成人の儀
今日はふたつ投稿しました。
明日からはのんびりペースになりまする。
灯火の鐘が鳴りました。
蜂蜜酒を凝ったような、卵月が浮かぶ、薄紫の空。
王宮の入口には、色取りどりの盛装の貴族達が、列を成しています。
回廊には数多の洋燈、王室お抱え職人によって研磨された水晶硝子と、魔鉱石を組み合わせた最新の照明、カンデラブラムを惜しげもなく吊るし、昼間のような明るさです。
「まぁ、お城が明るいわ。」
ちょっとばかり、暢気な声が出てしまいました。
わたくしは、コクトー家侯爵令嬢、クトゥマーヌ=ジウ=コクトー。
この国では珍しいと言われる黒髪を、高い位置でダブルバンにまとめ、婚約者の目の色に合わせた緑の髪飾りを着けております。
今宵は、成人の儀。
貴族令息令嬢の学ぶ場である、貴族学院を卒業し、無事貴族社会の一員として認められた者達が集い、王より言祝ぎを受けます。
通常は、婚約者にエスコートをされ、お披露目を兼ねたダンスを踊ります。
特に、これから成人になる貴族令嬢達の、そして保護者の意地をかけ、婚約者との仲睦まじい立ち居振る舞いを──贈られたドレスやアクセサリー、お守りなど──を見せつける、乙女の戦場でもあるのです。
が。
約束の時間になっても、わたくしの婚約者、第二王子殿下は来ません。
婚約者が王族の場合、王族控室にて待ち合わせ、共に会場に向かう手筈でした。
ところが、控室に伝令を寄越され届いたのは、事情でエスコート出来なくなった、とただ一言のみです。
(……これは、草草の草ですわ!)
声が漏れかけ、慌てて、扇で口元を隠します。
(わたくしに、壁の花、つまり『草』となって他の貴族の様子を探れ、とのことでしたら、面白いですのに!)
最近おばあさまにお借りした本に出てきます、東国の『草』と呼ばれる密偵のことで、すぐさま頭が一杯になります。
夢中になって、何度も読みましたの。
(でしたら、殿下の髪色に合わせた、銀のドレスは目立つかしら?
ああ、せめてくすんだ銀なら、飾り鎧と同化してみせましたのに!)
わたくしは、壁を熱く見つめ過ぎたのかもしれません。
「姉上。何をされているのですか?」
「っ!? グイス! 久しぶりね。」
気配にまったく気付きませんでしたわ。
グイス=ヨウ=コクトー。わたくしの異母弟です。
「壁の方を熱く見つめてましたが……。ところで、カルッカ殿下はどちらへ? ご挨拶をと。」
「殿下は先程、エスコート出来なくなった、と聞きましたの。」
「は? 成人の儀当日に、エスコート出来なくなったと?」
グイスの母親譲りの、淡い金髪がうねってます。
整髪料で固めた髪に、魔力が通ったためかしら。
整った顔立ちで凄まれていますが、彼の毛先は、くるんくるんしてます。くるんくるん。
「グイス。カルッカ王子の派閥の方も、い、いらしてるのよ?」
わたくしは、笑わないように腹筋に力を入れました。
成人の儀には、卒業した貴族令息、令嬢だけでなく、その保護者達も参加できます。
余程の事情がない限りは、卒業生のいる領地の保護者達──大抵は、親族一同が出揃います─は来られるのが、通例です。
特に今回は、わたくしの婚約者、第二王子カルッカ=マヤ=トイ=サッマン様が卒業生であることから、通常よりも参加者が多いのです。
今夜は王家からの発表があると、事前通達されています。
ド=ラヤークの王太子が、第二王子に決まるのだろうという噂が流れ、第二王子の派閥の貴族達は盛り上がってますの。
「姉上。もし噂通りになりますならば、姉上と一緒ではないのは、おかしなことでは?」
「そうよねぇ、グイス。わたくしがいるからこそ、優位なのは間違いないかしらねぇ。」
「姉上……。暢気なのも、ほどほどにしてください。」
まっ、のんきにしてないわ、と反論しようとした時、今まで演奏されていました、穏やかな曲が終わりました。楽団がファーストダンスの演奏のため、準備をする気配がします。
「仕方がありません。姉上。踊っていただけますか? 壁の花にするわけには、いきませんから。」
「そんな……。いえ、喜んで。グイス、ありがとう。」
グイスはわたくしに右腕を差し出したので、わたくしは左腕をグイスの腕に組ませて、ダンスフロアへ向かいます。
成人の儀が、華やかな音楽と共に、始まりました。