8.二度目の夜会
「――貴方は今夜、私が告げることを全て受け入れなくてはいけない――」
優雅な音楽が響き渡る王城の広いホールの中心で踊りながら、シエルはそう告げた――。
――数日前。
邸宅での大失態があった後すぐ、シエルから夜会のエスコートの承諾を得る為の手紙が届いた。
愛想を尽かされていない事に安堵したけれど、顔を合わせるのはとても恥ずかしい。
普段ない魔力に酔ってしまったのだと自分自身を納得させるも、様々な理性が効かなかった事は事実だ。更に、シエルに話した内容を明確に覚えているのが厄介だ。ずっと側にいて欲しいなどと――。
あああっ! どんな顔をして会えばいいのかしら……。
思い出したら更に恥ずかしくなってきたので、とりあえず手紙の返事を書く事にした。
承諾の可否は決まっている。共に夜会に出席することがシエルが提示した一つ目の条件なのだから――。
夜会の日、私はエアラムザのエスコートで登城した。直接迎えに行けないが、エアラムザを遣えるから王城で控えていて欲しいとシエルから連絡を受けていたのだ。
「お久しぶりです、レイリアナ様。お迎えに上がりました」
残念かと思いますが、またしばらく私とお付き合いして下さいねと人懐っこくにこにこと微笑むエアラムザに苦笑しつつ、数人の控えと共に王城へ入った。
「シエル様は一体どこの方なのでしょう……」
「……え?」
城内の控え室でお茶の準備をしていたサラがボソッと呟いた言葉に反応してしまった。
「……あ! 申し訳ありません! 疑っている訳ではないのです! ただ、待遇が良すぎると言うか……。このドレスや宝飾品にしてもそうですし……」
「そう言えば、尋ねた事は無かったわ……」
サラが示したドレスとアクセサリーとは、エスコート承諾の手紙のやり取りの後すぐにシエルから届いた贈り物の事だ。
そして、通された控え室ですらかなりの広さをとっている。
しかも既に夜会は始まっていた。
「どなたでも、こんなに素敵なドレスをお嬢様に贈って下さるなんてわたくし嬉しくて……!!」
ドレスは濃紺のシンプルなAラインのモノだが、所々にシルバーの刺繍が施され、刺繍と同色の光沢のあるレースのフリルが動く度にキラキラと揺らめく。胸元は刺繍はあるもののスッキリとして鎖骨から肩まで肌が出ているが、贈られた紺色と淡いピンクの宝石がいくつも散りばめられたプラチナの首飾りを引き立たせる。同じデザインの耳飾りも大きな紺色の宝石に少し小さな淡いピンクの宝石が寄り添って並んでいる。
「一体誰なのでしょうね……」
鏡の中のドレスを見つめながら呟くと、失礼致しますと扉の外の使用人から声が掛かる。どうぞと答えるも、あの日以来シエルに会うのは初めてだと気が付き、緊張して既に顔が赤くなってきた。
「シエルです。レイリアナ嬢のお迎えに参りました」
そう言ってシエルが扉から入って来るが、顔を上手く上げられない。
「シエル様……ごきげんよう。本日はこの様に素敵なお召し物をご準備頂き、大変嬉しく思います……」
顔を見られたくなく、俯いたまま挨拶を交わす。
パタンと小さく扉が閉まる音が聞こえた。侍女達はシエルと交代で出ていってしまった様だ。
短い沈黙に耐えきれず、おずおずと顔を上げるとクリアブルーの瞳が揺れていた。
シエルはいつもの騎士団の制服ではなく、シルバー地に濃紺のラインを基調とした騎士服を身に纏っていた。明らかに私に送られたドレスに合わせた物だとわかる。
「綺麗だよ。レイリアナ……」
シエルはハーフアップにされた私の髪を崩さない様に丁寧にひと房掬い口付け、身に付けてくれてありがとうと囁いた。
益々顔が火照ってしまい、思わず目を閉じた。
「シエル様っ――」
「二人だけで過ごしたい所ですが、そろそろ時間です」
シエルはゆっくりと私の手を取ると、またしても口付ける。
ゆらゆらとシエルの魔力が少しずつ私に注がれる。
「今日は欲張ってはダメですから」
「……なっ……!!」
私の反応が面白かったのか、ふっと悪戯っぽく笑った。
その顔を見て、今日はなんだか揶揄われてばかりだなと思う。お陰で少し緊張が解れた。
「では、参りましょう」
「――はい」
私達は夜会が行われている王城のホールに向かった。
わけたので少し短いです。