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37.遠い記憶とシエルの告白

 

 披露宴会場を出たレイリアナは、もう少し話をしたいと言うシエルラキスの誘いを受け、彼の居室を訪れた。

 初めて足を踏み入れたその部屋は広く、飾り気のないシンプルな内装で、中央に応接セットと長ソファが置かれている。


「どうぞ。今日は疲れただろう?」

「ありがとうございます。殿下こそ……お疲れ様でした」


 シエルラキスは長ソファにレイリアナをエスコートすると、自身もその隣に座った。

 使用人はお茶といくつかのお酒を用意して、直ぐに部屋を出ていった。


 パタンとドアが閉まると、シエルラキスはレイリアナに手を伸ばした。


 ――何っ……。


 2人きりの状況に緊張してしまい、ビクッと肩を震わせた。伸ばされた手は銀色の髪をひと房すくった。


「レイリアナ。そう身構えなくていいよ」

「あ、……いえ」


 ――わたくしは何を期待していたの……!


 レイリアナは何かされると思っていた事を恥ずかしく思い、頬を染めた。シエルラキスは銀色の髪に恭しく口付けをして、レイリアナを見つめる。


「明日から堂々と貴方を婚約者として扱える事が嬉しいよ」

「わたくしも、シエルラキス様の()()の婚約者になれたことが――本当に嬉しいです。あの日――王家との顔合わせの日にシエルラキス様が陛下に直訴して下さったおかげです。……晩餐の前に悩んでいたことだったので、心が通じたのかと思ったほどです」

「私もあの日、貴方の言葉が聞けて嬉しかったよ」


 レイリアナは満面の笑みを浮かべた。シエルラキスは笑顔を返すも、少し目を伏せた。


「――私の妻になる貴方へ伝えておきたい事があるんだ」

「はい」


 シエルラキスは銀色の髪を離すと徐ろに立ち上がり、窓辺に佇んだ。

 レイリアナが少し不安そうにシエルラキスを見つめる。


「シエルラキス様?」

「――2人の時はシエルがいいな。レイリー」


 シエルラキスは振り返り、少し困った様な顔で微笑んだ。


「顔合わせの時の陛下の言葉を覚えているかい? 私がサクリフォス公爵領地に住んでいたということ」

「――はい。覚えています。わたくしは知らないことなので、とても驚きました……」


 両家の顔合わせの場にいたレイリアナ以外の者は、その事を当然のように話していた。レイリアナだけが知らない事実だった。あの日は晩餐の後にすぐ解散してしまったので、尋ねる機会を逃していた。


 まさか、シエル様からお話して下さるとは思っていなかった……


「貴方はあの頃まだ幼かったから覚えていない様だけど、私達は幼少期を共に過ごしているんだよ」

「……え?」


 レイリアナは淡いピンク色の瞳を大きく見開いた。シエルラキスはそのまま話を続けた。


「私を産んだ母はラフタラーナ王妃陛下ではない。嫁いで直ぐに病にて逝去したとされている()()()()だ。母は私を産んで2年も経たずして身罷(みまか)った……きっと私の魔力に充てられたのだろう……」

「そんな……」


 シエルラキスは瞳を伏せ、唇を噛み締めた。


「第2王妃の死去から間もなく、私はサクリフォス公爵領地に移された。その時、貴方はまだ産まれたばかりの赤子だよ」

「なぜ公爵領地に……」


 ――その時、既にわたくしの魔力吸収が知れていたのかしら……?


「――公爵夫人も貴方と同じ様に、魔力を吸収出来るのだよ。サクリフォス公が陛下にその事実を進言し、扱いに困っていた私を公爵領地に迎え入れた。それから白の学園へ入学する前年の7歳になるまで5年程、私はレイリアナと共に公爵領地に住んでいたんだ」

「母上も魔力吸収を……? シエル様もそんなに長くいらしたのですか……わたくし、何も知らなくて……」


 レイリアナは驚きを隠せずにいた。家族からは母親の魔力吸収の事を一切明かされていない上に、シエルラキスの滞在についても本人は全く覚えていないのだ。


「言っただろう? 貴方はまだ幼かった。私が公爵領地を去った時ですらまだ5歳程だ。私の事を『にいさま』と呼んでいたから、実の兄と混同していたのだろうね……」


 ふっと笑うと、シエルラキスは窓の外に目線を向けた。すっかり夜も更け、空には星が瞬いている。


「そして、公爵領から王都に戻った私はラフタラーナ陛下の養子として迎え入れられた。ちょうど第3王妃が輿入れし、第3王子(プロセディック)を身籠っていた頃だ。王城内は派閥が作られ始めて混迷していたし、母が他界し、何の後ろ盾も持たない私はかなり危険な状態だった。ラフタラーナ陛下の申し出は()()()()()()()として非常にありがたかった」


 シエルラキスは王位継承権を持っており、第1王子の即位を妨げる危険分子として処理されてもおかしく無かったのだ。当時のラフタラーナの慈悲に、彼は頭が上がらない。

 夜空を見つめていたクリアブルーの瞳がレイリアナを映す。


「――ただ、養子とする際に条件を課された。その条件が……いつか貴方に話をした『王位継承権を放棄し、第1王子の助けになる事』だよ」

「そんなに前から……! あれは……シエル様の意思ではなかったのですね……」


 幼い頃から、第1王子の為だけに生きてきたのね……


 レイリアナは次々と明かされる事実に驚愕した。悲しみに満ちた表情でシエルラキスを見つめると、彼はすっきりとした顔で微笑んだ。

 全てをレイリアナに打ち明け、気持ちが軽くなったようだった。


「そんな顔をしなくていいよ。当時も今も王位には興味がないし、第1王子も私を弟として快く受け入れてくれたから――」


 シエルラキスはレイリアナに手を差し伸べ、部屋から続くテラスへと誘った。


「おいで。レイリー」



 ――――「おいでよ! レイリー!」――――



「――――にいさま?」


 レイリアナがソファから立ち上がろうとすると、一瞬、時折見る夢の少年とシエルラキスが重なった。レイリアナは目眩を起こし、再びソファへと沈んだ。


「レイリー!?」


 シエルラキスは素早くレイリアナの元へ駆け寄った。彼女は大丈夫ですと答えると、シエルラキスの手を借りて立ち上がった。




 2人は手を取り合ったまま、夜のテラスへと進んだ。

 レイリアナの社交界へ初めて訪れたの日と同じ様に、空には満天の星が輝いている。あの日より空気が冷たくなっており、シエルラキスは自身の上着(ジャケット)をレイリアナの肩に掛けた。


「初めて夜会で会った日も、綺麗な夜空だったね」

「ええ……。あの夜、わたくしはデビュタントの日だったんですよ」

「――知っていたよ。あの日は『レイリー』を探す為だけに参加したのだから――」

「――え?」


 レイリアナは目を見張った。何故なら彼女も()()だったからだ。


「わたくしもシエル様を探すためだけに、社交界へデビューしました……」

「そうだったのか……。星の巡り合わせかな」


 シエルラキスはくすっと悪戯っぽく笑い、夜空を仰いだ。レイリアナはシエルラキス寄り添い、そんな彼を見上げた。


「――なぜ、その時、わたくしを知っていると教えてくれなかったのですか?」


 レイリアナが少し不満そうにシエルラキスに問うと、彼はレイリアナの頬を撫で、そのまま額に唇を落とした。彼女は顔を真っ赤にさせながら、目線を逸らす。

 そんな姿も愛らしいと、シエルラキスは彼女を抱き締めた。


「覚えていない様だから、言い出せなかっただけだよ」

「――なんだか、少し羨ましいです」


 ――2人の思い出を共有出来ないのは少し寂しい……。


「あの頃の記憶は、私の大切な思い出だよ。可愛い『妹』と寝食を共にし、野原を一緒に走り回って、いつも笑っていた」


 ――野原で……一緒に?


 レイリアナは先程の夢を思い出した。その夢では、幼いレイリアナは幼い少年と一緒に草原を走っていた。


「一緒に走っていたのは……シエル様?」

「何か覚えているの?」


 シエルラキスは体を離し、レイリアナの顔を覗き込んだ。彼女は自分の中の記憶を探り、ゆっくりと言葉を紡いでいった。


「夢で時々見るのです……。その夢ではわたくしは魔法を使えます。一緒にいた『にいさま』にその魔法を掛けてあげると、キラキラ輝いて周りの植物も良く育っていました。ずっとお兄様だと思っていたのはシエル様だったのでしょうか……」

「夢の詳細はわからないけれど、私が公爵領を去る1年ほど前から、レイリーはよく回復魔法を掛けてくれたよ。きっと、私といる時間が長かったから、魔力も溜まっていたんだろうね」

「あれは夢じゃなくて……記憶……」


 レイリアナの中で、夢の少年とシエルラキスが完全に重なった。シエルラキスがレイリアナに向かって昔と同じく優しく柔らかい表情で微笑む。



――――「レイリーのまほうはいつもキレイだね」――――



 彼女の手を取り、彼女に魔力を与え、彼女を笑顔にしていたのはシエルラキスだった。


 ――あんなにも大切な思い出を、なぜ忘れてしまっていたのだろう……。


「わたくし、少し思い出しました――」


 レイリアナは目を見開いてシエルラキスを見つめた。何か話そうと思っていたのに喉の奥が締め付けられて、それ以上言葉が出ない。


「――嬉しいよ」


 シエルラキスは両手でレイリアナの頬を包み込み、目を細めて柔らかく微笑んだ。見開いた淡いピンク色の瞳に、透き通る空の様なクリアブルーの瞳が映っている。


「あの幸せな日々と貴方を忘れられなくて……ずっと探していたんだよ。レイリー。――やっと私のものになってくれた」

「シエルさ――」


 レイリアナの呼びかけはシエルラキスの唇に飲み込まれた。

 啄む様な軽いキスが雨のように降り注ぎ、その度にレイリアナの鼓動が早くなっていく。雨は止み、シエルラキスは銀色の髪に顔を埋めると、彼女を優しく抱き締めた。鼓動に合わせて彼の魔力がレイリアナに注がれていく。


「『身構えなくていい』なんて言っておいて、早々に反故(ほご)にしてしまった」

「わたくしはそんな約束していません……。シエル様が勝手に仰っただけです」


 ――もう少し、こうしていたい……。


 シエルラキスの胸に抱かれ、レイリアナは少し拗ねた口調で呟いた。彼の胸から感じる鼓動はレイリアナと同じくらい速く打ち付けている。

 シエルラキスはゆっくりと体を離すと、その場に跪き右手を胸に当てた。



「――レイリアナ・サクリフォス公爵令嬢。シエルラキス・ラトゥリーティアが貴方の夫となり、生涯愛する事をお許し下さい」


 レイリアナはシエルラキスの行動と言葉に目を見張る。


 ――シエル様の気持ちを伝えられたのは初めて……。


 これまで、シエルラキスはレイリアナにずっと一緒にいて欲しいとは幾度となく言っていたが、彼女をどう思っているか明確な返答を避けていた。

 そんな彼が初めて口にした想いに、レイリアナは瞳を揺らした。

 震える手を胸に当て、もう片方の手をシエルラキスに差し伸べる。


「レイリアナ・サクリフォスは、あなたの愛を永遠に受け入れることを……誓います」


 感極まったレイリアナは、頭上に広がる星のような涙を零した。

 差し伸べられた手を取ったシエルラキスは立ち上がり、そのまま彼女を抱き締めた。


「ありがとう。レイリー。今まで言葉に出来ずに不安にさせてごめん……」

「――シエル様。わたくしも……あなたを愛しています……」


 レイリアナがそう呟くと、シエルラキスは彼女から少し体を離した。彼女の耳まで赤くなった顔を覗き込んで目を細めて微笑んだ。


「レイリー……」


 シエルラキスは宝物の様に最愛の名前を囁くと、レイリアナの頬を両手で包み込み、ゆっくりと口付けを落とした。

 レイリアナがシエルラキスの背中に腕を回すと、2人の鼓動と魔力が混ざり合う様にレイリアナに注がれていく。


 ――これからはずっとシエル様と一緒にいられるのね……。




 銀色と濃紺の髪が夜風になびいて、星空の様に澄み渡った夜空に溶けていった。


第1章完結です。ここまで読んでいただきありがとうございました!!!

シエルの生い立ちについて、どこまで話させようか悩みました。シエルの性格上、あまりレイリーに隠し事をしていない方が良さそうなので、かなり入れてしましました…。これは2章でも少しずつ紐解いていきます。

そして、プロローグ回収しました。第1話からしか見てない方はどうぞ(見てる方ももう一度どうぞ)。1分程度で読み終わりますので(笑)


第1章終わりましたが、第1章というより序章です!第2章もいろいろと物騒な事が起こるかも!?

タガの外れたシエルの溺愛っぷりもたくさん書けたらいいなぁと思ってます。気付くといちゃつくので、なるべく抑えてるんですが…。どっちがいいのかな?


2章までしばらく空くと思いますが、閑話を挟めたらいいなとも思ってますので、また近いうちに更新したいです。ちょっと長くなったのであとは活動報告にでも書こうかなと。感想等ありましたら是非。


では、ここまで読んで下さった貴方に感謝を!

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