『今夜はお泊りしまーす!』
『今夜はお泊りしまーす!』
家のテーブルにメモを置いて着替えと化粧品類、魔術具をトランクに詰め、北門で待ち合わせた。
従軍で移動には慣れているけれど、化粧品類は意外と重かったね。
アルブランドは目立つ。
遠くから歓声が聞こえるので近づいて来たんだなー、と分かるくらいだ。
甲冑を脱いだ上質な街着の身体はちょっと細身なくらいだが、長い黒髪はサラリと揺れて、整った顔と切れ長の赤い目が人目を引いている。女の子達が大好きで、虜になっちゃう奴である。
見慣れた私には効かないけどね!
「竜に乗ったことはあるか?」
「自分の竜はおりませんが、人に乗せてもらったことはありますよ」
あなたの竜にね!作戦上でね!など思いつつ答えると、
「サーリーム以外の男もいるではないか!」
と、悔しそうに小さく呟いた。
そういえば竜使いの騎士たちは恋人を乗せて遠乗りするのだ。
「街を男と歩いたことはあるか?」
「そういえば、ありませんね」
ずっと従軍していたから、青春がバイオレンスだったなぁ。
「竜に乗るのは次でいいだろう。私が街を案内しよう」
(……抱かれる気配がない?)
なんならすぐさま押し倒される覚悟だってしていたのだ。
私のトランクを取り上げて歌劇場の演目について教えてくれるアルブランドが変である。
「どれが見たい?」
「ああ、昼の部のカジュアルな演奏会が良さそうですね」
「その後夕食を食べよう。食べたいものはあるか?」
「好き嫌いはありません」
すっと腕を出してきた。
この腕は何だ?という顔をしていると、
「サーリームは君と手をつないでデートすらしなかったのか?」
ちょっと怒った顔でアルブランドが言った。
ああ、この人にもデートという概念があったのね
「失礼しました」
と言って手をつなぐ。
なんかねえ、変な感じよ。
散々この人のやらかしてきたことを見てきたから、女性関係については猿がちょっと進化した奴くらいに思ってたわ。デートができるなんて、えらいえらい。
つないだ手が熱かった。ふっと振り仰げば顔が朱に染まっている。
戦場じゃないことができて嬉しいんだろうなぁ。
それは私もよ、アルブランド。分からないじゃないわ。
演奏会は楽しかったが、夕食は飛び切り高級店で街着が浮いて恥ずかしい思いをした。
「服はないのか?」
「持っております!」
食事のマナーについては厳しくしつけられた私だが、アルブランドもそれなりに優雅に食べていた。
戦場の頃から比べて、これもまたえらいものである。
そして、まだ夜もこれからという時間にアルブランドの屋敷に連れて行かれた。
下賜されたという一等地の新しくて広くて豪華な屋敷に感心し、使用人の多さにちょっと引いて、これから始まるであろうヴヴヴを覚悟して風呂に入り、髪と肌のお手入れをして、広い寝室に通され、持って来たあっさりとした部屋着を着て広いふかふかのベッドで待っているとノックがされて、アルブランドがあらわれた。
さあ来い!と敵を前にした気持ちで見上げていると、長いまつ毛に縁どられた切れ長の赤い目を伏せて、さらにまた顔を朱に染めてアルブランドが言った。
「一緒に寝てもいいか?」
そりゃ寝るでしょうよ!っていうか早く抱きつぶして私に飽きてちょうだい!
無言でえいやっと横になって目をつぶる。
アルブランドがベッドにすべり込み、身体を寄せてきた。
「森の香りがする」
ああ、そういえばあの緑の美容液を使ったわ。
アルブランドのたくましい腕が伸びてきて、女たちを虜にする身体が私を包む。
「夢よりもずっといい……」
うっとりとアルブランドが囁いて、さあ始まるんだと私は手を握りしめて無になろうとする。額に口づけられて、サラサラの髪をなでられた。
「君はどんな男が好きなのか?」
「一人の人を大切にする方が好きです。女に手が早くてだらしない男が嫌いですね」
キッパリ即答してしまう。
ぎくり、と、アルブランドの身体が止まった。腰に回されていた手が離れる。
「どうなさったんですか?」
行き場をなくした手を情けなさそうにもぞもぞさせて、しばらく迷った後、アルブランドは私の手をそっと包んだ。
「これからは君だけを愛すると誓う……!」
「いえ、結構ですので」
いつもに比べて言葉に糖度が足りないぜ。
私はそんなにちょろそうかな?
もうめんどうくさい。一日遊んで疲れてしまったし、アルブランドは抱いてこようとしないし。ベッドはふかふかであったかく、お腹はいっぱいで、私はすうっと眠りについたのである。