7. 護衛騎士への贈り物☆
話し合いも済み、レイリアナとシエルラキスはメネセリークに挨拶をし、早々に部屋を出る。部屋の外で控えていたイオディアムが、部屋から出た2人が難しい顔をしていることに気が付き、声を掛けた。
「殿下。食事まで時間がありますし、お茶でも如何ですか? 邸宅内に寒い時期でも花が咲き、暖かく過ごせる植物園を兼用しているサロンがあります。お2人をご案内したいのですが。――ちなみに、領内で採掘される鉱石類の展示もございますよ」
緊張を少しでも和らげて貰おうと、イオディアムは2人に提案する。レイリアナは最後の一言を聞き、身を乗り出す。
「鉱石もあるのですか!? 是非! 是非、お伺いしたいです!」
レイリアナの扱いについてエアラムザに助言されていた事が非常に役に立っている。
『レイリアナ様の一番の関心は煌びやかな装飾品やドレスではなく魔術です。魔術陣や術式、書籍、魔術に関する鉱石なんかがあれば物凄く食いついてきますから』
――うわ。本当だな。
イオディアムはニッコリと笑って見せたエアラムザを思い出し、内心でくくっと笑った。
「私は所用を終えてから行くので、先にレイリアナを連れて行ってくれ。気分転換になるだろう」
「シエルラキス様。お待ちしておりますね!」
目を輝かせているレイリアナの髪を撫で、シエルラキスはイオディアムの提案を受けた。
レイリアナ達と一緒に部屋を出ていたエアラムザは、シエルラキスの発言に珍しいなと少し眉を上げる。
「なんだ、ラムザ」
「いえ、何もありません」
エアラムザの表情が気に入らなかったのか、シエルラキスは彼を一瞥する。エアラムザはいつもの事だと言う様にニッコリと微笑んだだけだった。
「――では、私達は部屋に戻る。イオディアム、ヴァシーリ。レイリアナを頼んだ」
「了解致しました」
「はい」
シエルラキスはエアラムザを連れて客室区域へと進んで行った。
イオディアムに案内されてやってきた植物園は、王城で第1王妃とお茶会をした部屋のように、ガラスで覆われている広々とした空間だった。もう冬が来る時期であるにも関わらず、様々な花が咲き誇っている。
「王城にも同じ様な場所がありましたが、こちらの方が大きいですね!」
「ビドテーノ領は王都よりも北で、高地にある為に寒さが他の領地よりも厳しいです。草花も冬の間育ちませんから、敷地を彩る花を育てる為の施設も大きくしたのでしょう。まあ、防寒も兼ねていると思いますが」
「そうですね。とても暖かいです」
レイリアナが辺りの花々を見回していると、イオディアムが少し離れた場所で彼女を呼ぶ。
「お目当ての物はこちらです」
植物園の端に、屋根付きの小屋の様な建物が建っていた。扉は大きく、開けると中が良く見える様になっていた。
「わあ!」
建物内にはガラスのショーケースで埋め尽くされ、鉱石が整然と並んでいる。採掘されたままの状態の物から宝石として磨かれカットされた物まで種類は様々だった。いくつあるのか数えきれない。
「植物園は商談でも使用するので、この様に鉱石を一覧できる場所を作っているのです」
「すごい……」
レイリアナは鉱石に見入っていて、イオディアムの言葉が届いているのかどうか、いまいち分からない。
何かを見つけたレイリアナが、パッと後ろに振り向きヴァシーリの瞳を捕らえた。その顔はおもちゃを与えられた子供の顔だった。
「ヴァシーリも一緒に見ましょう!」
「はい。鉱石はそこまで詳しくないですが、面白い物はありましたか?」
ヴァシーリはレイリアナに誘われ、一緒になってショーケースを覗いた。
彼女は詳しくないと言っていたが、この鉱石はあの術式に使えるだの、そっちの鉱石を使った方が効率が良さそうだのレイリアナと楽しそうに話し込んでいる。
――会話さえ聞かなければ宝石を楽しそうに見ている令嬢なのに、中身は完全に研究者だな。2人とも外見は王国内でも最上級なのに……。殿下も苦労するわけだ。
2人を見守っていたイオディアムは、くくくっと声を押し込めて笑った。
すると、使用人が彼にお茶の準備が整った事を知らせた。
「2人共、区切りがついたらお茶にしませんか?」
「あ! はい! つい話し込んでしまいました」
「構いませんよ。公女様の気分転換になると思ってこちらを案内しましたので、楽しそうでなによりです」
レイリアナが慌てたように答えると、イオディアムはニカッとハツラツそうに笑う。
鉱石展示を後にし、レイリアナはイオディアムの案内でお茶の席に向かう。彼女はテーブルに着くと、後ろに控えている護衛2人に振り返り、柔らかく微笑んだ。
「2人にこちらを――」
レイリアナが侍女のサラを呼ぶと、ヴァシーリとイオディアムにそれぞれ小さな箱を差し出した。
「わたくしに忠誠を誓って下さったお礼です」
イオディアムは何事かとぽかんとした顔になるが、感謝の言葉を述べ、その箱を受け取った。
レイリアナは目を細めて微笑み、是非開けて下さいと開封を促した。
「拝見いたします」
ヴァシーリはなんとなく想像がつくのか、早く見たいと直ぐに箱を開けた。
その箱の中には、綺麗な宝石がはめ込まれたブローチが入っている。パッと見はシンプルだが、台座には丁寧な細工が施され、上品な雰囲気を漂わせている。
イオディアムも遅れて箱を開けた。
「――これは、普通のブローチではないですよね……」
「ん? 普通の装飾品じゃないの?」
ヴァシーリはブローチをくるっとひと回しして、裏に描かれた非常に細かい魔術式に気が付いた。
イオディアムは何の事だというように首を傾げる。
「さすがヴァシーリ。そうです! 魔術具のブローチです! しかも、今回は宝石に既に魔力を詰め込めるだけ、詰め込んであります! 魔力を付与された物質から、無機物へ魔力を移す事が出来るようになったので、その記念に作ってみました!」
レイリアナが力説していると、イオディアムはこれが魔術具かと感心した様にそのブローチをくるくると見回した。
ヴァシーリはブローチの裏を見て魔術式の解読を行おうとする。
「最初の頃と比べると、術式の細工がどんどん細かくなっていますね」
「汎用品のブレスレットを大量に発注してますから、細工師の熟練度が上がってきているようです!」
これからが楽しみですとレイリアナはふふふと笑った。
「魔法防御に身体強化魔法……魔法攻撃強化まで……。かなりいろいろと入れましたね」
「もう読み取ったのですか!? 1回の起動で宝石に詰め込んだ魔力を極限まで使える様にいろいろと入れました! わたくしの分もあるので、皆でお揃いです」
危険な場面もあるでしょうからとレイリアナは言い、笑顔に少し影を落とす。
「魔力が切れても周りから供給出来るようにしていますし、言って貰えたらいくらでも魔力を詰め込みますよ」
「アフターケアもばっちりですね!」
イオディアムがあははと豪快に笑った。イオディアムにつられてレイリアナも笑顔を取り戻した。
そこへ、シエルラキスが到着したことを使用人が告げる。
「楽しそうだな」
「シエルラキス様。ちょうど今からお茶をいただくところでした」
シエルラキスは笑顔で彼を迎えたレイリアナの額に、軽いキスを落とした。
レイリアナの横の席に着くと、使用人たちがお茶を入れなおす。
「まだ、始めてなかったのか?」
「先程まであちらで展示している鉱石を拝見していたので、お茶はまだだったんですよ」
「鉱石は楽しかった?」
「ええ! それは勿論です!」
満面の笑みを浮かべたレイリアナを、シエルラキスは頬杖をつきながら、愛おしそうに目を細めて見つめた。
「気分転換になったようで良かったよ。イオディアム、感謝する」
「勿体ないお言葉……ありがとうございます」
イオディアムは右手を胸に当て礼をする。
「せっかくなので、イオディアムもヴァシーリも一緒にお茶をしましょう! 明日からは気を張らないといけませんから、今日くらいはゆっくりしましょう!」
2人――特にイオディアムは殿下と同席するなど恐れ多いと慌てて断ったが、レイリアナは退かない。
「――シエルラキス様、よろしいでしょうか……?」
「レイリアナの好きにすると良いよ」
シエルラキスは頬杖をついたまま、イオディアムにレイリアナのいう通りにしろという様な鋭い目線を送る。その視線だけでイオディアムは背筋がぞくぞくと凍り付いた。
ヴァシーリがすんなりと席に着くのを見て、イオディアムも渋々同じテーブルに着いた。それを見届けると、シエルラキスは再び温和な表情に戻る。
――王子と同席してお茶するなんて思わなかった……。殿下も公女様も、騎士との距離が近いよな。
「イオディアム卿。お2人に付いていると、いろいろと驚かされる事が多いでしょう?」
困惑しているイオディアムに、ヴァシーリがくすっと笑って告げた。
「ホントだな」
イオディアムがははっと笑うと、それも悪くないなと心の中で呟いた。
少しゆったりとしたお話になりました。残念な美少女ふたりを見守るイオディアムです。
次回はいよいよ別荘地へと赴きます。