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9.ターディ事変(1)

 レイリアナ達が向かったのは、ターディのビドテーノ邸宅の最奥にそびえている塔だった。5階層程になっていて、最上部の階層は見晴らしが良く、遠くに海が見渡せる。普段は来客用に解放しているが、現在はジョカリタ等の幽閉の為だけに使用されていた。


 レイリアナがヴァシーリと共にジョカリタ等が幽閉されている部屋の前の通路へ着くと、レイリアナは息をのんだ。


「――っ!!!!」


 内側から何らかの圧力を受けたのか、原型を留めていない程バラバラになった扉が通路に飛び散っている。そして、部屋の前で護衛に当たっていただろう意識のない2人の騎士や数名の使用人は、先にその場へ着いたシエルラキスとエアラムザによって安全な場所へと移動させられていた。


「シエル様……これは……」

「レイリアナ……。私もまだ部屋は確認していないが、恐らくは3人の内の誰か、もしくは複数で行った事だろう。彼らが潜んでいる可能性がある。ここで待っていて欲しい。――ヴァシーリ。レイリアナと彼等を頼む」


 シエルラキスはレイリアナと騎士等の介抱をヴァシーリに任せると、問題の部屋へと視線を向けた。


「殿下……っ!」


 そこへ、使用人の誘導を済ませたイオディアムが、息を切らせながら到着した。


「イオディアム……。使用人の誘導は済んだか」

「はい。全ての指示を出してきました。後は執事長(スチュワート)に任せていますので、ここにいる負傷者以外でこの塔に近付く者はいません」

「――わかった。では……」


 報告を聞き終えると、シエルラキスはもう一度、幽閉の部屋へと向きなおす。しかし、先にイオディアムが歩みを進めた。


「――ここは私が行きます」


 意志の強い言葉に、シエルラキスは小さく頷く。


「ああ。任せた」


 イオディアムは先行して扉が壊れた部屋の中へと入る。

 その部屋は入り口の扉と同様に、元の状態が分からない程に家具や壁紙が引き裂かれ、それらの瓦礫が無造作に折り重なっていた。


 そして、その瓦礫の中に人影を見つけた――。


「ジョカリタ……?」


 イオディアムは自身の義妹の名を呼び、呆然とその場に立ち尽くした。


「あら、お兄様ぁ?」


 瓦礫の中に佇んでいたジョカリタが、イオディアムに気が付くと顔だけを気だるそうにこちらへ向ける。


「――お前が、やったのか……?」

()()のこと? なかなか出してくれなくて……」


 ジョカリタはにやぁと口角を上げると、右手を自身の顔の前まで持ち上げる。

 その手は――彼女の全身は赤く染まっていた。


 そして、イオディアムが彼女の足元に視線を向けると、そこには人――だった何か――が横たわっている。

 しかし、その人物の衣服も部屋と同様に切り裂かれ、更には瓦礫と血にまみれていた。イオディアムにはその人物の顔がはっきりと認識できた。幼い頃から見知ったその顔が――。


「お前が父上に手を掛けたのか!!!!」

「――ふっ――」


 ジョカリタは小さく鼻で笑っただけで、何も答えない。

 彼女は目線を窓へと向けた。窓と言っても、本来あっただろうガラスは粉々に砕け散っている。窓枠に嵌めてあった筈の鉄格子は全て折れ曲がり、ぽっかりと闇夜へ繋がる穴が開いているようだ。


 イオディアムの声にシエルラキスとエアラムザも室内へと足を踏み入れた。ジョカリタは窓の外へ視線を向けたままで、彼等には気付いていない。




「イオディアム?」

「レイリアナ様、いけません……!」


 イオディアムの罵声を聞きつけたレイリアナは、ヴァシーリの制止を聞かず、騎士の元から離れ部屋へと向かった。ヴァシーリも彼女の後に続き、部屋の様子を伺った。


「――っ!」


 瓦礫と血液でぐちゃぐちゃになった部屋で、窓辺に向かっている血塗れの人物と、部屋の中央に倒れている何かにレイリアナは視線を奪われた。


 ――あれは……人……?


 その惨状にと部屋中に充満している血の匂いに、眩暈がする。


「レイリー……!」


 レイリアナが部屋に入った事に気が付いたシエルラキスが咄嗟に彼女の目を塞ぐも、既にその光景はその目に焼き付いてしまっている。彼女は小さく大丈夫ですと伝えると、シエルラキスの手をゆっくりと避けた。


 ジョカリタは窓の外に向かって進んでいる為、レイリアナ達には気が付いていない。


「お父様はアレしか持っていなかったの! 折角探したのに。お母様かしら?」

「お前は……なにを言って……何をしたんだ……」


 窓の外の暗闇を見つめながら、ジョカリタは話し続けた。

 イオディアムは混乱するも、彼女が離れている隙に、自身の父親(ジャンドレー)の元へ近付いた。傷だらけの首に手を添え、直ぐに脈を確かめるが何の振動も感じられない。

 それでもと、小さく回復魔法を掛けるも、ジャンドレーの状態は変わらなかった。


 ――遅かった……。


 眉をひそめた顔に少しの後悔を滲ませ、イオディアムは父親の顔に手をかざす。恐ろしいモノを見た様に見開かれた父親の瞳をゆっくりと閉ざした。




「――みいつけたぁっ!」


 突然、ジョカリタが声を弾ませた。更には何かをブツブツ呟くと、窓の下を覗き込む。


「ふふふふ。この下にいるじゃない!」


「お前……っ!!!」


 イオディアムの声に反応し、ジョカリタが振り向いた。


「!」


 しかし、ジョカリタの目に飛び込んだのはイオディアムではなく、部屋の入口にいたレイリアナだった。ジョカリタは眉間に深く皺を寄せながら、(あざけ)笑った。


「なぁに、また()()()なのぉぉ?」


「ジョカリタ嬢……」


 ジョカリタはゆっくりとレイリアナに近付いてくる。

 ヴァシーリとエアラムザが、スッとレイリアナとシエルラキス、それぞれの主の前に立ち、剣に手を掛けた。

 それでも、ジョカリタはその歩みを止めない。


「このからっぽは、またわたくしのモノを奪いにきたのッ!? 研究室も! 王子も! 貴族の地位も! ボアネルも……ッ!!!」


 ジョカリタはレイリアナに向けた憎悪を吐き出すと、動きを止めた。


 ――ボアネルの名が出て来るとは思っていなかった……。


 ボアネルは現ビドテーノ侯爵(メネセリーク)が彼女に送った密偵(スパイ)だった。密偵という役目があるため、ボアネルはジョカリタにどんな仕打ちを受けても離れることはなかった。そんな彼の役目を知らないジョカリタは、彼の事を信じきっていたのだ。

 彼は決して、彼女を慕って傍にいた訳では無いのに――。


 前ビドテーノ侯爵(ジャンドレー)が亡くなった今、重要な証拠を握っている可能性のある前侯爵夫人(ダニエラ)――彼女は見当たらないが――とジョカリタまで失う訳にはいかず、この部屋にいる者が彼女を見守る羽目になった。


「そんなことは……」


 レイリアナはモルダでのジョカリタを思い出す。(たが)が外れた魔法の放出量と異常性を――。

 そして、自身の親に振り回され、人生を狂わされたひとりだという事を――。


 ――彼女は身勝手な大人達の犠牲者かもしれない……それでも……!


「アレは……お母様が持ってるはず……」


 そう小さく呟くと、ジョカリタはガラスが砕け散った窓に向かって走り始めた。


「待って……!!!」


 レイリアナは咄嗟にその場を飛び出した。ジョカリタは壊れた窓枠に手を掛け、外を見下ろす。その下には……。


「あなたにアレだけは渡さないわ……ッ!」


 ジョカリタはそう言い叫ぶと、窓の外へと体を大きく傾けた。夜闇が彼女を待ち構えている。


「――だめっ――!!」




 ――――間に合って――――!!!




 レイリアナがジョカリタに手を伸ばし、その手に触れる事に成功する。


「やめて」


 バシッっとその手は彼女の手によって跳ね除けられた。

 レイリアナとジョカリタと目が合う。彼女は憎しみを隠さない。レイリアナも強い意志を持った瞳で見つめ返した。


 すると、跳ね除けられた筈のレイリアナの手をジョカリタが掴み、グッと自身へと引き寄せる。


「え……?」


 レイリアナを引き寄せたジョカリタの背後は何もない。あるとすればそれは只の闇だ。


「ふっ……」


 彼女達を支えを無くし重力の赴くまま窓の外へと傾く。そして、そのまま2人は暗闇に吸い込まれていった。

最近、イオディアムが可愛いです。

アクションを書くのが好きなのですが、恋愛モノだし、どのくらい入れたら丁度いいのかと模索中です。

今年もよろしくお願いします!

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