表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/14

帰還

「あ、アルブラン……ド様っ、すきっ、すきっ!」

「かわいい子だ……」


 宿営地の団長室。

女にすがられて 甲冑を着たまま長身の長い黒髪の男が赤い目を妖しく光らせている。女は彼の美貌と身体に陶然としている。

……それを、私、ゴワゴワの茶色の髪にちょっと細い灰色の目をした地味顔のファルスールと、額に宝玉をつけたメーユ王国第3王子サーリーム様はげんなりと見ていた。

 

「もう時間がないよ、ファルスール」

「分かっております、サーリーム様」


私はその男を後ろからげしっと蹴り飛ばした。


「早く終わってください、メーユのパレードに遅れますよ、団長!」

「わかった……ファルス……っ!」

「え……っ!」


 びっくりした女のまぶたにキスするとアルブランドはさっと身を離す。

 すかさず私が彼女の口にぽいっと丸薬を放り込む。

 アルブランドは「国の宝」候補。ここで妊娠されたら大変だからね。

 部屋に甘い香りがした。女がひそかに使った催淫剤だ。バタンと窓を開け放って換気する。


「年頃の娘なのに、ファルスールも毎度大変だったな」

「正直戦闘よりこっちが嫌でしたよ。長い5年でしたねぇ」

「お前はすっかり男女の営みを見るのに慣れてしまったな」


 私の横で輝く金髪と深い碧眼のサーリーム様が苦笑いしている。

 とはいっても建国300年を超える大国メーユの王都メーユを離れて南の熱帯で5年間のんびり美男が様々な女を抱いているのを見て過ごしていたわけではない。

 火をあがめ、操る武闘派軍団と闘って、やっとその軍団を殲滅することができたのだ。

 最強の竜使いの騎士と言われる第一団団長アルブランドの武力と策謀、大魔法使いと言われる私、ファルスールの力がなくてはメーユ王国は大きく国土を削られていただろう。

 14歳で従軍したアルブランドは19歳、12歳で従軍した私、ファルスールは17歳になっていた。サーリーム様はアルブランドと同じ19歳である。

 竜使いの騎士団は全体的に男所帯でけっこう荒っぽい。すっかりこのノリに染まった私は王都メーユに戻って普通の文官をやれるかちょっと自信がない。


「今、パレードの先頭が南門をくぐったそうですよ」

「やっとマリヌエラに会える」


 サーリーム様が目を輝かせ、私は胸をぎゅっとわしづかみにされたような痛みに耐えて微笑んだ。

 サーリーム様は王子である。本来は戦場になど来なくても良いが、国のためと勇ましく闘って下さり、私のような騎士でもない魔法使いにも分け隔てなく接してくださる。そして、帰国してから幼いころからの許嫁、隣国の第2王女マリヌエラ様との結婚式を行うことになっている。

私は文官だったのだけれど、冗談で出場した「王宮の最強の騎士は誰だ決定戦」……「御前試合」で優勝してしまい、魔力を求められて従軍させられたのだ。

 「人畜無害なことに力を注ぐ」という家訓を持つ家族は怒っていたが、文官女子の婿探し合戦に嫌気がさしていた私はこれ幸いと戦場に乗り込んだ。アルブランドの世話を含め、見たくないことやしたくないことがいっぱいあったし、少なくない人も殺めてしまった。家訓に反してしまったけれど、5年もサーリーム様のお側にいれたのである。文句など言っては罰が当たる。

 アルブランドのように女遊びの激しい奴もいるなかで、サーリーム様はマリヌエラ様を想い一度も女性にやましいことをなさらなかった。それも私を苦しめたのだけれど。

 ああ、キスくらいさせて頂けたら一生の宝物にしたのに。


「ファルス、ぼんやりしていると置いていくぞ」


アルブランドがいつものように何事もなかったかのような顔で言って、ショックを受けた女が


「私を愛してくれたのではないのですか?!」


 と、叫ぶのを聞くのもこれで終わりである。


『この男は夢だったのです。さあ、眠ってお忘れなさい……』


私が魔獣の毛で作った筆で空中に文字を書くと光るその文字が彼女を包む。ふっ、と彼女は瞳を閉じた。起きる頃にはアルブランドに抱かれ尽くされたここ1週間の記憶が消えている。

そうしないと彼女が王宮までアルブランドを追っかけてきて大変なことになるのだ。

一回5、6人の女が宿営地でキャットファイトを始めて大騒ぎになった。

床上手の美男というのも考え物である。

竜使いの騎士団団長なんていうとかっこいいが、誓った相手がいないのをいいことに女を食い散らかすなんて最低である。

それに比べてサーリーム様、キヨラカ!

とか思っている間にアルブランドは身なりを整え、ひょいと私を抱いた。


「パレードなら俺の竜に一緒に乗った方がいいだろう?」

「馬に乗るから大丈夫です」

「馬ではパレードに間に合わないぞ」

「王都の皆さんは団長と王子が見たいのですよ。相乗りなら王子を乗せて下さい。竜でなくては間に合わないというのなら私はメリに乗せてもらいますから」


 不満そうなアルブランドの腕から抜け出して、仲良しの竜使いの女騎士、メリの竜へと駆けていく。


「団長の竜を断ってよかったの?」

「あんな下手に目立つ男とパレードをしたくないでしょ」

「賢くて強くて美しい方よ」

「ワガママで女グセが滅茶苦茶に悪い男でもあるわ。変な噂が立ったら大変」


***


王都のパレードは半日ほどかけて南門から北門を経て王宮へと続く華々しいものだった。

花吹雪が舞い、人々の歓声が響き、楽団の演奏が聴こえてくる。


「王宮に着いたら国王みずから貢献したものに褒賞が発表されるらしいわ」

「それはすごいわねぇ」

「ファルスったら他人事なんだから。ほら、手を振って」

「文官の褒賞なんてたかが知れてるわ。うーん、手が疲れるね」

「一気に敵の本陣の全ての火を全て消してしまった大功労者が何を言っているの」


 一人で敵の本陣の中央にある炎の魔法陣に飛び込んで、大量の魔力に満ちた火から魔力と酸素を飛ばしていっぺんに全ての火を消すのは確かに大変だった。

 しかし、その計画を立てたのはアルブランドだったし、闘ったのは竜使いの騎士と魔法使い全員である。

 このパレードだって、美形揃いの騎士団の中で地味私の顔は誰にも認識されていないはずなのである。


「アルブランド様ー!」


 遠くに黒い竜に乗って銀の甲冑をまとい、兜を小脇に抱えた整った顔立ちのアルブランドが手を振るのが見えた。女の子たちが合唱のようにさえずっている。

 これからもめくるめく官能の日々を送るんだろうな。世話しなくて済むようになるのが本当に嬉しい。

 ところで考えないようにしてきたけれど、戦しか知らない私に王宮文官のポストは何が用意されているのだろうか。最悪王宮から出されて家業を継ぐことになる。

小さなころからしていた仕事だ、慣れてはいる。

婿を取ることになるんだろうなぁ。

サーリーム様と顔を合わせることはもうないのかもしれない。

結婚式の日には家に籠ろう。

などと考えているうちに王宮の広間にたどりついた。

騎士と魔法使いが整然と並んでいる。その後ろに並ぼうとすると、さっとメリが私を導いた。

最前列のアルブランドの横に並ぶことになる。


「遅かったな、大魔法使いファルスール」


 国王が王座から立ち上がったので、私は条件反射で礼をした。

「大魔法使い」はからかい半分のあだ名である。国王から聞くとびっくりする。

反応に困ってただ笑顔を浮かべることにした。


「アルブランド、ファルスール、このたびの戦において、そなたら二人は多大な貢献をした。それぞれに領地と『国の宝』の称号を与えたいと思う。その他に望むものがあれば申してみよ」


 ま、待って?私も「国の宝」?


「まずアルブランド、其方から」


 アルブランドがサラリと黒髪を揺らして赤い目でこちらを見た。

 私は完全に話についていけない。


「5年にわたり、公私において私を支えてくれたファルスールを妻にしたいと思います」

「はあ?!」


 と、私は叫んだ。

 この男のおもりをこれ以上させられるのはごめんだ。

 便利な小間使いが欲しいならばちゃんと金で雇え。

国王は嬉しいだろう?と言わんばかりに私を見た。

 にっこりと私は笑顔で応えた。


「断る権利をくださいませ」


 国王はじめ、王宮の人々がびっくりしているのが目に入る。

 サーリーム様があらら、という顔をしているのが見えた。

 しかし嫌なものは嫌である。


「私、ファルスールはアルブランド様と二度と会いたくありません!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ