5.不意の通達
それは突然知らされた。
「ビドテーノ侯爵から通達です。何者かが例の3人が幽閉されている邸宅へ侵入した模様です」
レイリアナの居室に現れたエアラムザが少し息を切らせて告げた。
彼の言う例の3人とは、前ビドテーノ侯爵ジャンドレーとその妻ダニエラ、そして娘のジョカリタの事である。彼らはレイリアナ誘拐とその他余罪により、ビドテーノ侯爵領ので幽閉されていた。
「まさか……」
――婚約式での第3王妃のあの言葉は……。
婚約式で第3王妃は祝言を告げ、立ち去る間際にレイリアナとシエルラキスに「お見舞いに参る」と告げていた。その言葉を思い出したレイリアナは眉をひそめる。
「エアラムザ。それは本当か?」
レイリアナの護衛として室内で控えていたイオディアムが眉間に皺を寄せ、2人の会話に口を割って入った。
「兄上からは何も連絡は来ていないぞ!」
「イオディアム卿……」
現ビドテーノ侯爵はイオディアムの実兄だ。彼らは今でも頻繁に連絡を取り合っている仲である。
「ラフタラーナ王妃陛下とシエルラキス殿下宛に、つい先程連絡があったばかりです」
「そうなのか……」
エアラムザは淡々と経緯を述べる。その内容にイオディアムは少し納得できない所があるものの、怒りに似た驚きをやり過ごした。
「その件で、シエルラキス殿下が幽閉の地へ直接赴く予定です。ビドテーノ侯爵も同行したいと仰っていましたが、侯爵邸宅を何日も留守にする訳にもいきませんから、代わりにイオディアム卿に協力願いたいと……」
「それは……!」
イオディアムは直ぐに了承の返事をしようとするも、何かに気付き、ハッとして口をつぐんだ。
そして、隣にいるレイリアナを横目で見ると軽く瞳を伏せるが、直ぐにエアラムザを真っ直ぐ見据えた。
「……私は公女様の護衛騎士だ。離れるわけにはいかない」
そう言いつつも、ぐっと手を握りしめるイオディアムを見て、レイリアナはその手を取った。
その光景を見たエアラムザは一瞬眉を動かす。
「行きましょう、イオディアム! 私も同行致します! それならば良いでしょう?」
「公女様……」
レイリアナの言葉にイオディアムは目を見開いて彼女を見つめた。
しかし、同行するというレイリアナの発言を聞いたエアラムザが、焦って発言の取り消しを求める。
「レイリアナ様……! シエルラキス殿下は同行を望んでおりません!」
「エアラムザ。これはわたくしの判断です。殿下にはわたくしからお話し致します」
「ですが――!」
いつも笑顔を絶やさないエアラムザが、珍しく声を張り上げる。しかし、レイリアナは全く決定を変えようとしなかった。
「わたくしに忠誠を捧げた者の障害となりたくありません。わたくしのせいで不自由な思いなどさせたくないのです! ――殿下にそうお伝えください」
――不自由な身が――何も出来ずにいる自分がどれほど辛いか……。
レイリアナは自身の少女期を思い返す。誰にも何も求められない日々を――。
「――殿下にお伝え致します……」
これ以上食い下がっても無駄だと判断し、エアラムザは自身の主に判断を委ねる事にした。
「ありがとう、エアラムザ。大きな声を出してしまってごめんなさい」
「いえ……。先に声を荒げたのは私です。申し訳ございません……」
エアラムザは少し目を伏せながら礼をすると、レイリアナの居室を後にした。
扉が閉まると、イオディアムがレイリアナに向かって焦ったように話し掛けた。
「公女様! よろしいのですか!?」
「何がですか? イオディアムは先程同行を否定しなかったですよね。あなたも自領の様子を――ご両親の様子を見に行きたいのでしょう?」
レイリアナは小さく首を傾げながら答える。
以前、前ビドテーノ公爵等が断罪された日、イオディアムは断罪を良しとしたが、胸の内はどう思っていたのかなど本人しか知らない。
「そうです……。その通りですが――!」
「ならば問題ありません」
「殿下が同行を望んでいないと仰っているじゃないですか……」
イオディアムは2人の関係を心配している。そんな心配などつゆ知らず、レイリアナは目を細めて少し遠くに目線を移して微笑んだ。
「――殿下ならわかって下さいますから……」
イオディアムはその笑顔を見つめ、息を飲んだ。
――この人は、殿下の事になると綺麗に笑うよな……羨ましい……。
「それよりも、殿下は心配性ですから、しっかり護衛をお願いしますねっ!」
イオディアムはレイリアナの言葉にハッとした。
「――はい!」
――俺は今、何を考えていた……?
心の乱れを感じ取られたくないイオディアムは深く頭を下げて騎士の礼をした――。
その夜、シエルラキスはレイリアナと共に食事を摂った後、話があると彼女の部屋へ向かった。
「私が何の話をしに来たかわかるだろう?」
部屋に入り、2人きりになると、少し怒ったようにシエルラキスが話しかける。レイリアナはクリアブルーの瞳を見つめ、逸らさない。
「ビドテーノ領への遠征のお話ですよね……」
「そうだよ……何も言わずに私だけで向かえば良かった……」
シエルラキスは眉間に皺を寄せた。しかしその表情は怒りよりも心配が優っている。
「それでも、わたくしにビドテーノ領の異変について連絡して下さった事、嬉しく思います」
幽閉期間の長かったレイリアナが自身が何も出来ない――役に立てない事に恐れを抱いているのをシエルラキスは知っている。だからこそ、疎外感を与えないために先に報告をしたのだった。
だが、事前報告と同行の件は別問題だった。
「――私の意向を聞いてもなお、同行すると言うのだな?」
「はい。エアラムザへお伝えした通り、イオディアムを連れていく為です」
レイリアナはシエルラキスを真っ直ぐに見つめている。シエルラキスはこの意志の強い目に弱い。
「同行するのは許可しよう。――だが、私以外の男の為など……」
「……シエルさ……」
シエルラキスはレイリアナを抱き寄せ、彼女の唇を無理やり奪う。
それを全く予想していなかったレイリアナは大きな瞳を更に大きくし、不意打ちの様なキスをただ受け入れる事しか出来なかった。
「……ふ、っ……!」
レイリアナの吐息が漏れ、ようやくシエルラキスは彼女の唇を解放した。
「――貴方は自分に近い者に心を寄せ過ぎる。それがとても……腹立たしく思う時がある……」
「わたくしは……ただ……」
「わかっているよ。これはただの嫉妬だから――」
シエルラキスはもう一度レイリアナを抱き寄せると、愛おしそうにその瞳にキスをする。
「シエル様……イオディアムはわたくしに忠誠を誓って下さった護衛騎士です……。ですが、出来る限り自由に生きて欲しいと思っております……。それはヴァシーリやエアラムザに対しても同じですから」
体を少し離してシエルラキスの頬に手を当て、目を細めながらレイリアナは自身の気持ちを吐露する。その声色は、決して激しい抗議ではなく、幼子に言い含めるように優しい囁きだった。
「……レイリーが彼等の――自由を尊重したい気持ちを知っているよ。だからこそ、私の嫉妬も伝えておこうと思ったんだ……」
「わたくしにはシエル様しか……」
シエルラキスは自身の頬にあるレイリアナの手を握り、そのまま彼女に肩に顔を埋めた。シエルラキスの髪がレイリアナの頬をくすぐる。
珍しく甘えて来る彼を見て、レイリアナは愛しい気持ちが沸き上がる。
「同行は許可するが、絶対に単独での行動はしない様に。いいね?」
「――はい。ありがとうございます」
穏やかな声で返事をすると、レイリアナは優しくシエルラキスの背に腕を回した。
2章が少しずつ動き出します。2人のささやかな時間になったでしょうか。
次回からビドテーノ領地編です。