閑話.社交界デビュー(シエル視点)★
第1章「5.社交界デビュー」https://ncode.syosetu.com/n1316hc/6/
のシエル視点の話になります。
また、あとがきにイラストもありますので、表示非表示の設定をお願いします。
――あの少女に会ったのもこんな森の中だったな。
シエルラキスは王都から離れた森の中で、先日学園の森で出会った不思議な少女の事を思い出していた。
魔術を操る少女は、彼の漏出魔力をごっそりと持っていった――持っていってくれたのだ。魔術のお陰か魔力漏出の無い状態だったので人に触れても大丈夫だったが、迂闊だったかもしれないと自省する。もし、少しでも魔力が溢れていたら彼女を傷付けてしまっていた所だった。
久々に自身を取り巻く呪いから解放され、体が軽かったのだ。彼は咄嗟にあの少女に触れてしまった。
しかし、銀色に輝く柔らかい髪と淡いピンク色の瞳の少女の体は、彼の体を拒むことなく接触を許した。
――何故彼女に触ることが出来たのか……もう一度会えたら、話をしたい。
シエルラキスは自身の手を見つめる。
――誰かに触れたのは、いつ振りだろう……。
そして、遠い日の記憶を呼び出した。
それはこれまでの彼の人生で一番幸せだった日々。
魔力漏出によって人を拒み続けなければいけない彼が、誰かに触れ、誰かに触れられ、そんな当たり前の事が出来たのはその日々だけだ。
――レイリーに会いたい……。
もう記憶の中でしか会えない幼い少女を思い起こす。
レイリーもあの森で出会った少女くらいに成長しているのだろう。
記憶も月日と共に色褪せ、どんな表情でどんな声だったのか既に朧げにしか思い出せない。いつか忘れてしまうのではないかと、彼は恐れすら抱いていた。
「シエル」
思考を巡らせていたシエルラキスの名を呼ぶ声がして、彼はハッと意識をそちらに向けた。
「例のさ、探してた令嬢が今夜の夜会に出るって噂があるけど、どうする?」
「……今夜? 誰が何だって?」
シエルラキスはこれまで見た事のない程に目を見開き、声の主を見た。
彼の名を呼んでいたのは、側近のエアラムザだった。
――彼等は主従関係ではあるが、2人きりの時は主従というよりは友人関係の様に気安い口調で接している。それを許したのはシエルラキスだ。お互い騎士団に所属し、王国を守る同士だと言った。そして、シエルラキスの同年代で彼の魔力について知っている唯一の存在がエアラムザだ――。
エアラムザの言う『探していた令嬢』とは、シエルラキスが再会を切望してやまないレイリー――サクリフォス公爵令嬢の事である。彼は赤の学園を卒業した15歳の時、エアラムザにその令嬢を探すように指示を出していた。
「いや、だから、サクリフォス家の公女の話」
元宰相の公爵令嬢という上級貴族である彼女だ。エアラムザは直ぐに見つけられると思っていた。
しかし、サクリフォス公爵の徹底した隠ぺいにより、殆ど情報を得られないでいた。
――レイリーが……夜会に……!?
「サクリフォス家からドレスの発注があったって兄上と義姉上が話してたから……。サクリフォス家の令嬢は一人だから、恐らくシエルの探していた人だよね。まあ、発注があったのはうちの店じゃないから、噂程度だけど」
「……どうして早く言わないんだ」
シエルラキスとエアラムザは王都から少し離れた場所で魔獣狩りに赴いていた。最近は周辺国との関係が一時的に安定しており、そこまで戦場に駆り出される事はなくなっている。
それゆえに、シエルラキスの魔力発散の為に数日おきに魔獣狩りに出掛けている。
エアラムザは魔獣狩りが終わったタイミングで令嬢の話を持ち掛けたのだ。
「いやいや、魔力発散する方が大事ですよ?」
シエルラキスは不機嫌を隠そうともしないで、エアラムザを睨みつける。彼はそんなシエルラキスの態度になれているのか気にする様子はない。
「――王都へ帰る」
「は? 今から? そろそろ日が暮れるけど!?」
もう既に日がだいぶ傾いている。ここから王都までは騎乗したとしても4時間近く掛かる道のりだ。
シエルラキスは気にもせず、一言呟くと、足早に馬を繋いでいる場所へと向かった。エアラムザが信じられないと言う様に目を大きく開き、制止を促す声を掛けるも、シエルラキスには届いていないようだ。
「急げば間に合う。途中、街もあるから替えの馬も調達出来る」
「はぁ……急いでも軽く3時間掛かるけど……」
――探し始めてから2年以上経ってようやく手がかりを掴んだんだ……この機会を逃すことは出来ない……!
「……ラムザは残ってもいい。近くの街に宿もあるだろう?」
「ひどいな。行きますよ! ご一緒致しますよ! ちょっと、待ってって。シエル!!」
シエルラキスは返事を待つよりも先に騎乗しており、エアラムザは慌てて後に続いた。
王都に着いた2人は騎士団の制服のまま夜会が行われているホールへと赴いた。
王子の到着というのに誰一人としてそちらに視線を向けないのは、既に国王が入場が済んでいて、会場であるホール内外の出入りが多くなっている為だ。しかも、騎士団員は会場の護衛に何人も駆り出されており、一人一人を気にする者もいない。
会場内を一通り見回ったエアラムザがシエルラキスの元に戻ってきた。
「やはり、サクリフォス侯爵令嬢はこの夜会へ参加していた様ですよ」
「――で、彼女は今どこに?」
シエルラキスは急かす様に問いたてる。
「それが……見当たりませんね。国王陛下の元にサクリフォス公はいらっしゃいますが、令嬢はホールにはいません。ただ――」
「なんだ?」
エアラムザが言い難い様に言葉を切った。シエルラキスは眉間に皺をよせて彼を見る。
「令嬢の噂が広まっています。『サクリフォス家の令嬢は魔力のないからっぽ公女』だと……」
「――くだらない……」
公女が見つからない焦りと彼女に対する誹謗に、シエルラキスの表情はより一層険しさを増した。
――レイリーは幼い頃から魔法を使っていた……。
幼い頃からシエルラキスと魔法を使って遊んでいた。彼の記憶の中の少女はとても綺麗な魔法を使うのだ。魔力がない訳がない。
噂はこれまで姿を見せなかった公爵令嬢に対する嫌がらせとしか考えられない。
「――会場外にいるかもしれませんね」
「ああ。そうだな……」
2人は夜会会場のホールを後にした。
シエルラキスとエアラムザがホールからテラスに移動すると、後ろから声を掛けられた。
「あの……っ!!」
シエルラキスとエアラムザは何事かと振り返る。光があまり届かないテラスでは、声を掛けてきた者の顔が良く見えない。
「学園の森で助けて頂いた者です!あの時は逃げるように去ってしまい申し訳ありません。どうしてももう一度お礼がしたくて……」
声の主は学園の森で出会った少女だった。しかし、今は彼女を探しているわけではない。
早くしなければレイリーがいなくなってしまうと、シエルラキスは少し苛立ちさえ感じていた。
――もう一度話をしたいとは思っていたが、間が悪いな……急いでいる時に……。
「ああ……。あの時の……」
シエルラキスは心ここにあらずと言ったように、意識は別を向けながら素っ気ない返事をした。しかし、彼女からの挨拶で表情を一変させる事となる。
「自己紹介が遅れて申し訳ありません。わたくし、レイリアナ・サクリフォスと申します」
――レイリアナ……サクリフォス……。
シエルラキスはこの少女が名乗った名前を、自身の中で意味もなく反芻する。これまでずっと探していた少女の名前だと認識するのに時間を要した。
シエルラキスは目を見開き、その名前を声に出しもう一度確認する。
「レイリアナ? ――サクリフォス家の……」
隣にいたエアラムザも驚いた顔でシエルラキスを見ている。まさか令嬢の方から声を掛けられると思っていなかったのだ。しかも、シエルラキスとレイリアナは面識があるようだった。
「はい。騎士様。先日は助けて頂いたのにも関わらず、名乗りもせずに立ち去ってしまって……弁解のしようもありませんが、無礼を許して頂けるのならば是非あの日何が起こったのかを――」
――あの森の……この少女がレイリー……。
まさか既に再会を果たしていたとは誰が思うだろうか。
「――貴方だったのか……」
「……え……?」
何故気が付かなかったのだとシエルラキスは自責する。
あの森でシエルラキスが少女に触れても大丈夫だったのは、漏出魔力がなくなっただけではない。彼女が『レイリー』であるが故に、彼が触れても大丈夫だったのだ。
シエルラキスに触れる事が出来る数少ない人間……。
『にいさまっ!』
広い草原をピンク色の瞳の幼い少女が銀色の長い髪を揺らしながら、シエルラキスを追い掛けていく。
色褪せてしまった彼の幼少期の思い出が急速に彩度を取り戻していった――。
シエルラキスは再会を喜び、彼女に抱き着きたい気持ちをどうにか押さえこんだ。
――今すぐに抱き攫ってしまいたい……!
「失礼しました、レイリアナ嬢。私はシエル――」
レイリアナはシエルラキスの正体に気が付いておらず、彼は騎士として名乗る事にした。シエルラキスも彼女に気が付かなかったので、お互い様だ。
――王子としてではなく、ただのシエルとして話をしたい。いずれ正体を明かさなくてはならないけれど、今は――その日までは……。
シエルラキスはもう少し話がしたいとレイリアナを談話室へと誘った。
テラスから向かう途中、この少女を手に入れる為の道筋を早急に立てる。
――やっと見つけたんだ。絶対に手放さない!
たとえそれが、2人にとって茨の道であろうとも――。