5.社交界デビュー
青年を探すため、私は貴族社会――社交界――へデビューする。
彼が着ていた制服は、私の記憶が間違っていなければお兄様が以前着ていた騎士団のものと同じだった。公爵令息と同じという事は、貴族である可能性が高い。
もし間違っていたとしても騎士の情報は得られる筈。
お父様が王都へいらっしゃる時に合わせるため、最短で準備をした。侍女のサラが、この日を待っていましたと何故か非常に張り切って準備をしていた。お陰ですぐに準備が整った。
そして、今夜が王家主催の夜会だ。本格的な社交シーズンが始まる前にデビューする貴族子息、子女が集まる夜会が催されており、私もそこへ便乗した。
お父様にエスコートされ、ホールへ赴く。扉を通るとぶわっとした人の熱に当てられた。色とりどりのドレスと宝飾品。これまで無縁だったキラキラした鉱物をまき散らした様な世界だった。
「サクリフォス公爵。ご機嫌よう」
元宰相だったお父様には次々に人がやってくる。そんなお父様が初めて娘を連れているのだ。是非ご挨拶をと人だかりが出来てしまった。
にっこりと笑顔を張り付けたままひたすら挨拶を繰り返す。以前お兄様が言っていた通り、公爵令嬢は政略的にも狙われるのだ。ましては、今夜はデビューする様な若年者が多い為、結婚相手を探す格好の場ともなっている。若年者が多いからこそ、今夜にしたのだけれど……。
――見当たらない……。
これまで会話をした人の中にあの青年はいなかった。
その時、国王が入場し、ホール内が一層沸き立つ。
お父様も私を連れ国王陛下の元へ挨拶へ向かった。
「国王陛下。お初にお目にかかります。ディミトリオン・サクリフォス公爵長女レイリアナ・サクリフォスと申します」
「おお、其方がディミトリの娘か! 話は其方の父から度々聞かされておるわ」
「陛下!」
この二人。国王と宰相だけあって仲が良いのね。
「まあ、良いではないか。これから其方の父を借りるが、今夜は体調が許す限り楽しむのだよ」
「ありがとう存じます」
対外的に私は病弱な為領地にて療養していた事になっている。白の学園もそれを理由として入学しなかった。青の学園の入学もあまり知られていないだろう。
――きっと、陛下はわたくしのこと……ご存じなのだわ。
「レイリアナ。私は遅くなるだろうから、其方は先に邸宅へ戻っていなさい」
「はい。お父様」
つまりは、好きにしろという事だろう。
国王陛下がお父様を連れて行ってしまったので、私はようやくひとりになった。これから彼を探すのだ。
しかし、ホール内を探しても一向に見当たらない。今夜は来ていないのだろうか。
「――ほら。彼女が――の公爵令嬢ですわよ――」
青年を見つけられない事に落胆していると、どこかで聞き覚えのある声が聞こえてきた。しかも、何か良くない事を言われている気がする。
顔を上げゆっくりと視線を回すと遠目からこちらを窺っている集団を見つけると、私は心の中でため息をつく。
その中に、青の学園で同じ研究生だった侯爵令嬢がいた。私が定員いっぱいだった今の研究室に無理やり入れたのは、彼女が研究室から出て空きが出来たからだった。
元々、研究熱心な訳ではなく、結婚までの繋ぎとして入学した彼女は空いている研究室ならどこでも良かったらしいと同研究室のヴァシーリから聞いた。侯爵令嬢という立場を崩そうとしない彼女は研究員として非常に扱い辛かったと、優しいヴァシーリが本音を零していた程だ。
研究室を私のせいで追い出されたと思っているのだろうか。良くない感情である事は間違いなさそうだ。
――今夜は顔を合わせたくないわ……。
私は噂の犠牲になる前に、ホールを後にしテラスに向かった。
テラスには誰もいないようだった。
私は手摺りまで進み、夜風に当たる。あの日の風よりも冷たくなってきた。
――そんなにすぐに見つからないか……。
肩を落として、そろそろ帰ろうかなと考えていると、後ろから話し声がした。
「――休み無しにあれ程急いだのに、いないとは……」
「いやいやいや! 先程まではいらっしゃったらしいですよ!?まだどこかに――」
この声は――!
「あの……っ!!」
突然の呼び掛けに、騎士団の制服を着た二人が驚いてこちらを見る。
間違いない。目の前にあの日と同じ制服を纏った青年がいた。青年はニコリともせずこちらを見下ろしている。もう一人の騎士は何事かと興味津々という顔で見ている。
「学園の森で助けて頂いた者です!あの時は逃げるように去ってしまい申し訳ありません。どうしてももう一度お礼がしたくて……」
「ああ……。あの時の……」
青年の反応は薄く、興味なさげだった。
とりあえず声を掛け、引き留めるのに必死でまた名乗るのを忘れていた。頭を少し下げ名前を告げる。
「自己紹介が遅れて申し訳ありません。わたくし、レイリアナ・サクリフォスと申します」
顔を上げると先程とは全く違う顔色で青年がこちらを見ている。
「レイリアナ? ――サクリフォス家の……」
青年の隣にいた騎士も驚いた顔をしている。よく分からないが、とりあえずこちらの話を続けた。
「はい。騎士様。先日は助けて頂いたのにも関わらず、名乗りもせずに立ち去ってしまって……弁解のしようもありませんが、無礼を許して頂けるのならば是非あの日何が起こったのかを――」
「――貴方だったのか……」
「……え……?」
少し目を細め柔らかく呟いた彼は、私が名乗る前とは別人の様に態度を軟化させていた。
「失礼しました、レイリアナ嬢。私はシエル。こちらはエアラムザ。すぐに下げるので気にする必要はありません」
「ん? ええ!? 酷いですよ!! ――初めましてレイリアナ様。エアラムザと申します」
私はエアラムザにも初めましてと挨拶をすると、シエルはエアラムザに下がる様に言う。ラムザはブツブツ言いながらも言われた通りに離れて行った。
それを見てシエルは悪戯っぽく笑った。
ちゃんと笑えるのね。
「シエル様。改めて先日はありがとう存じました。シエル様がいらっしゃらなかったら私はどうなっていたのかわかりません。――あの日の事なのですが…」
「学園の森の事……ですか?」
「はい……。助けて頂いた上に大変不躾なのですが、シエル様にあの日の事をお伺いしたいのです……」
シエルに学園の森での実験について簡単に話した。実験の途中で誤って魔術範囲を広げてしまった事と、その時の実験で魔力が自分自身に付与されていた事。
「貴方が魔力を吸収したと……?」
「そうです。詳しくはこの場ではお伝えできませんが…確実にそうでしょう」
確信を持って告げる私を見て、シエルは眉を寄せる。
それもその筈だ。通常、他の魔力は――植物や動物、他人の魔力でさえも――人間には得られないとされている。
シエルは腕を組みしばらく何かを考えると、そういう事かと呟いた。
「――分かりました。あの日私が見た事をお伝えします。ですがその前に……場所を変えましょう。冷えてきました」
冷たい夜風が二人を撫でていく。羽織りはあるものの、ドレスでは少し寒い。
シエルは聞かれたくない話もあるのでと言って、少し離れて控えていたエアラムザを呼び、私をエスコートする様に言いつける。
……シエル様ではないのかしら……?
わざわざエアラムザを呼びつけ、エスコートさせた意図が見えず、不思議だったが甘んじてそれを受け入れた。
シエルは先を歩き、その辺りで見つけた適当な使用人と話していた。
私の不審を感じ取ったのか、エスコートしていたエアラムザがニコニコと笑顔で話しかけてきた。
「私ではご不満かと思いますが、しばらくお付き合い下さい」
「あ、いえ!! その様な事はございません……! ただ少し不思議だったのです……」
「……まあ、シエル様は少し難しい方ですから――」
エアラムザが困った様に微笑んだ。
シエルです。よろしくお願いします。エアラムザは描きやすいです。