グダグダしていられない
従軍していた頃の習慣が抜けない、朝は早くに目が覚める。
パカッと目を開けるとアルブランドが私を見つめていた。
いつしてもいいんですよ?というかこの猿はいつからこんな人類になった。
「朝食を二人で食べよう」
「……お仕事は?」
「婚前旅行に行くと言って長期休暇を取っている。しばらくは君と過ごす」
「結婚は、しません!騎士団が指示を待っているでしょう?王宮へお行き下さい。それよりも、これから鍛錬の時間ではありませんか?」
「ああ、そうだ……離れがたいが」
どうした。本当にどうしちゃったの。
アルブランドは庭で剣、弓、体術のひととおりの鍛錬をしているようだ。
侍女が寄って来るのを断って、さっさと身支度をすます。
たくさんきれいな子を揃えているなぁ。花街なんて必要ない、きっとお手付きなんでしょう。
持ってきてもらったお茶を飲んで……やることがなくなってしまった。
暇が苦手な貧乏性である。
もう帰っちゃおうかなぁ。それがいい。抱かれる様子もなかったし。
トランクに荷物を詰めて、サクッと私は飛んで家に戻った。
***
「時間を持て余しているのなら、文官に復帰したらどうだい?研修を受け直せばいい」
父さんの言葉に、私は朝食を食べながらそれがいい、とうなずいた。
領地は母さんが嬉々として精力的に、順調に運営している。
名誉文官とはいえ、ただ金をもらうのは性に合わない。
王宮の気風について行けるか不安だけれど、父さんという後ろ盾もあるし、何とかやっていけるでしょう。
「中途採用の文官として登録し直そう」
3日ほどで書類を片付けてくれたらしい。
4日後の朝、父さんと一緒に乗合馬車に乗り、王宮で申請すると5年ぶりに制服を渡される。母さんの美容術で変わった私が戦場で小汚く身なりに構わなかった「国の宝」大魔法使いファルスールであると誰も気づかない。
「スール」という名前で通すこととなった。
中途採用の研修にすべり込んで、まずは書類の分類と配達をするところから。
騎士団向けの役目を女性たちが奪い合っている。
(みんな夢見てるな……!)
あいつらアニマルなんだぜ、食べられちゃうぜと思いながら厨房関係の書類を引き受けた。ご飯は大事である。
農家や酪農家の名前と食材の品目、香辛料の品目、使用する料理人、価格が書かれた一覧表。
おおざっぱなのは母譲りで、正確に処理できる自信がない。
「慣れだから大丈夫よ」
穏やかな笑顔の初老の女性、トーミが指導してくれることとなった。
集中して覚えているうちにあっという間に昼が来て、トーミと共に食堂へと向かう。
「スールは結婚しているの?」
「片思いしていた方がもうすぐご結婚されるんですよ」
おどけてみせると、あらあら、じゃあ知り合いを紹介しましょうか?など言ってくれる。
「しばらく心を落ち着かせたいのです」
嘘ではない。
「厨房にも素敵な男性はたくさんいるわ。毎日美味しいご飯を作ってくれるかもよ。気が向いたら声をかけてね」
「それは素敵ですねぇ。でも、もうちょっと後で」
ホカホカのパオツを小さくちぎって食べ、温かいスープをひらりと飲む。
色とりどりのお菜をたくさん並べて食べられる食堂は粗末な宿営地のご飯とは天と地の差がある。
平和とはありがたい、と思いながら食べていると、にぎやかな男女の団体がやってきた。
「竜使いの騎士と若い女性の方々だわ。席を譲りましょう」
トーミの言葉に従って皿を片付け、食堂を離れようとしたその時。
「あの朝、勝手に帰ってしまったなんてひどい。そもそも、君の名前も知らない」
強引に肩を抱かれた手を反射でパンとはじくと、その手を捉えられた。
切れ長の赤い目が怒っている。
「アルブランド様?」
と、トーミが小さく言った。