6.漏出と吸収
ホールから少し離れた談話室に着くと、エアラムザは部屋の外に下がった。
私は部屋の中心にいくつかある一人掛けのソファを促され、腰掛けた。
「いきなり二人きりにさせて申し訳ありません。人目につくといけないので。あの日の事を伝える前に、ひとつ試したい事があります――」
シエルはソファに掛けず、身に付けていた両手のグローブを外し、右手を差し出してきた。
――ふ、二人きりで、いったい何を試すの――!
状況に混乱している私とは裏腹に、シエルは真剣な顔付きだった。
「触れなくて良いので……手を近付けて頂けますか……?」
「……はい……こうですか?」
言われるままにシエルの右手へ自分の右手をそっと差し伸べると――微かな光がシエルを包み込んだ。次の瞬間、その光が二人の手を伝い私の中へ入っていった。
「――……っ――!」
「……貴方は……」
あの日と同じ空色の瞳が、慈しむ様に私を見つめた。シエルはいつの間にか私の手を握り、そこへ小さくキスを落とした。
先程からずっと行われている事に頭がついて行かない。
「あの日の話をする前に、少し私の話をしなければなりません」
シエルは私の手を離し、ソファに座ると話を始めた。
「ここへ来る時、何故私がエスコートしないのかと思いませんでしたか?」
「え? ええ……」
少しがっかりしていたのが伝わってしまったのだろうかと焦る。
「私は魔力の発生量が多く、この身の器で受け止めきれません。収まりきらなかった魔力は外へと溢れ出てしまっているのです」
つまりは、常に魔力を全身に纏っている状態だと言う。魔力が殆どない私にとっては羨ましい話だけれど、多すぎる方が問題になりそうだ。
「故に、人が私に触れようとすると……その魔力に拒まれます。なので、わざわざエアラムザを呼びつけたのです……」
ここへ来る途中にエアラムザがシエルの事を難しいと言っていたのはそういう事なのかと理解する。しかし――。
「先程、わたくしは……大丈夫でしたよね……」
「その様ですね」
シエルは話を切るように小さく微笑んだ。あの日の話をしましょうと私を見た。
「私は森にいました。この余りある魔力を発散させる為です。騎士団が訓練で使っている演習地より、もっと奥の人が滅多に来ない所でした」
学園の森を使用するのは青の学園だけではない。赤の学園の騎士候補生も騎士団も使用している。
私はだいぶ騎士団側へ寄っていってしまったらしい。騎士団側までは人払いの申請をしていなかった。
「そこで、遠くの方から光の波がやって来たと思ったら、私を取り囲み、身の回りの魔力をごっそり持っていったのです」
「私の魔術ですね……」
シエルは小さく頷き話を続ける。
「光となった魔力は一直線に引き返し、来た方向へ戻っていくようでした。さすがに気になり、後を追いました。そこで、倒れている貴方を見つけたのです」
その時はまだ魔術陣に気が付かなかったと言う。
「駆け寄り貴方を移動させようとした瞬間、貴方から魔法が発動しました」
「……もしかして……防御の? ――シエル様は大丈夫だったのですか?」
「一度きりの小さな魔法でしたから、こちらが攻撃をした訳では無いので反発ははほぼありませんでした。――そこで、魔術陣の存在に気が付きました。貴方もいましたし、何を仕込まれているかわからないので、身動きが取れずにいたのです」
程なくして私の意識が戻ったと言う。これがシエルが見た事の全てだ。私にとって、かなり有意義な情報だった。
情報提供への感謝を伝え、シエルに自分自身の事を告げる意を決する。
「――シエル様。わたくしは魔力の発生量がほとんどありません。ですから、魔法を使う魔力が足りないのです」
「……あの時の魔法は……?」
「魔力と防御魔法は魔術陣によって媒体の鉱石に付与する予定だったのです。シエル様のお話から鑑みると、鉱石に付与されるべきだった魔力と魔法がわたくしに付与されていた事になります」
そんな事が……シエルは考え込む。
私は個人的に進めている研究の糸口を見つけた為、少し興奮気味に話を続ける。
「そこで、ひとつお願いがあります。――シエル様の魔力をわたくしに下さい!!」
「……え?」
シエルは虚をつかれた様に目を丸くした。
私はソファから立ち上がり、シエルの右手を両手で包み込むように握った。再び漏出されていた魔力が吸い込まれる。
「わたくしは魔力がない為に、シエル様は魔力がありすぎる為に困っていらっしゃる。学園の森で発散させるより容易だと思いませんか?」
「レイリアナ嬢……」
「もちろん断って頂いて構いません。お時間を取らせて頂くのですから……。何か対価が必要とあらばできる限り用意致します!」
身を乗り出してシエルを見つめる。シエルは困惑した表情だが繋がれた手に視線を移し、何かを考えているようだった。
一般的に、魔力は魔法と言う道具を以て放出されるので、純粋な魔力のみは放出出来ない。その辺に漂ってるものでは無いのだ。だからわざわざ魔術を用い魔力を抽出する。それにもかかわらず、抽出対象から得られる魔力は少ない。その辺りはもう少し研究が必要だと思うけれど――。
とにかく、純粋な魔力が放棄されているのをみすみす逃す手はないのだ。
シエルは顔を上げると、手を取ったままソファから立ち上がった。
「わかりました、良いでしょう。レイリアナ嬢。ただし、条件を付けさせて下さい」
「ありがとうございます! シエル様!条件などいくつでも仰って下さいませ!」
私が勢いでいくつでもと言った瞬間、シエルが悪戯っぽく微笑んだ気がした。
レイリアナは魔術の話になるとちょっと早口になるタイプ