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君の横で見つけた永遠  作者: 椿屋一貨
3/5

頬を撫でる懐かしい風


-----


僕は、東京にある国立大学の経済学部への進学を考えている。


高校は、周辺の高校の中だとトップクラスの高校で進学校である。


毎年3割から5割の生徒は難関大学を志望し受験する。


紗奈とは中学一年以降一度も同じクラスになっていない。


-----


僕は朝、教室で自習をしていた。

前日の夜、解ききれなかった数学の問題集を開き、コーヒー牛乳を机の端に置きながら勉強していた。


気がつくと8時15分を回っていた。


高校の朝のショートホームルームは8時30分からなのであと15分ある。


丁度パックのコーヒー牛乳が空になった。


無性に甘いものを、糖分を摂取したかった。


僕は自販機に向かった。


途中すれ違った一年生と思われる会話が聞こえてきた。


「あれ転校生かな?」

「制服あれ、どこの高校のだろ?」

「学ランだったよね」

「まだ学ランが制服の高校なんか、ヤバくない?」

「たしかにww」


僕はこの時期に転校生かと思う。


健太がいなくなったのもこの時期だった。


-----


記憶の中にいる健太に問いかける。


「今、なにしてんの?」


紗奈との接点を失った僕が、また紗奈との会話をするタイミングを得るには健太の存在が必要不可欠だった。


あんなにもどこかに消えてくれと心から願った人間がいなくなり、喜んでいたのに、今では心の底からまた帰ってくる事を願っている。


やっぱり、僕の物語の中に紗奈と健太がいないのは耐えきれない。


みんな、それぞれの物語を僕以外の人間と創っていると思うだけで酷い吐き気に襲われてそうだ。


今もこの世界の片隅で二人ともなにを思ってるんだろうか。


あの時感じた幸せな味をもう一度。


僕の考える未来のシナリオにやっぱり二人がいて欲しい。


------


僕はそうやって昔の記憶に縋りながら、自販機へ到着した。


そして、コーヒー牛乳を買おうとする。


しかし、売り切れだった。


仕方なくいちごミルクを買い教室に戻る。


時計の針は8時20分を指している。


朝のショートホームルームまではあと10分ある。


自習を少しでもしようかと思った時、副担任の先生が机を持って教室に入ってきた。


そして、教室の最後列にいる僕の隣にその机を置いた。


何も、言わずに教室を出た。


いつもより5分早いが担任も教室に入ってきた。


そして、突然こう言った。


「転校生が一名このクラスに入ってきます。詳しくは本人が説明や手続きを終えてから教室に来るので、6限目のホームルームの時間に話します」


そして、通常通りそのあとは朝礼を終わらすと担任の先生は退出していった。


すると、僕の前の席に座っている、「山崎優斗」が話しかけてくる。


「転校生ってどんなやつかな。女子だったら良いなー。このクラス男子の方が多いし。」


僕は適当に相槌をうつ。


そのまま午前中の授業が終わり、昼休みになった。


僕は、今日は弁当を持ってきていないので仕方なく食堂に行く事にした。


すると途中で学ランの高校生の後ろ姿を見つけた。


僕はその後ろ姿を見ただけでわかった。


彼が僕の今一番求めている人物であるということを。


僕は声をかけるか迷った。


引越す直前、あんなにも僕は健太に対して嫌悪感を感じていた。

本人に直接それを表してないにしても、昔からの親友である健太なら僕の変化に気付いていたって不思議ではない。


僕は健太に対してわがままになっている。こんな醜い姿見せたくない。


僕はもう少し6限目まで時間があるので心を落ち着かせようとした。


すると、そこに食堂に行こうとした優斗が来てしまった。


望んでいない結末が見えた。


でも、それでいい。


もし、健太が僕が健太が引っ越す事を内心喜んでいた事を知っていて、それが為に僕を避けようとしたのなら、それは5年前の僕の抱いた感情の代償には相応しい。


優斗は僕が予想した通り、僕を連れて無言で学ランを着た健太の元に向かった。


そして声を掛ける。


「君が転校生?」


健太は振り返る。


呼吸が止まった。


時間が止まった。


何もかもが止まったかのように思える空間が続いた。


そして、健太が口を開く。


「奏?」


転校生かという質問には答えず、真っ先に僕の名を呼んだ。


僕はいまどんな顔をしているんだろうか。


白雪姫にでてくる嫉妬に駆られた女王のような狡猾な顔だろうか。

それとも白雪姫を助けた王子様のように純粋な顔だろうか。


きっと前者のような顔だろう。


僕が本音を吐き出せる数少ない親友だったはずなのにもはやそこにあった純粋さを失ってしまった。


何も答えない僕に健太は言う。


「久しぶりじゃん、奏も西高なんだ。ほんと久しぶりだなー。5年ぶりくらいか」


僕はようやく

「健太帰ってきたの?ほんと会いたかったよ」


人間はその場でパッと出てきた言葉が本能に近いらしい。


何故か話してみると気が軽くなった。


でも、お互いこれ以上話す話題を瞬時に出す事ができず、そのまま昔のようにハイタッチをすると別れた。


僕は優斗と食堂に向かった。


優斗からその後食堂で質問攻めに合う事を分かりながら。


でも、その顔は笑顔のはずだ。


だって、今何かが満たされた気がしたのだから。


6限目。


案の定、チャイムが鳴ると健太が担任と一緒に教室に入室してきた。


健太が自己紹介をする。


「兵庫県の神戸市から引っ越してきました、大間健太と言います。

実はこの街の出身で帰ってくるのは5年ぶりです。よろしくお願いします」


最初らしい至って典型的な挨拶だった。


そして、担任に指された僕の横の席に座る。


6限目は最初こそ自己紹介に時間を取られたが、6限目は本来進路について考える時間だったらしい。


近くの席でグループを作り、志望分野について交流する事になった。


僕と優斗と健太の3人でグループを作る事になった。


こんな状況でグループを作ったところできちんと本来の目的で進行するはずもなく、僕らは進路以外の話を始めた。


「奏と、健太だっけ?二人は幼馴染なの?奇跡の再会ってやつ?すごいじゃん」


僕と健太は互いに頷く。


僕らは結局その時間昔話を優斗に聞かせて終わってしまった。


終礼が終わると健太が話かけてきた。


「紗奈もこの学校?」


僕はそうだよと答えた。


「何クラス?」


僕は知らなかった。

この学校は7クラスまであるがそのどのクラスに紗奈がいるのか全く僕は見当がつかなかった。


健太がどうしても会いたいというので、二人で各クラスを回る事になった。


僕達、1組の教室を出て次のクラスを探していく。


2組ではない事を確認すると、健太は僕に問うた。


「奏、僕が引っ越すした後は紗奈とどんな感じなの?そもそもよく考えれば紗奈のクラスを知らないなんてことなくね?」


健太は気付いたのだろう。


僕と紗奈の関係が途切れてしまっているから疎遠なんだということを。


僕は一から話した。


「健太が引っ越してから僕らはあんまり話さなくなったんだよ。なんでか距離感が分かんなくなって僕から話すこともなかったし、紗奈から僕に話しかけてくることもなかったからちょっと今、疎遠なんだ」


健太はそれを聞くと、そうなんだと言った顔で何も返さず、僕を連れて次の教室を回り出した。


そして5組でようやくクラスメイトと教室で話しているのを見つけた。


健太が学ラン姿で教室に来たもんだからみんなどうしたんだという顔でこっちに目線を向けた。


紗奈もその人だった。


すると走ってこっちに来た。


「健太?久しぶり!会いたかったよ」


まるで恋人が再会した時のような距離感で二人話始めた。


僕は、この疎遠になった期間で紗奈の事が好きだと自覚することはなかった。


でも、二人が仲良く話しているところをみるとどうしても心の中が落ち着かずにいた。


二人の話し声が静かになったかと思うと、紗奈が僕に突然話しかける。


5年ぶりだった。


僕を紗奈が呼ぶ声を聞くのは。


「奏も久しぶり」


素気ないと言われればそうかもしれないと思われるような挨拶だったが、僕は久しぶりに3人で集まったことが嬉しくて何も感じなかった。


一度は嫌いになってしまった幼馴染。


一度は恋した幼馴染。


この二人と僕たちの新しい物語を創っていけるかもしれない。


その可能性がほんの少しかもしれない、でも目の前に実際に現れただけ僕は満足だった。


ここから話が広がるかのように思えたが、紗奈と話していた友達が紗奈を呼んだので僕たちに「またね〜」と言って戻っていった。


---------


この時の僕はまだ知らなかった。


これが僕が永遠を手にするまでの悪意と老獪に満ちた物語の序章でしかない事を。


--------


僕と健太は久しぶりに並んで二人で帰ることにした。


どうやら健太の両親は午前中に手続きを終えると帰ったので歩いて帰るらしい。


健太の家はというと、新しくマンションの一室を買ったらしく、僕の家はここ西高から歩いて10分位の所にあるが、健太のマンションは僕の団地を越え、更に歩いて15分位の駅前に建っているらしい。


駅前はファミレスや居酒屋もあって賑やかな所だ。


よく紗奈の家族と僕の家族で食事したりしたな。そう回顧する。


僕と健太は並んで帰り始めた。


僕らは帰り始めた。


校門を出てから西高の前にある交差点まで僕らは無言だった。


そして、交差点を渡り始めたところで健太が僕を誘う。


「今日、一杯やってかね?」


無論、僕たちは高校生であるのでお酒は飲めない。


おそらく、駅前にある珈琲屋なり、ファミレスに寄らないかということだろう。


僕は迷った。


話したいことは沢山あるけど、駅前となると少し遠くなるのでそれもまた億劫だ。


すると、僕の家が駅前までの途中にある事を察してくれたのか、「そこのコンビニに寄るか」と言ってくれた。


やっぱり、駅前の店にでも行くつもりだった。


僕は頷き、交差点から150mほどしか離れていないコンビニに向かい出した。


到着すると僕と健太はそれぞれ店内を回り始めた。


僕は、食堂で多めの昼食を摂ったので飲み物を買う事にした。


僕はいちごミルクのボトルを手にした。


そしてレジに向かう。


レジの前で並んでいると後ろに健太が立った。


健太の両手にはパンと炭酸水が抱えられている。


何故か健太は僕の方を意外そうな目で見ていた。なんだろうと思ったけど順番が来たのでそれを聴くことなくレジにボトルを差し出した。


僕は会計を済ませると、コンビニの建物の横の影のところに座った。


健太もレジを終えるとやってきた。


健太はやってくるなり開口一番に僕に「コーヒー牛乳は飽きたんだ?」と言った。


僕はやうやくそれでレジに並んだ時僕の方を見ていたんだとわかった。


「いや、朝これのパック飲んでたらなんかハマって。」


いつしか僕も砕けた口調になってきて、懐かしさを覚える。


へーという顔で健太は僕の方を向くと、話し始めた。


「親の転勤で神戸に行ったけど、なんかまた東京の本社に戻されたみたいで家族みんなで帰ってきたんだ。奏と紗奈なら引っ越してる間に付き合い始めてもおかしくないと思ったんだけどまさか疎遠になってたとはな〜」


僕は健太のこの言葉が胸に刺さる。


確かにあの時、僕は紗奈に恋していた。


でも、あの時の紗奈が好きだったのは健太のはずで僕にそこに入る余地はなかった。


でも、今でも紗奈の事が好きかと問われればなんて答えれば良いかわからない。


さっき、健太が紗奈と話している時僕はなんとなく焦りを感じた。


健太が転校して疎遠になってから紗奈に恋しているという自覚はない。


だが、やっぱり僕は心のどこかで紗奈を気にかけていたんだろうか。


転校した当初は邪魔者が消えたようで嬉しかった。でも実際疎遠になると、健太という存在の価値を知り、そして転校先から帰ってきた今、僕は健太が帰ってきて良かったと心から思っている。


だから、今、紗奈を好きであると自覚してしまったら次こそ本当に僕と健太そして紗奈の関係は崩れてしまう。


きっと、僕は紗奈と健太が織りなす創る全ての行動に嫉妬感を覚え、そして健太を拒絶してしまう。


中1の頃、引っ越すという話を聞いた時の僕の感情が知られてない分、今僕たちの関係は仲が良かった幼馴染が帰ってきて新たに会えなかった分の思い出を埋めるかのように一緒に過ごしているという関係性として健太には映るだろう。


だから僕は今の状況を悪化させる一手だけは打ってはいけない。


でも、それは僕には重い一手だ。


即ち、健太と紗奈が結ばれるのを目の前で見る可能性があるという事であり、僕の初恋は叶わない事になる。


僕はいちごミルクを飲みながら今の感情を整理し始めた。

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