7.魔力提供と条件
シエル視点です
あの夜、条件は二つあるとレイリアナへ告げた。
一つ目は――指定する夜会で必ずエスコートさせて欲しい――というもの。もう一つの条件はその夜会で伝える事になっている。
夜会までの間も魔力を提供すると伝え、本日がその日だった。今日より前にも二度魔力提供の為に会っているので、既に三回目だ。
「シエル様。お嬢様がいらっしゃるまで、こちらでお待ち下さい」
王都内の公爵邸の一室に通され、レイリアナを待っていた。
程なくして、使用人が扉越しにレイリアナの到着を伝えた。どうぞと伝えると、急いでいたのか少し息が上がったレイリアナが扉を開けた。
「ごきげんよう、シエル様。お忙しい中ありがとう存じます」
「レイリアナ嬢」
私はソファから立ち上がると、レイリアナへ近付き挨拶を交わした。
レイリアナは小さく礼をすると部屋へ入る。
「今日はこちらを渡そうと思って持ってきたのです」
使用人にレイリアナへ小さな箱を渡すように指示する。
「これは……!」
レイリアナは驚いた顔をする。
中に入っているのは、砕けた緑色の宝石のかけらだ。それは、学園の森での実験で砕けた宝石だった。その横に宝石やら鉱石がいくつも並んでいる。
「これは……あの時のものですよね?」
「はい。例の場所の近くにはよく行くので。様子を見に行った時に見つけました」
「わざわざ……ありがとうございます!」
一部はレイリアナが持ち帰ったが全てを回収していなかったそれは、砕けたとしてもあの時の魔力は籠っているだろう。どのようになっているのか調べる事が出来るし、別の実験でも使用出来るだろうから近くに寄った際に回収していた。
「あの……こちらの宝石は見覚えがありませんが……」
レイリアナが砕けた宝石の横に並んでいる別の宝石に目を向ける。
「手土産だと思ってください。貴方の研究の役に立ちそうな物を選んだつもりです。媒体にするなり砕くなりご自由に使って下さい」
有無を言わさない様にニッコリと微笑む。純度の高い宝石も入っている。本当は装飾品として渡したかったが、彼女はこちらの方が喜びそうだ。
「お気遣いありがとうございます! ――では、早速よろしいでしょうか」
レイリアナは使用人を部屋の外へ下がらせると、奥の続きの部屋へと私を案内した。何もない殺風景な部屋には床一面魔術陣が施してある。
今回は魔術陣を用いて魔力を吸収する試みだと言っていた。
「これは、また……壮観だな……」
「幾重にも重なった魔術陣の幾何学模様はとても美しいと常々思っております」
レイリアナは得意そうに答えた。魔術の事になると彼女はいつも雄弁だ。
「シエル様はこちらに。気分が優れなかったら直ぐに離れて下さい。今回はかなり範囲を限定しておりますのでこの円から出れば大丈夫です。もし、万が一、魔力が暴走してしまっても、魔力を逃がす様に施した魔術陣と媒体がこちらにあります。もしもの時はお願いいたしますね」
「了解しました」
レイリアナは魔術陣の簡単な説明をする。予備的な魔術陣は私も知っていた方が安全だと言っていた。
普段、魔力を消費する事しか考えていなかった私は、魔術陣など殆ど目にしない。これほど複雑な魔術陣はあの日森で見た以来だ。あの時は起動後でほぼ掠れてしまっていたが――。
「では始めます――」
レイリアナが魔術陣の中心に立ち、それを発動させると、中心部から光が順に術式をなぞり、魔術陣が描かれていく。私の足元の術式が全て光を放つと、周りから溢れ出ている魔力が術式に吸い込まれる。
――不思議な光景だな。
私の魔力が込められた光は次第にレイリアナの足元まで進み、柔らかく彼女を包み込んだ。彼女の銀色の髪がフワッと広がり、光がゆっくりと彼女の中へ入っていく。
光が全て消え、魔術は何事もなく終わった様だった。
「――シエル様。成功ですね」
レイリアナがこちらに向かって微笑む。銀色の髪がキラキラと光を零しているようだった。
――綺麗だ。
魔力が溢れ出ている時は、体の周りに膜が張られている様に息苦しい。今はそれがだいぶ薄くなり、術前よりもだいぶ体が楽になった。
――かなり魔力を吸収しているのでは……?
ハッとしてレイリアナを見ると、ふらっとこちらへ近づいて来た。
「――どうしました?」
「……シエル様……」
ぽつりと呟き、私の近くで崩れ落ちる様に両膝を付く。ゆっくりとレイリアナが顔を上げてこちらを見た。
――!
レイリアナの薄いピンク色の瞳がいつもより赤くなっているのに気付く。
私も膝を付き、レイリアナと目線を合わせる。
「レイリアナ嬢……?」
「わたくしは……諦めていたのです。魔力がないわたくしは公爵家のお荷物でした。学園に入るまではずっとひとりで生きていました。お父様は何も言いませんが、わたくしの好きなようにさせて下さいます。お兄様も会えばとても大事にして下さいます。でもわたくしは……何も返せません。この無力のわたくしは公爵家の弱味にしかなりません。ずっとこのままなら、この先も家族を支える為だけに生きて行くつもりでした。魔術を覚えたのはこの様なわたくしでも何か役に立てると思ったからです。膨大な時間を魔術と共に過ごしましたが、わたくしは魔力を得る事はありませんでした……」
レイリアナは堰を切ったように話し続けた。
こちらを見てはいるが、赤く灯る瞳はいまいち焦点が合っていないように感じる。
「……貴方はわたくしの希望です。この身に魔力を宿す事が長年の目標だったのです。それを貴方が叶えてくれた。感謝しきれません……」
先程よりも濃さを増したように感じる赤色の瞳からキラキラと光のような涙が零れた。
頬に流れる涙を気にする事はなく、レイリアナは私の手を自身の両手で掴み、潤んだ赤い瞳で見つめる。
「シエル様……これからもずっとわたくしの側にいて――」
レイリアナはそう言うと、握っていた手にもう一度力を込めた。私の周りに残っていた魔力を自らの意思で一気に吸収し、あっという間に意識を手放した。
倒れ込んできたレイリアナを受け止めると、そのまま抱きしめる。
――困ったな……。
「……こんな私に気を許さないでくれ……」
ひとり呟き、レイリアナの銀色の髪を指先で恭しく絡める。
――もう少しこのまま――。
時間が止まって欲しいと祈りながら、レイリアナを抱きしめた。
それから数日後、私はレイリアナ宛の手紙を差し出した。
二人が急接近です。次は二度目の夜会です。