35.婚約式
王都で一番古くからあるこの教会は、歴代の王族も行事に使用してきた場所である。それ故に礼拝堂は数百人収容できる程広い。
しかし、今回の婚約式の参列者はごく身内だけだった。
婚約式の後に、王城にて国王主催の第2王子婚約披露宴が予定されている。既にそちらの会場は招待客で溢れている。
レイリアナは礼拝堂へと足を踏み入れると、祭壇の奥にある神話を模した壮大なステンドグラスの窓に目を奪われた。
ステンドグラスを通した光は七色に変わり、礼拝堂に降り注いでいる。
――綺麗――。
彼女はディミトリオンのエスコートで祭壇へと歩みを進める。
祭壇には司祭がおり、祭壇の前には国王とシエルラキスが彼女を待っている。
レイリアナの純白のドレス姿を見たシエルラキスは、その美しさに魅せられていた。ベールを着けているがその麗しさは隠せない。
――綺麗だ……。
レイリアナが祭壇前に到着すると、ディミトリオンからシエルラキスに彼女のエスコート役を交代する。
ディミトリオンとシエルラキスが短く言葉を交わした。
「殿下。娘を……頼みます」
「はい。この身に賭けて……」
――シエル様……。
そのやり取りを隣で見ていたレイリアナは、感動で既に胸がいっぱいになった。
荘厳な雰囲気の中、2人の婚約式は粛々と進んで行く。
「――ここに婚約のサインを――」
司祭は誓約書を差し出し、誓いのサインを求めた。シエルラキスが名を刻み、続いてレイリアナもその名を刻む。ゼストスフォードとディミトリオンも名を記し、無事に婚約が誓約された。
「では、婚約の誓いを交わして下さい――」
司祭が告げると、シエルラキスは小さな箱から指輪を取り出した。――婚約の誓いは、お互いに婚約者となった事を示す贈り物を交わすもので、ほとんどの場合が指輪などのアクセサリーだ。
「――これは……!」
レイリアナがその指輪を見て目を丸くさせ、思わず呟いた。その指輪はレイリアナが作成していたブレスレットと同系統のデザインだったのだ。
――いつの間に……?
中央には2粒の淡いピンク色と淡い青色の大きな宝石が輝いている。
レイリアナが驚いてシエルラキスを見ると、いつもの様ににっと悪戯っぽく笑っていた。
「レイリアナ。手を――」
「――はい」
シエルラキスはレイリアナの左手の薬指に、その指輪を通した。魔術陣は書かれていないのか、リング自体は細く、レイリアナの華奢な指に良く似合う。
「シエルラキス様。わたくしからも受け取って下さい……」
レイリアナも小さな箱からお揃いのブレスレットを取り出した。彼女の左手に輝く指輪によく似たデザインのブレスレットにも、淡いピンク色と淡い青色の宝石が輝いている。
レイリアナはシエルラキスの左手首にそのブレスレットを着けた。そして、シエルラキスはペアのブレスレットを彼女の右手首に着け返す。
「間に合ったんだね。ありがとう。レイリアナ」
シエルラキスは目を細めて微笑むと、彼女の手を取り唇を落とした。
「シエルラキス・ラトゥリーティア、そしてレイリアナ・サクリフォス。あなた方はお互いを婚約者とする事を誓約し、神と立ち合い人に認証されました。――ここに2人の婚約を宣言致します」
司祭がそう宣言すると、式は閉幕した。
ゼストスフォードとディミトリオンが互いに視線を交わし、ようやく終わったなと安堵にも似た表情を浮かべる。
祝福の様に降り注ぐ七色の光を浴びながら、レイリアナはシエルラキスにエスコートされ、礼拝堂から退場していった。
婚約式の後に婚約披露宴がある為、2人はそのまま披露宴会場の王城へ向かう事になっている。
しかし、教会の扉を開けると、教会前の広場には溢れそうな程たくさんの人々が集まっていた。滅多に表れない第2王子とその婚約者をひと目見ようと、式が終わるのを待っていたのだ。
ラフタラーナの命により、数日前から貴族街に婚約式の日にちをあらかじめ通達していた為、このように大人数が教会前へ押し寄せたのだった。
そこに、第2王子とその婚約者が現れ、広場には歓声や祝福の声が上がった。
レイリアナがその人数と熱気に驚いていると、シエルラキスが呟く。
「第1王妃陛下が事前に貴族街に通達していたのだよ。ここまで集まったのは予想外だけれど。――彼等に貴方の魔法を披露して欲しいと、王妃陛下からの伝言があるのだが……」
「……わたくしの魔法を……?」
「ああ。君を魔力なしと噂する声があるのが気に掛かるようだ……。私に少し回復魔法でも掛けてくれたらそれでいい」
――ジョカリタの広めた噂がまだ残っているせいね……。
「嫌なら断って構わないぞ」
いっそ断ってくれた方が良いという態度を匂わせてシエルラキスが呟くも、レイリアナはにこっと綺麗な微笑みを浮かべた。
「シエルラキス王子殿下の婚約者としての初仕事ですね!」
シエルラキスの考えも空しく、レイリアナは全く勘違いをしている。彼女は張り切ってそう言うと目を閉じた。
――……シエル様の全てに――!
レイリアナが指を組み、祈るように魔力を注いでいく。ドレスがゆらゆらと揺れ、ベールがふわっと広がった。彼女の周りに次々とキラキラとした光が発せられた。
それを見た、見物人が何事かとざわめきだした。
「――癒しを――!」
――――パァァァァァァァ…………ッ――――
レイリアナが呟くと、一気に眩い光がシエルラキスを取り囲む。
そして、その光は、教会前の広場に集まっている人々の頭上にも降り注いでいった。その光は広場に留まらず、貴族街にも向かっていった。
その光景を目にした人々は、驚きの余り言葉を失っている。
――上手くいったわ……!
レイリアナが瞼を持ち上げると、やり切ったと言う様に誇らしげにシエルラキスを見た。彼女は魔法発動中、目を閉じていた為、自身の魔法がどの範囲まで広がっていったのか把握していない。淡いピンク色だったはずの瞳は久々に少し赤色になり始めている。
そんな彼女を見たシエルラキスは深い溜息をつき、呆れた様に片手で顔を押さえた。
「やりすぎだ……」
「え?あれ?」
――そう言えばやけに静かだわ――
シエルラキスが集まった人々の方へ視線を移すと、レイリアナも恐る恐る視線を広場へと移した。静まり返った人々と、魔法の余韻を残す淡い光が広場に広がっている光景が彼女の目に映る。
「まさか、またわたくし――」
――わあああああああぁ……っ!!!!
レイリアナが人々を見ると、彼女の言葉が遮られる程の歓声が、教会前に響いた。
――今の魔法はおひとりで?
――奇跡だ……。
――これでこの国は安泰だな!
――あんなに綺麗な魔法初めて見た!
人々は口を揃えて、未来の王子妃を称えた。レイリアナは困惑し、シエルラキスに助けを求める様に視線を向けた。
「――この場はとりあえず、笑っておけばいい。――話は後でするから」
「は、はい……」
レイリアナが人々に向かってぎこちなくにっこりと微笑むと、再び歓声が沸き上がった。
式が終わりました。レイリーの魔法もお披露目となってしまいました。
次は披露宴です。