第二章 キャラバン 一:星祭
「サラディン、あれ」
助手席に乗っていたちいさなナユタが、空を指さした
「あれ、星じゃない?」
運転席でうとうとしていたサラディンが、かっと目を見開いてブレーキボタンを押した。ほとんど同時にカーナビの着信音が鳴り、興奮した割れ鐘のようなダミ声が車内に響いた。サラディンの車が半分旋回して荒れ地に停まると、後続の車両も次々にそれを取り囲むように停車し、ばらばらと人が飛び出してきた。
「星だ」
「星夜だ」
わあっ、と歓声が上がる。
「よく見つけたな、ナユタ」
「高いところで光ってたから」
「見逃すところだった」
サラディンは、すぐに写真撮影の準備にとりかかった。厚い雲がぽっかりと開いたまるい空間に、大小さまざまの星が煌めく。東の端には、白い川のように無数の星が集まっていた。
「銀河だ」
空を見上げたナユタが、ため息をついた。
「なんて綺麗」
「ほんとだな。こいつは高く売れそうだ」
三脚を立てたサラディンは、たちまちシャッターを切ることに没頭する。周囲の仲間も次々に夜空へレンズを向ける。無言の熱気に取り囲まれながら、ナユタはただ無心に空を見上げていた。
キャラバン――太陽祭を求めて旅をする集団。規模も生業もさまざまで、胡散臭い連中も相当混じっているが、共通しているのは、小さなコロニーに閉じこもって暮らすことに我慢がならない連中の集まりということだ。
サラディンは、「BAT」と名乗る十二人のキャラバンの統領で、主に北緯四十度前後のアジア大陸を移動しながら太陽祭を探し、写真を撮って販売することを生業としている。サラディンたちの写真は、砂漠周辺の荒涼とした風景の神秘的な世界観が売りで、固定のファンも多く、旅をしながら食べていくには十分な収入があった。
三十分ほどで雲が閉じ、漆黒の闇が戻ってからも、灯をともすのが名残惜しくて、皆は闇の中で興奮気味に語り合っている。
「あんたと会ってから二度目だな」
画像を確認していたサラディンに、ダミ声のサムスンが話しかけてきた。
「強運の持ち主に連れまわしてもらえて、光栄だ」
「そいつはどうも」
カメラの電源を切って、サラディンは顔を上げた。
「いいのが撮れたか?」
「ばっちりだ。銀河を見たのは生まれて初めてだ。本当に川みたいなんだな」
「俺もだ。今夜は本当に幸運だった」
背後でエンジン音がし、ぱっと灯がともる。一行の食事を一手に引き受けているオマールの声がした。
「さあ、宴会だ。ナユタ、タンブル、手伝ってくれ」
はぁい、と小さな二人が灯のそばへ走って行く。今夜はもう移動せず、ここで夜明けまで祝杯をあげてからキャンプになるだろう。
「明日はコロニーに寄れそうだから、ちょうどいい。好きなだけ食い尽くしちまえ」
「あんたは飲み尽くすほうだろ」
サムスンの声にエメリクが応じ、サムスンが、がはは、と天を仰いで笑う。
キッチンカーからおろされたテーブルに、オマールたちが盛りつけたピクルスやグラスを忙しく運びながら、ナユタは、最後に星空を見たのはいつかしら、と考えていた。