1.第1王妃のお茶会
婚約式と披露宴が終わり、忙殺された毎日から解放されたレイリアナは空き時間を魔術の研究に費やしていた。
「レイリアナ様。そろそろお時間です」
「あ。もうそんな時間……。ありがとう、イオディアム」
今日は、延期に延期を重ねていた第1王妃とのお茶会の日だった。正確には、ラフタラーナは幾度もお茶会を開いているが、レイリアナの参加が延びてしまっていたのだ。
レイリアナは、自身の作成した魔術具を用意すると、足早にお茶会が開催される部屋へと向かった。
「レイリアナ。いらっしゃい」
「ラフタラーナ王妃陛下。お招きありがとう存じます」
レイリアナは、ガラス張りの中庭のような温室に案内された。もうすぐ冬がやってくるが、この部屋は満開の花がいくつも咲いていた。
「皆様。披露宴にご参加ありがとうございました」
「2人とも本当にお似合いだったわ」
ラフタラーナがにこやかに答えた。
今回のお茶会にはラフタラーナが親しくしている、所謂第1王妃派の夫人やその息女が集まっていた。
「たくさんの方に祝言を頂き光栄です」
レイリアナは披露宴で挨拶を交わしているが、まだ顔と名前が一致しない者がほとんどで緊張している。
お茶会に彼女が参加するのは初めてなので、一通り紹介をしてもらった。
そんな中、レイリアナは自身の護衛のエアラムザの義理の姉に当たるエアラーダ商会会長のチェシーダと目が合った。彼女は、大丈夫だと言うようににっこりと微笑む。
――知っている方がいると本当に心強い……。
この日の集まりはレイリアナが思っていたよりも、年齢の幅が広く、特に彼女と同年代と思われる息女が多く参加していた。
――ラフタラーナ陛下の心遣いなのね。
披露宴の話に花が咲いていると、チェシーダがにっこりと微笑んでレイリアナに話し掛ける。
「公女様。左手の指輪はもしかして……」
「あ。はい。殿下から婚約式に頂いた誓いの指輪です」
レイリアナが少し恥ずかしそうに指輪を見せると、皆の視線が集まった。
「もしかして、右腕のブレスレットは指輪とお揃いですか?」
レイリアナと同年代の令嬢が目を輝かせて尋ねた。
「そうです。これも婚約式の時に私から差し上げた『魔術具』です。なので、殿下も同じデザインの物を着けていらっしゃいます」
「魔術具……ですか?」
あまり聞き慣れない魔術具と言う言葉に、令嬢は首を傾げる。レイリアナは簡単に魔術具とブレスレットの説明をした。
「大切な方へ渡すお守りの様なものですね」
「素敵ですね……!」
令嬢がうっとりとした表情をした。他の令嬢達――特に若い令嬢達の目が輝いている。
――これは、いい反応かも……?
「ふふ。レイリアナ。向こうで彼女達にお話をして上げなさい」
「はい」
そんなレイリアナと令嬢のやり取りをみたラフタラーナは微笑むと、レイリアナと歳の近い者や魔術具に興味を示した者を集め、別テーブルに席を作る様に指示を出した。
別席に移動すると、ブレスレットに興味を持ち質問をしてきた令嬢が再びレイリアナを直視する。
――確か彼女は、ラフタラーナ陛下の姪御様。
声を掛けてきた令嬢は、ラフタラーナの生家である侯爵家の令嬢である。
「レイリアナ様は、王子殿下ととても仲がよろしいのですね」
「え、ええ。殿下はとても良くして下さいます……」
レイリアナは頬を染めながら恥ずかしそうに答えた。
それを聞いた他の令嬢達はキャーと黄色い声を上げる。
席を分けた事で、皆レイリアナと歳が近く、先程と比べて随分と話しやすい雰囲気になっていた。特に、白の学園で同じ学年だった者同士はとても気安い関係を築いており、その様子はレイリアナにも伝わった。
――わたくしも白の学園へ行っていたらこのような感じだったのかしら……。
彼女達の関係を見たレイリアナは、笑顔にほんの少し陰りを落とした。
そんなレイリアナの表情に気が付いたのかは分からないが、何人かの令嬢達が彼女に対して多くの賞賛を投げかけた。
「先日、公女様と王子殿下が街を仲睦まじく歩いていたと商人から伺いましたわ!」
「それよりも、プロポーズです! わたくしあの場に居りましたけど、王子殿下のように素敵なプロポーズは初めてでした!」
「『氷の騎士』様もレイリアナ様もお美しくて、婚約式のダンスに見とれてしまいました」
皆口々にレイリアナとシエルラキスを褒め称えた。この席に移った者は未婚者も多く、そのほとんどが2人の婚約を憧れの対象として見ている。
レイリアナはその勢いに圧倒され、先程の陰りも憂いもどこかへと消え去った。
――寂しいなんて思ってしまって、恥ずかしいわ……。
「婚約式と言えば、お召になっているブレスレットについてお話して頂けるのですよね」
レイリアナが戸惑っていると、ある令嬢がブレスレットについて尋ねた。彼女は皆に分からないように、ニコッとレイリアナに目配せをした。
――あの方はチェシーダ様のご息女……!
レイリアナに助け舟を出したのは、チェシーダの娘だった。彼女もレイリアナと歳が近い。最初の紹介でシエルラキスと同学年という話をしていた。
彼女はチェシーダに良く似た顔で、ニッコリとレイリアナに微笑んだ。
すると、ブレスレットに興味を示していた侯爵令嬢が身を乗り出した。
「レイリアナ様! わたくしも、もう少し詳しくお話を伺いたいです……!」
「ええ、もちろん」
「ジュリエッタ様。もしかして……!」
何かを悟った他の令嬢達がキャッキャッと楽しそうに、ジュリエッタと呼ばれた侯爵令嬢を見つめた。
彼女は頬を染めながらも話をし始めた。
「実は、わたくしにも婚約者がおりまして……。その方も騎士団に所属しているので、戦地に赴く事があるのです」
「まあ……」
「レイリアナ様のお話を聞いて……。その……わたくしも彼に贈り物をしたいなと……」
真っ赤になって話すジュリエッタは、本当にその婚約者を慕っている事がわかる。レイリアナは微笑ましく彼女を見つめた。
「そうでしたか。そう言うことでしたら喜んで! 実は皆さんに見てもらいたくて、いくつか試作品を持ってきているのです。是非ご覧になって下さい」
レイリアナは使用人を呼び、テーブルにブレスレットの試作品を並べた。
ジュリエッタはその内のひとつを手に取り、興味深く見つめた。
「このブレスレットですが、回復魔法だけでなく、特別に音声も保存出来るようにしてあるのです」
「声ですか?」
「はい。――シエルラキス殿下が……離れた地でも、わたくしの声が……聞きたいと仰られたので……」
レイリアナが顔を真っ赤にして段々と小さくなる声でそう呟くと、令嬢達は目を輝かせ再び黄色い声を上げた。
――皆に興味を持って貰いたくて、本当のことを言ったけど、恥ずかし過ぎる……!
「はあ。レイリアナ様。お2人共素敵すぎます」
「羨ましい程に愛されているのですね!」
「あ、あのっ。先程のことは聞かなかったことにして下さいませ……」
レイリアナは慌てて発言を無効にする様に懇願するも、令嬢達は小さく頷き、にこやかに微笑んだだけだった。
「レイリアナ様。わたくしにも是非こちらを紹介して頂けますか……?」
そんな会話がやり取りされている中、真剣に魔術具を見ていたジュリエッタがレイリアナに魔術具を依頼をすると、チェシーダの娘がエアラーダ商会としてそれをとりなした。
「レイリアナ様。ジュリエッタ様。エアラーダ商会の者としてわたくしがご協力致しますね!」
「ニーナル様。よろしくお願い致します」
「お任せください」
チェシーダの娘のニーナルはニコニコと笑顔で答えた。
――エアラムザといい、チェシーダといい、本当にこの一族は笑顔がそっくりね。
レイリアナは心の中でふふっと笑うと、ニーナルに協力を仰ぎ、注文を取り付けた。
「是非素敵な贈り物にしましょうね! ジュリエッタ様からの贈り物であれば、きっとギゼーフィー様もお喜びになりますよ」
「もう! ニーナルには敵わないわね」
ジュリエッタは頬を赤くしながら苦笑した。ニーナルはここにいる令嬢達の交友関係をほぼ把握している。
「ギゼーフィー様は寡黙で真面目な所が素敵ですよね!」
「ですよねー!」
その後、どの令息が素敵だとか、どんな異性が良いかという話に花が咲いた。皆、それぞれに想い人がいるようで、レイリアナも微笑ましくその話に耳を傾けていた。
――白の学園には通えなかったけれど、これからはここで良い関係を築いていこう。
レイリアナは社交界に身を置くことを改めて決意した。
第2章はお茶会から始まりました。レイリアナがいよいよ社交を頑張ります。
次はシエルも出てきます。