魔力経路
投稿ゆっくりです〜。
一体、何がそこまでカルッカ殿下を狂わせたのでしょうか。
あら? ビシッとこちらを指したカルッカ殿下は、突如、ぼんやりといたしました。
恋に身を焦がしてしまったというよりは、どうも、惚けたような表情を浮かべております。
宝石よりもなお貴し緑の双眸、と謳われたカルッカ殿下の眼は昏く、沼のように沈んでますわね。沼ですわ!
「カルッカ様、婚約破棄です、婚約破棄。」
殿下の隣にいる女性は、アマカー男爵令嬢、スティラです。
耳元で囁いているつもりなのでしょうが、拡声の魔道具で、声が筒抜けですわ。
先ほど、わたくしを追放するとか言ってましたわね。
我が最愛のスティラ、ですか。
ほう。
「そうであった。クトゥマーヌ=ジウ=コクトー、貴様とは婚約破棄をする! そして、スティラを迫害した罪 で、追放する!」
いつ迫害して、どこに追放されるのでしょうかね。
「それで合ってますわ、カルッカさま〜!」
「スティラ、良い香りだ……。」
きゃっ、いやん、と言う声と、その後のイチャイチャまで、筒抜けですが、どうしたらよいかしら?
周りも、ざわざわしてますし、静観しましょうかね。
「姉上……。どういうことなのでしょう……?」
あっ、そうね。グイスには、簡単に説明しませんと。
「第二王子には、愛妾候補の女性がいるようだ、との噂が流れたのは、二年前です。
──遅れて来た初恋。
そう形容されるほど、第二王子は時に情熱的であり、時に破滅的であり──要するに、情緒不安定でした。
程なく、学院の庭園や図書館などあちらこちらで、目撃情報が入りましたわ。
お相手は、男爵令嬢、スティラ=イーバ=アマカー。
貴族としては下の身分でありながら、第二王子に寵愛を受けるとは、素晴らしい特殊技能の持ち主です。」
「……特殊技能……ですか?」
「ええ、彼女は、ゲッペル帝国の、『草』の者なのです。帝国では、『果実』、あるいは『花』と言うそうですが。」
グイスが、顔を赤くします。知っているようですわね。
甘い罠に引っかかってしまったものですわ!
確か、階段を降りる際にバランスを崩した彼女が、殿下に助けてもらったとかで、そのお礼に手作りのお菓子を渡して交流が始まったとか。
彼女の使う香水には、使う人の魅力を引き出し、好意のある人はより、好意を向けるようになるとか。
とかとか。
……ですが、その程度です。
その程度のはず、です。
あのように、まるで傀儡のようなのは──。
あら? よく見ますと、殿下の魔力経路の流れが、悪いようですわね。
「カルッカ様、クトゥマーヌ様を捕らえませんと。」
「そうであった。衛兵! クトゥマーヌ=ジウ=コクトーを、我が最愛、スティラ迫害の罪で捕らえよ!」
「わたくしは、迫害など、しておりません!」
しっかりと否定いたします。
衛兵の皆様、戸惑っておりますわね。
ええ、噂の愛妾候補に唆された次期王太子候補、しかも帝国の甘い罠に陥落、とは。
国家転覆罪ですわ!
動くわけにはいきませんわね!
「動かぬか! ならば、私兵を動かす!」
私兵に命令までいたしますと、後から余興だった、なども通用しませんわね。
「姉上!」
グイスがわたくしを、守るようにして前に。
「命令です、一時的に捕縛いたします。」
見知った顔の王子の私兵が、申し訳なさそうに向かってきます。
大勢の方々の前でこのような愚挙。
仕方ありませんわね。
わたくしは、縫うようにして、動きます。
手には、金色の煌めき。
貴族令嬢の嗜み──刺繍針。
わたくしを捕らえようとした者共の、影に向かって針を刺す。
私兵の動きを文字通り縫い止め、さらに鍼を打とうと──頸を狙います!