婚約破棄?
予約投稿しました〜。
グイスと踊るのは、何年振りでしょう。
顔を合わせるのはひと月振りですが、ダンスは確か、小さい頃以来じゃないでしょうか。
普段領地に戻る時は、グイスにエスコートされていますのですが、違和感が。
そうです、グイスは上げ底の靴を履いて、わたくしよりも少し高めの目線になっております。
上手く踊れるのでしょうか。
わたくしはステップを踏み出し、相手の呼吸に合わせます。
ワンステップ、ツーステップ、休め!
ふふっ懐かしいです。
あの頃は二人で、くたくたになるまでダンス練習をして、お灸をしましたわね。
“ねえしゃま、あちゅいけれど、ちゅかれが とれましゅ!”
“まぁ、グイス、よかったわ!”
かわいかったわねぇ……。
思い馳せていますと、グイスと目が合いました。
「グイス。ずいぶんと上手くなりましたね。」
「次期領主の教育に、余裕が出来ましてね。ダンス練習の時間が取れました。」
「それは良かったわ。あなたの教育と学院入りのことも、気になっていたのですよ。」
わたくしの卒業と入れ違いで、今度はグイスが入学します。それまでに次期領主教育の下地を、終えてなければならなかったのです。
グイスが、顔をしかめます。
「姉上、僕のことよりも、ほぼ王城に泊まり込みだと聞きましたが。本当に、王子妃教育の下地だけなのですか?」
「ふふっ。お手紙でお知らせした通りでしてよ? 順調に過ぎて、ずいぶんと学ばせてもらってますわ。時に実践もあるかしら?」
「実践、とは……。姉上は、婚約者のお立場のはずですが……。」
「その筈なのよねぇ。でもまぁ、見返りに、東国の珍しい本を読ませてもらってますし。ちゃんと休めてますから。」
持出禁止の魔力経路の本が、お城にあったのよねぇ。
おかげさまで、痕を残さずに、自分への鍼の腕も、上がったわ。
目と肩と腰が、凝るのよねえ。
「まさか王城で、お灸をしてませんよね。止めるよう言いましたよね?」
「ほ、ほら、おかげで元気ですし、匂いも少ないですし。練習しないと、おばあさまに叱られますし……。」
鍼のことは内緒です。
我が国では、鍼は元より、お灸も、東国のもの、という認識は広まってますが、使用はあまり一般的ではありません。
なによりも、わたくしの鍼スキルは秘密ですし。
「姉上……。いろいろと、問題があるようですね。」
じっとりと、ヘーゼルの目で睨め付けるようにしてきます。
「後で詳しく聞きましょう。場合によっては、待遇改善を求めさせていただきます。ひとまず、お祝いですから。」
「はい……。」
ふう。とりあえずは、先送りです。
それにしても、わたくしよりも四つ下のはずなのに、ずいぶんとしっかりしましたわね。
ファーストダンス、セカンドダンスと続き、軽食を兼ねた歓談の時間になりましたので、別室に移動いたします。
すっかり喉が渇きましたわ。
「姉上、飲み物を取って来ますので、椅子にお座りください。」
「ありがとう。」
わたくしの弟、気が利きますわね。
「ご機嫌よう、コクトー侯爵令嬢様。」
あら、困りましたわね。
軽食の間は、上位貴族と下位貴族で、部屋が分かれております。
ですが、わたくしに声をかけてきましたのは、男爵令嬢のスティラ=イーバ=アマカー様です。
まず、お部屋も異なりますし、下位の者から上位の者への声かけもあり得ません。
ここは学院では無いのですから、ご機嫌よう、も通用しないのですが。
わたくしが、どう応えたものか、と首を傾げておりますと、
「お応え……くださらないのですか……。」
あっ。いけません。なんだか、ふるふると震えています。
彼女のハーフツインテールのふんわりとした珊瑚色の髪が、ゆらゆらと漂ってます。
あらきれいねぇ。銀に緑の宝石の付いた、髪飾りも素敵です。
「私のことが……さぞや気に入らないのでしょうね……。」
んん? なんだか、上目遣いにして、目尻に涙を溜めております。
「姉上、どうしましたか?」
「グイス! よかったわ。こちらの方が、声をかけて来たのですけれども、お応えしかねましたの。」
「ああ、なるほど。こちらは上位の間になります。迷われて姉に声をかけたのですね。」
「……! そうやって、お二人で私を……! 侯爵家様のやり方は、よく分かりましたわ!」
踵を返し、去って行かれました。謎です。
「姉上。失礼ですが、ずいぶんと礼儀を弁えておられない貴族令嬢ですね。彼女も卒業生の方でしょうか?」
「ええ、グイス。アマカー家の男爵令嬢の方よ。」
「貴族学院では、学生同士の交流において、平等を求める、とは聞きますが、ああいう方もいるのですね。」
グイスはちょっと、不安そうです。
こういう時は、昔ながらの幼い顔を見せて、わたくしはグッときます。
「大丈夫です、グイス。彼女みたいな方は、とても珍しいですから!」
力を込めて頷きますと、周囲の方が、吹き出されました。
「わかりました、安心しました。」
それにしても、わたくしが第二王子殿下と共におりませんが、特にどなたからも尋ねられませんね。
大広間に戻り、卒業生全員の成人の儀を終え、いよいよ、王家からの発表があるのでしょう。
楽団が、金管の楽器を力強く吹き鳴らしました。
「これより、重大な発表がある!」
壇上の最前列にいらっしゃるのは、王ではありません。
わたくしの婚約者、第二王子殿下ですわ。
側には女性を伴っております。
どう見ても、家族でも親族でもないようですね。
しっかりと腰を引き寄せてますわ。
「クトゥマーヌ侯爵令嬢よ、お前を追放する!
我が最愛、スティラを迫害した罪は重い!」
拡声の魔道具を用いたのでしょう。
大広間中に声が響きました。
「グイス。わたくしの婚約者様は、ご乱心めされたようよ。」




