2.レイリアナの魔法
レイリアナは自室で魔法制御の訓練に向かう準備をしていると、入室の許可を求める声が掛かった。
「シエルラキス殿下。お忙しい中ありがとうございます」
「レイリアナからの誘いだからね。最優先事項だよ」
シエルラキスは柔らかく微笑み、レイリアナの手を取るとそこに唇を落とす。彼女も微笑みを浮かべるも、直ぐに真剣な顔になった。
「ご連絡した通り、わたくしの魔法について確認したい事がございます」
「ああ。場所をとってある。少し移動しよう」
いつもの魔法制御訓練は学園の森で行っているが、今日は、シエルラキスの案内で王家の庭園にやってきた。
ここは国王の庭とされ、王族以外が足を踏み入れることは無い。
人払いをし、ここにはレイリアナとシエルラキス、そして2人の護衛のエアラムザとイオディアム、そして研究員としてヴァシーリも駆けつけていた。
「エアラムザ」
「――どうぞ」
シエルラキスが合図をしエアラムザが持ってきた箱を開ける。その中には、レイリアナが誘拐された時に使用された『往代の魔術具』のひとつ魔法制御魔術具が収められている。
レイリアナが事前にシエルラキスに使用許可を求めていた物だった。
「レイリアナ、これを何に使う気だ?」
エアラムザから魔術具を受け取ると、シエルラキスは眉をひそめてレイリアナを見つめる。
「シエルラキス様、準備頂きありがとうございました。……これを使って、わたくしの魔力吸収について確認したいのです」
「これを、使う? ――嫌ではないのか?」
レイリアナを拘束する為に用いられていた魔術具は、彼女にとってあまり良い思い出がない道具だ。
心配そうな顔でシエルラキスがレイリアナを覗くと、彼女はふふっと笑う。
「魔術具に罪はありませんから」
「レイリー……」
それでもシエルラキスの心配は収まらず、ゆっくりとレイリアナに近付いた。彼は銀色の髪を優しく掴むと、乞う様にそれに唇を落とした。
「わたくしの魔力吸収は、それ自体が魔法という仮説にたどり着きました」
「……なるほど」
レイリアナはシエルラキスの顔を見上げると、自身の不可解な現象についての考えを伝える。その淡いピンク色の瞳に不安は見えず、ただただ好奇心の塊だった。
「それを確かめる為、この魔術具とシエルラキス様の協力が必要なのです」
レイリアナはヴァシーリに手枷の魔術具を取り付けてもらい、それを起動する。そして、シエルラキスへと手を伸ばした。
クリアブルーの瞳を見つめる彼女の表情に、戸惑いは一切ない。
「シエルラキス様……手を」
「だが……そうなると」
シエルラキスはレイリアナを傷付ける事がわかっている為に、彼女に触れる事に躊躇った。
あの時も――強盗からレイリアナを救い出す時も、この魔術具によって彼女に触れることが出来なかったのだ。
「傷付いても平気ですよ。また癒して下さい」
レイリアナは目を細めてにっこりと笑う。その目は研究者として、この謎を解き明かしたい気持ちでいっぱいという様に輝いていた。
そうなった彼女を止めるのは難しいと、シエルラキスはため息をつき、手を差し伸べた。
「レイリー……」
シエルラキスが名を呼ぶと、レイリアナは拘束された手を彼の手にのばした。
――バシ……ッ!
レイリアナの手がシエルラキスの手に触れるか触れないかという距離になったときに、彼の魔力に弾かれた。
「っ……」
「レイリアナ!」
シエルラキスは手を伸ばそうとするも、今は彼女に触れる事は出来ないのだと気付き、苦々しい顔をする。
「大丈夫です……! やはり、わたくしの魔力吸収は魔法ですね」
ヴァシーリが回復魔法を掛け、凍傷の様に赤くなったレイリアナの指先を癒した。そのまま彼女を拘束していた往代の魔術具を取り外し、再び箱へと戻す。
レイリアナはヴァシーリに礼を言うと、明るい表情でシエルラキスに視線を移した。
「魔力吸収が魔法という事は、この魔法を使う為に魔力を使っているという事です。わたくしにも魔力があったのですよ!」
レイリアナはシエルラキスに口早に自身の考察を告げた。彼女の顔は、痛みがあったことなど無かったかの様な満面の笑みに包まれている。
「……この魔法は常に発動していて、レイリアナの魔力を消費していたという事なのか」
シエルラキスが顎に手を当て呟くと、これまで黙って聞いていたヴァシーリが口を開いた。
「常に魔法を発動している状態は……非常に危険ですね……」
「――!」
その発言を聞き、シエルラキスは目を見開いた。
「レイリアナ様の器は上限が分からない程膨大です。普通に魔力を持つ者すら、器の維持にも多少なりとも魔力が必要ですが、上限が分からないとなると――」
「器の維持にも相当な魔力を消費しているということか……」
シエルラキスが深刻な顔でレイリアナを見つめた。
「わたくしの魔力の発生量はゼロではないのですね!」
「まあ、そうなるが……。一歩間違っていたら、自分の器と吸収魔法にその身を蝕まれていた可能性もあったということだよ……」
「あ……」
レイリアナは自分の魔法の危うさに気が付き、顔を青ざめた。
――こ、これまで無事で良かった……。
「それなら、今はシエルラキス様がいるので大丈夫ですねー」
沈んだ雰囲気の中、エアラムザがにこにこと笑顔で告げた。
すると、レイリアナの青かった顔は見る見るうちに赤みが戻り、満面の笑みに変わる。
――シエル様には頭が上がらないわ……!
「ここまで来ると、もう絶対にシエルラキス様と離れられませんね!」
レイリアナがシエルラキスに向かってそう告げると、彼はクリアブルーの瞳は細めた。
「もとより、離すつもりは無いと言っているだろう?」
「……!」
シエルラキスの言葉にレイリアナは大きな瞳を更に大きく見開き、顔を赤くする。彼はその表情を見ると、満足そうに微笑む。
――嬉しいけど、人前ではさすがに恥ずかしい……。
羞恥心を隠すように、彼女は話題を次へと移した。
「魔法に関して、もうひとつ試したいことがあります」
「何だい? この際だから、気になることは全て試そう」
レイリアナが俯きながらポツリポツリと言葉を重ねる。
「攻撃系の魔法が……発動しません」
「――全く?」
「……はい。この前の魔法制御訓練中に試してみましたが、出来ませんでした……」
――攫われた時に攻撃魔法が発動しなかったのは魔術具のせいだと思っていたけれど……。
シエルラキスは眉を寄せ、難しい顔をして腕を組んだ。
「白の学園で初めに習う風系の魔法も?」
「……はい。攻撃魔法だけでなく、他にも多くの魔法が発動しません……」
「何か心当たりは?」
シエルラキスの質問にレイリアナは首を横に振って答えた。
「もう一度、ここで試してみようか」
「――はい」
シエルラキスはレイリアナの手を取った。繋いだ手からゆっくりと魔力が流れていく。
――魔力不足が起きないようにして下さるのね……。何としても魔法を……。
レイリアナは彼の気遣いに気が付き、意気込んだ。
魔法を発動させるためレイリアナは魔力を込める。魔力の流れを感じると、キラキラと淡い光がレイリアナを包む。
「風を……!」
しかし、いざ魔法を発動しようとすると、その光は消え失せ、魔力が再び自身の内に収まってしまった。
「うぅ……。このように他の魔法も発動しないのです……」
レイリアナは肩を落として落胆の表現を見せた。
「――おかしいな。……いや、吸収魔法に取られただけか……」
「……?」
シエルラキスは何か気になる事があり、独り言を呟いた。
魔法が発動しない場合、つまり失敗すると、発動の為に込めた魔力は霧散してしまう。
しかしレイリアナの場合は、魔力は霧散すること無く、自身の器へと戻っていったのだ。
どちらにせよ解決の糸口が見つからない……。
「今、レイリアナが使える魔法は何かわかっている?」
「今のところ使える魔法は回復魔法と防御魔法だけですね……」
「どちらも私が見たことがあるものだな」
シエルラキスは更に首を捻った。
「すまない。この件については見当が付かないな……」
「いえ、いいのです! 打ち明けてスッキリしました! 元々魔法は使えなかったので問題はありませんし、いざとなれば魔術具を作りますっ!」
「……そうか」
レイリアナがこれ見よがしに魔術具を作る口実を作り出した事に、シエルラキスは苦笑いをするしかなかった。
――レイリアナが気にしてないならいいが、今後も調べる必要があるな……。
「さあ、残った時間は本来の魔法制御の訓練をしましょうか。レイリアナ様」
「そうですね」
講師の代わりを買って出たのはエアラムザだった。しかし、シエルラキスはそれを断った。
「いや。エアラムザはイオディアムと手合わせしてくれ。イオディアムの技量を見たい。レイリアナはヴァシーリに任せる」
「承知致しました」
エアラムザはにっこりと笑うと、小さく礼をし後ろへ下がった。
シエルラキスはレイリアナに視線を移すと、先程までとは違った真面目な顔をして訓練内容を伝える。
「レイリアナはヴァシーリひとりに防御魔法もしくは回復魔法を掛けられる様に。ある程度慣れたら、動いている相手に向けてそれを行う」
「……は、はい」
「今日は魔力はいくらでもあるから、遠慮なくやるといいよ」
シエルラキスはニヤっと悪戯っぽく微笑むと、レイリアナは背筋を伸ばした。
――うぅ……今日の講師は厳しい……。
シエルと護衛の3人も出てきました。イオディアムはこれまであまり出て来ていませんでしたが、これからちょくちょく出て来ます。きっと。護衛ですしね。お楽しみに。