愚者の卵
「ウィルーロ様〜! こわかったのですわ〜。
カルッカ様が、わたしを突然、壇上に連れて来て、クトゥマーヌ様を婚約破棄なさるのです〜。」
ふるふると上目遣い、涙目で、しっかりとウィルーロ殿下の腕に胸を押し付けております。
「ほう……。カルッカ、めでたき祝いの儀で、余興をするには、笑えない内容であるが。」
ウィルーロ殿下が、その青い目を細めました。
「あ、兄上は、引っ込んでてくれ! それよりスティラ、なぜ兄上に!? 私と、永遠を誓ったであろう!?」
カルッカ殿下、焦っておりますわ。
「ほほほほ、イヤですわ、わたしはウィルーロ様の忠実なるしもべですわ〜。」
ほほほほ、って初めて聞く笑い声ですわね。上品ですこと! ……? それよりも、ウィルーロ様のしもべ?
「姉上、まさか、スティラ様は……。」
「まさかまさか、第一王子様の、王位継承権争いの手駒、だったということかしら?」
わたくしとグイスは、完全に傍観者となって、ヒソヒソしておりますの。
あっ、私兵A Bさん方は、固まったまま、涙を流しておりますわ。
「何を言う。其方とは初めて会った。勝手な事を言うな。」
「そんな〜、ウィルーロ様、こちらに契約書もあります〜。」
まっ! スティラ様の煽情的なドレスの胸の谷間から、見せつけるように何か取り出されましたわ!
「バカな! なぜ其れを此処に!? はっ!?」
わたくし知ってますわ、これが墓穴を掘るってことですわね。
「姉上、第一王子ウィルーロ殿下、そして第二王子カルッカ殿下、お二人とも……残念な……。」
「ええ……。まるで、一時的に頭の働きが低下するという、愚者の卵を飲んだかのような。」
はっ、とグイスと、顔を見合わせます。
「姉上。カルッカ殿下に、お灸を最後に据えたのは、いつ頃でしたか?」
「二年前、スティラがカルッカ殿下に、べったりの時期ですわ! 艾の匂いが気に食わない、婚約者がその様な物を使うのは止めろ、と言われましたの! それから、婚約者同士の交流も、無くなって行きましたわ。」
「婚約者の交流で、王城で使ってたと、お手紙で知りましたね。それで、王城では使わないように、と、侯爵家にもお達しがあったのですね。」
そうでしたわ。学院に入学した最初の頃は、カルッカ殿下のことは、わたくしが面倒を見なくては、と、張り切っていたのですわね。
結婚しましたら、たくさん鍼を打って差し上げたい。
王と成られるカルッカ殿下の支えになりたいと、心から思っていた時期も、確かにありましたわね。
「姉上、お灸の効果は、鎮痛、血行促進、そして、浄化作用。お灸をしていた時期は、愚者の卵は、効かなかったのではないでしょうか。」
「つまり、カルッカ殿下は、二年前から、愚者の卵を飲まされていたということかしら? でも待って、なぜウィルーロ殿下まで?」
スティラを使い、甘い罠を仕掛けさせたのがウィルーロ殿下ならば、おかしな事ですわね。