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6. ビドテーノ侯爵邸

 翌日、レイリアナとシエルラキスは、ビドテーノ侯爵領へと向かった。

 現ビドテーノ侯爵の弟であるイオディアムの先導によって、特に問題もなく、ビドテーノ家の邸宅までたどり着いた。


 侯爵邸宅は非常に大きく、王城と比べても見劣りがしない程に煌びやかな造りになっていた。

 レイリアナ達が敷地に入ると、ビドテーノ侯爵位を継いだメネセリークが、執事長(スチュワート)を筆頭に大勢の使用人と共に一行を出迎えた。


「シエルラキス王子殿下。サクリフォス嬢。ようこそいらっしゃいました。足をお運び頂けた事を光栄に思います」


 あの断罪を行った日ぶりに会うメネセリークは一見穏やかに挨拶をするが、その顔には焦燥が滲み出ていた。


「今夜は世話になる」

「お久しぶりです。メネセリーク様……。あ、失礼致しました……ビドテーノ侯爵とお呼びするべきでしたね」


 シエルラキスに続いてレイリアナが言葉を交わすと、これまでの呼び名で呼んでしまったことに気が付き、急いで侯爵と呼び直す。ビドテーノ侯爵(その名)はメネセリークが望んで手に入れた名だ。

 彼女の言葉に、先程までの緊張していたメネセリークの顔が和らいだ。


「メネセリークで構いませんよ。皆様、長旅お疲れ様でございました――お部屋をご案内しますので、まずはゆっくりとお休みください」


 メネセリークは右手を胸に当て礼をすると、執事に合図をし、レイリアナ達を邸宅内へと案内した。

 この邸宅は、ビドテーノ侯爵家が自領の特産品である鉱石のやり取りを行う拠点でもある。王国内外の上流貴族から商人まで幅広く人が集まる為、ホールや談話室、そして多くの客室を(しつら)えていた。

 ビドテーノ家よりも高位貴族であるレイリアナの実家・サクリフォス公爵邸宅よりも、規模は大きい。


 ――思ったよりもシンプルな内装……。


「メネセリーク。直ぐに前侯爵(ジャンドレー)の状況を確認したい」

「はい。――場所を設けますので、準備が整いましたらお声掛け致します」

「――この場で言えない問題でも?」


 客室へ向かう途中、シエルラキスは状況を聞き出そうとするが、メネセリークにやんわりと断られてしまう。シエルラキスは眉間に皺をよせ、怪訝な顔で問いかけた。


「お恥ずかしながら――使用人の選別がまだ終わっておりませんので……」


 メネセリークは俯きながら、使用人内に内偵がいる可能性を示唆した。

 彼は3年前からこの邸宅にて領地経営を任されていたが、使用人の変更を行う権限は無く、全て前侯爵の選任した者だった。最近、爵位を継承したとはいえ、侯爵邸宅および、別荘地を含む侯爵家に属する全ての使用人の身元確認はまだ済んでいない状況である。

 その為に、どこかに第3夫人の息のかかっている者がいる可能性があった。


「そうか……。わかった。場を改めよう」

「私の不徳の致すところ……ご面倒をおかけします……」


 メネセリークが小さく礼をした時、タタタと小さな足音がレイリアナの耳に届いた。



「イオさまっ!!!」

「イェシェミー!?」



 突然小さな女の子が目の前に現れたかと思うと、一目散にイオディアムに飛び付いた。彼は少女を受け止め、名を呼ぶとそのまま抱き上げた。


「イェシェ! こちらに来てはいけないと言っただろう」


 メネセリークは顔をしかめ、イオディアムから少女を引き剝がそうとする。イェシェミーと呼ばれた少女を追い掛けてきた使用人は真っ青な顔色になり、申し訳ございませんと深々と頭を下げた。


「イヤイヤ! おとうさま! イェシェはイオさまといっしょがいい!」

「お父様?」


 イェシェミーの発言にレイリアナは驚いた顔でそう呟くと、全員がメネセリークに注視した。


「殿下、レイリアナ様。お騒がせして申し訳ございません……。娘のイェシェミーです。まだ4つと幼い為、お出迎えには連れて行きませんでしたが……」

「気にしないでいい」


 メネセリーク様のご令嬢だったのですね! 可愛らしい……!


 シエルラキスが軽く受け流すと、レイリアナが少女に近付き、淑女の礼をするとニッコリと笑った。少女は怒られるかと思ったのか不安そうにレイリアナを見つめる。


「イェシェミー、はじめまして。わたくしはレイリアナ・サクリフォスと申します。こちらの方は王国の王子のシエルラキス殿下です。イオディアムと一緒にお部屋まで案内して下さいますか?」

「……はい! おとうさまのかわりに イェシェがおじょうさまとおうじさまを ごあんないいたしますっ!」


 役目を仰せつかったとイェシェミーはぱぁっと明るい顔になり、イオディアムに抱かれたまま客室に向けて手の平を差し出した。


「お部屋を案内したら、お母様の所へ戻りなさい」

「はーい! でも、おかあさまのところには、イオさまといっしょにいく!」


 イェシェミーはイオディアムから離れまいと、彼の首に回した腕にぎゅっと力を入れた。


「イェシェ……!!」

「メネセリーク様――」


 メネセリークが申し訳なさそうな顔でレイリアナを見ると、レイリアナは気にした様子もなくニッコリと微笑んだ。


「荷物を整えますし、ヴァシーリもいますから、その間イェシェミー様をお送りして構いませんよ。久々に会えたようですし、少し時間が掛かっても構いませんから」

「ありがとうございます」

「ありがとう! レイリアナさま!」


 イェシェミーはイオディアムと同じ様に明るく笑った。






 イオディアムに抱かれたイェシェミーがレイリアナに案内した客室は非常に広い。ラトゥリーティア王国や他国の王族も使用していた部屋だと可愛い案内係が説明してくれた。

 レイリアナの侍女はテキパキと身の回りの荷物を整理していき、終わった頃、部屋の外からヴァシーリの声が聞こえた。


「失礼致します。レイリアナ様。殿下がお見えです」

「お通して下さい」


 レイリアナはそう答えると、シエルラキスを迎えた。


「休んでいるところ申し訳ないが、前もって確認しておきたいことがある」

「どのようなことでしょうか?」


 レイリアナが首を傾げると、シエルラキスは真剣な眼差しの中に困ったような気持ちを含ませた顔で彼女の頬に触れた。


「この後にメネセリークと話し合いはあるが、余程のことがない限り、明日、彼等が幽閉されている別荘地へ赴く予定だ。場合によっては数日間滞在するかもしれない…… 」

「はい。承知しております」

「貴方は大丈夫なのか? ジョカリタ(あの娘)と顔を合わせる可能性もあるのだよ……?」


 レイリアナは自身の頬にある手に自身の手を添える。そして、唇を引き締め、シエルラキスを見上げた。


「出来れば顔を合わせたくありませんが、シエル様がいらっしゃいますから……」

「レイリー……」

「それに、イオディアムを()()へ連れていくためにここまで来たのです。わたくしがこちらに残れば、イオディアムも残らねばなりません。それは何としても避けたいのです」


 シエルラキスは小さな溜息をつくとレイリアナの肩を抱き寄せた。


「わかった。レイリアナの意見を尊重しよう。何かあれば私は一番に貴方を守るよ」

「ありがとうございます。何かあるとすれば、わたくしもシエル様をお守りしますから!」


 レイリアナはキリっとした顔でシエルラキスを見つめた。その言葉と表情がなんだか可笑しくて、シエルラキスはふっと悪戯っぽく笑う。


「それは頼もしいな」


 シエルラキスはそう言うと、レイリアナの額に唇を落とした。






「では、別荘地で起こった事の顛末を話してくれ」


 メネセリークの用意した部屋に全員が集まると、シエルラキスは本題を投げかけた。イオディアムは部屋扉の外で警護に就いている。


「数日前から、ジョカリタの様子が()()()()と連絡がありました。以前なら彼女が()()()()のは常でしたから気にはしなかったのですが、幽閉されてからは比較的穏やかになっていたので監視を強化致しました」


 それでも、日に日に彼女の気性は荒くなり、ついには、食事を用意した使用人に手を掛けそうになったと言う。誰かが慰問にやってきた事もなく、外部との接触はなかった。


「そうなると一番怪しいのは使用人かと……」

「妥当だな……」


 目を伏せて自領の至らなさを痛感しているメネセリークの言葉に、シエルラキスが同意する。


「それと並行して、例の薬のルートを前侯爵(ジャンドレー)が把握している事が分かりました。ですが、黙秘を続けているので、今の所聞き出せておりません」

「他の2人は薬のルートを知っている可能性はあるのか?」

「ジャンドレーがあの2人に話していなければ知っている確率は低いでしょう。おそらく……ジョカリタは知らない筈ですが……。ダニエラはもしかすると知っているかもしれません」


 眉頭に深い皺を寄せながらメネセリークが事実を告げていく。


「何か関係があるのだろうか……披露宴で第3王妃が彼らを慰問したいと言っていたことも気になって今回こちらへ赴いたのだが……」

「今更……。もしかすると、私が薬のルートを探っていることを知り、ルートを知っているジャンドレーを……」


 メネセリークは何かに気が付いたように目を見開いた。


「恐れながら、殿下。記憶系の魔法は国王が許す場合しか使用できませんが、今回その許可を頂ければ……」

「――ジャンドレーに自白させるというのか」


 シエルラキスは机に左肘を付き、その手を口元に当てた。彼の表情からは何も読み取れない。


「はい」


 メネセリークは迷いなくシエルラキスの問いに肯定を示した。


 ――メネセリーク様は本当にジャンドレーを憎んでいるのね……


 彼らのやり取りを口を挟まずに聞いていたレイリアナは綺麗な顔に影を落とした。

 精神を操り、記憶を吐き出させる魔法は、その内容が過激であり、魔力の程度によっては重度の記憶障害と言う後遺症が残る為、禁術として一般の使用が禁止されている。

 そんな魔法を父親に使って欲しいと、メネセリーク自身から要求をしたのだ。


「わかった。陛下へ要望は出しておく」

「ありがとうございます」

「では、明日朝にここを発ち、別荘地(ターディ)へと向かう。――ラムザ、陛下へ親書を送るので手配を」

「仰せつかりました」


 今後の予定が決まり、話し合いは解散となった。


ビドテーノ侯爵領編開始です。メネセリークの娘イェシェミーが出てきましたが、父親よりイオディアムに懐いているようですね。イェシェミーは発音すると読みにくい名前ですが字面は可愛くて好きです。

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