ガドゥーン領にて
冬だというのに窓からは暖かい陽が注いでくる。
本当にいい領地をいただいたものである。
「みんな、そろそろ夕食の時間だよ」
ガルシアが声をかけてくれて、私たちは小さなパーツを整理して小箱にしまい、工具を所定の場所にしまう。
油や金属に耐える生地で作った服は一見普通の衣服だが、熱や薬剤を通さない特別製である。
あの事件から半年が経った。
王宮に突如現れて去った私の魔力と美貌は話題を呼び、母さんはずいぶん儲けたようだ。
現在ガドゥーン領は元々の作物を作りつつ、土地を開墾して薬草を育て、研究室をフルに回転させて美容領地化をどんどん推進中。
母さんは私と美容家の仕事を進めようとしていたが、思わぬ勢力があらわれた。
魔力が豊富なノーリッヒをはじめとする元従軍文官たちである。
母さんは高級路線の美容術を得意とするが、長い従軍で
「いついかなる場所でも最短で人間としての最低限の身だしなみを整えたい」
と渇望していたノーリッヒは、駐屯地の軍人や行商人などに受け入れられやすい
「塗るだけで洗顔と美肌効果がある液」
「水虫の薬」
「ドライシャンプー」
など、新商品を提案し、開発から販売商品化までを成功させたのである。
ノーリッヒ、結構潔癖症だったもんね……。
売り上げはなかなかのもの。
もちろん、元々の看板商品である母さんの化粧水や整髪料の製作にも参加している。
「増産に次ぐ増産では市場価格が下がるから制限しましょうね」
と、母さんが言い出すくらいには彼らは作りまくっている。
「元軍人の力で耕されて薬草畑が充実しすぎて怖い」
とも言っていた。
出番がなくなった私が取り掛かったのが魔術具の義足・義手の製作だった。
魔術具作りは戦地で武器として作っていたのだけれど、平和になった今はその仕組みを応用して義手や義足を作っているのだ。
手足をなくしたみんなが明らかに不便そうだったのよね。
最初は私一人で作っていたが、美容術よりも魔術具製作が得意だという十数名が参加してくれることになった。
誰にでも備わっている程度のごく少ない魔力を動力源として動くものである。
より力強く滑らかに、思う通りに動く義手や義足を少しずつバージョンアップしていくのは楽しかったし、ガルシアをはじめとする傷痍軍人たちが元気を取り戻していくのを見るのは嬉しかった。
ちなみにこの義手義足、お安くはないが評判を呼んで、高齢者の補助などに転用できないかという問い合わせなども来ている。
「竜使いの騎士をしていた時よりも調子がいいくらいだ」
指を一本ずつ曲げてみせながらガルシアが言うので、
「王宮の試験を受け直してみたら?」
と、冗談めかしてたずねると「いや、王宮はもういいんだ」と、穏やかに微笑む。
ガルシアは最初、畑仕事と畜産を受け持っていたが、だんだん館の仕事をするようになって、今では護衛をしながら私の身の回りのことを手伝ってくれている。
戦場ではアルブランドの世話をするばかりだった私が、人様に世話されるような立場になるとは思わなかった。
人生何があるのか分からないのねぇ。
「俺だって、こんなに茶が上手に淹れられる様になるなんて思わなかったよ……さあ、早く。今日は香辛料を入れた鶏の丸焼きといろどり野菜のキッシュと後はお楽しみだって」
「ご飯が美味しいと幸せだわ」
私はごく短期間、王宮で厨房の書類の処理を担当していたが、その厨房の中でも不遇というか、立ち回り方が下手で嫌な仕事(マイナーな地方や国の接待料理の習得など)を押しつけられてばかりいる女性、バックスがいた。
サーリーム様の結婚式準備の際、いろんな料理人の試食を食べて「バックスの作る料理が一番おいしい」と気づいたときは衝撃だった。
(あの人王宮以外で勤めた方が幸せなんじゃないの?)
そう思った私は領地に引きこもった後、父さんを介して彼女を我が領の館にヘッドハンティングした。
相当迷ったようだが、上司からのパワハラに耐えかねて陥落。
さらにバックスおすすめの料理人を2、3人引き抜いて、腕を振るってもらうことにした。
それ以来、私たちは結構な美食ライフを送っているのである。
付け加えると私だって好きなように義手義足を作っているだけではなくて、家業や領地経営を両親や執事らから学んで将来に備えたりしているのよ。
「サーリーム様は第3夫人をめとったそうだよ。そして、愛妾が5人ほどいるらしい」
「うわあ。お世継ぎの時もめなきゃいいけれど」
本当にサーリーム様は愛欲の世界にダイブしてしまったらしい。
「アルブランド様は妓楼に通うようになったそうだ」
「ふーん、元通りってわけね。まあ、もう、私が彼の汚したシーツを洗う訳じゃないから関係ないけれど」
何の感情もなく私が返事をすると、ガルシアがいたわるように私を見た。
「全ての男がサーリーム様やアルブランド様ってわけじゃないよ。ファルスールは特例を見すぎだ」
ガルシアの灰色の髪が揺れて、濃い紺色の目が心配しているんだよと語っている。
この一見地味だけれどよく見ると整った外見の優しすぎる人は、ひそかに領内のお嬢さんたちにモテている。
けれど、本人はまったく気づいていないのが面白い。
「私にお兄ちゃんがいたらこんな感じかなぁ」
ガルシアをちょっとこづいてからかうと、「確かに妹たちと同じように心配だよ」と応える。
彼は由緒はあるが貧乏な貴族の6人兄弟の長男なのだ。
ちなみに先日18歳の誕生日を迎えた。
まだ若いのに、一家の大黒柱は大変そうである。
「まあとにかく、鶏が冷めちゃったら大変だわ。食堂に行きましょう」
夕暮れの廊下を歩く私たちに、執事のオドアムさんが駆け寄ってきた。
品格を重んじる大ベテランのオドアムさんが走るなんて珍しい。
オドアムさんが叫ぶ。
「館が火を掲げた集団に囲まれています!」