との関係が続いたとして、その時褒められていたとしたら僕は幸福に包まれただろう。
でも、今は違う。
西高には首席合格はしたが、そんな僕より健太の方が前回の全国統一模試の偏差値も高いし、神戸で入学していた高校のレベルも高い。
僕より上を行く人物、それも幼馴染で尚且つ、紗奈が昔思いを寄せていたであろう人物を前にして褒められても心には響かない。
僕は話の内容を逸らすように、紗奈こそなんで西高を選んだのかと問うた。
すると、こう言った。
「もし奏が行く可能性がある高校でこの辺の高校生だったら西高かなと思って」
僕の頭に急激な負荷がかかった。
今、紗奈はなんと言った?
僕は言葉すら出ず、空を眺める事しか出来なかくなった。
紗奈はさらにこう言う。
「やっぱり、みんなレベル高いところ選ぶのに一人だけレベル低いところに行くのは恥ずかしいなと思って。だから目指すなら奏が行くような所行きたいと思って」
僕は今度は急にきょとんとした。
何を一人、考えられない可能性に賭けて期待をしていたのだろう。
僕は羞恥心によって、顔が熱くなるのを感じる。
これから夏が来る。
きっと、来年は迫り来る受験に追われてるだろう。
その先は。
この先、僕は何人もの女性と出会うかもしれない。
もしかすると、僕は誰かと交際する事になるかもしれない。
でも、紗奈を越える人は現れるのだろうか。
ふとそう思うがすぐ唇を固く結び、記憶から忘れる。
さっきから、仮定の延長や理想の延長で妄想してばかりだ。
それほどまでに僕は毒されているのだろう。
知りたい。
知らたくない。
そんな感情がさっきから右往左往。
そんな僕に追い打ちをかけるように紗奈が何かさらに言おうとする。
知らなくない。
もう、これ以上現実を突きつけないでくれ。
そんな感情伝わるわけもなく、紗奈は喋り始めた。
「なんて嘘。本心は奏と一緒にやり直したかったからだよ。奏、私ずっと声をかけてくれるの待ってたんだよ」
もう、何がなんだかわからなくなる。
つまり、僕が行くから同じ西高に入学したってことか?一人だけレベルの低いところに行くきたくないからってのが理由じゃなくて本心は僕といたいってこと?
本当に訳がわからない。
でも、一つだけ確かな事がある。
僕らはやり直せる。
学校終わりの放課後。
5年ぶりの再会。
その日から僕らはただの疎遠であった幼馴染でなくなり始め、同時に昔は仲の良かった幼馴染という関係性も壊れ始める。
さっきまでは踏み込んではダメな沼だと分かっていたのに踏み込み始めてしまった。
心を奪われるのは一瞬だ。
目に髪がかかる。
その横顔を見る。
結局、僕はその瞳に。
恋する。
人生で二度目。5年越しに同じ人を好きになった。