34.父親の戯言
晩餐の際に、レイリアナとシエルラキスの婚約式について話し合われた。婚約式は両家の合意の元の婚約である事を公に示す為の行事であり、王族の婚約では必ず執り行われる。
国王の早い方が良いだろうと発言した事により、早々に日取りが設定された。
そして、晩餐の翌日からレイリアナとシエルラキスの婚約式の準備が始まった。
今回の婚約式に合わせて婚約披露宴も行う予定だ。披露宴は第3王妃陣営を牽制する為、王城で大々的に行う事になり、シエルラキスは第1王妃に準備の協力を仰いだ。
そんな慌ただしい日々の中、レイリアナは王城内にある自身の研究部屋に足を運んだ。
「王城の中までお越しいただき、ありがとう存じます。チェシーダ様」
「お招き頂き光栄でございます」
レイリアナの研究部屋に訪れていたのは、エアラムザの実家・ストラーダ伯爵家が出資しているエアラーダ商会の代表のチェシーダだった。
先日、エアラーダ商会に依頼していた魔術具の試作品が出来上がったと連絡を受け、レイリアナは直ぐに見たいと返事を出していた。すると、エアラーダ商会代表が直々に届けに来たのだった。付き人としてデザイナーのギオも同行している。
「チェシーダ様がいらっしゃるなんて驚きました」
「登城するのですから、下の者だけに遣いを出す訳にもいきませんからね」
「なるほど……そう言うモノなのですね。お気遣いありがとうございます」
「ふふ。それでは早速。――ギオ」
後ろに控えていたギオが、試作品の腕輪を3組テーブルの上に置いた。
「わぁ! 素晴らしい……です!!」
レイリアナが目を輝かせてブレスレットを見ていると、チェシーダも関心したようにそれを覗いた。
3組の中でもレイリアナは特に月と太陽をモチーフとした物に目を惹かれた。
「素敵ですね……」
「恐れながら、レイリアナ様。宜しいでしょうか」
ギオが頭を下げ、発言を求める。デザイナーとして貴族に深く関わる彼は、場に合わせた所作も身に付けていた。
「この部屋ではいつも通りでいいですよ。ギオ」
レイリアナはにっこりと微笑むと、ギオもにっこりと微笑み返した。
「恐れ入ります。そちらのブレスレットですが、レイリアナ様をイメージしてデザインした物になります。そして、ペア同士重ねると――このように嵌り合う様になっております」
「凄いですね」
『8』を斜めにした様に三日月と太陽のモチーフに宝石が嵌め込まれている。ペアの三日月の凹んでいる部分の曲線に、太陽の宝石がピタリとハマるデザインだった。
更に、音声保存と再生に使用される太陽部分の宝石は取り外しが可能になっており、音声保存の魔術を行う時だけ外せば何度でも吹き替えられるようになっていた。
ブレスレットの表面や三日月の凹んでいる部分にも、魔術陣が描き込まれているので、他では見ないデザインになっている。
「てっきり魔法陣は全て裏側に隠すのかと思っておりました」
「半分以上の魔術陣は裏側に施してございますよ。私は大掛かりな魔術陣を見るのはほぼ初めてですが、あの様に幾何学的で素晴らしいデザインだと思っておりませんでした! そして、魔術を起動した後の微かな光。ぜひぜひ魔術陣もデザインの一部としたいと考え、積極的に取り入れております!!」
――確かに、魔術陣は綺麗よね。でも、デザインの一部にしてしまうなんて考えていなかったわ。
ギオはいつも通りデザインの事になると雄弁になった。チェシーダがそれを窘めると、ハッとして後ろに控えた。
レイリアナは苦笑し、そのやり取りを見守った。
「さて、いかが致しましょうか。レイリアナ様」
チェシーダが改めてレイリアナに向き合う。
「では……まずはこの太陽と月のデザインを元にして、わたくしとシエルラキス殿下用に作っていただきたいのです」
「レイリアナ様と王子殿下用ですね。――あ! それはもしかして……」
「チェシーダ様はご存知だと思いますが……。わたくしとシエルラキス殿下の婚約式があるのです。なので、少し特別な物にしたくて――。婚約式には間に合わせたいのですが大丈夫でしょうか」
レイリアナが少し恥ずかしそうに伝える。それを見たチェシーダは、ばっと立ち上がりレイリアナの手を両手で握った。
「勿論です!! 素晴らしい物をお届けいたしますね!」
「ありがとうございます。――それと、婚約披露宴のドレスなのですけど……」
「ドレスなら、第1王妃陛下から既に承っておりますよ」
チェシーダは姿勢を正し、にこにこと微笑んで答えた。
「さすが陛下ですね……」
「今回もお任せ下さいね。結婚式のドレスも是非エアラーダ商会をご指名下さいね」
――結婚……!!
「も、勿論です」
レイリアナは顔を真っ赤にさせ、淡いピンク色の瞳を揺らしながら、しどろもどろに返事をした。
チェシーダはそんな可愛らしい彼女を直視して、ぎゅっと抱きしめて撫で回したい衝動に駆られる。
――早く着飾らせて、この可愛らしい子をめいいっぱい褒めて、愛でたい……!
しかし、彼女は満面の笑みを浮かべ、不謹慎な衝動を綺麗に誤魔化した。
――ゴーン……ゴー……ン――
教会の鐘の音が王都に鳴り響く。
今日はシエルラキスとレイリアナの婚約式である。王城に一番近く王都で最も大きな教会で、レイリアナは入場の時を待っている。
婚約式当日は、式になるまでお互いに顔を合わせる事は出来ない。式場までのエスコートは親族の――レイリアナの場合は父親の役目だった。
彼女は、白の上品なドレスを身に纏い、控えの部屋に座っている。そのドレスは遠目から見るとシンプルだが、全体的にたっぷりの刺繍が施されており、背後のトレーンの透けたような刺繍は目を奪われる程に美しかった。
侍女のサラは、そのドレスを纏ったレイリアナを見て「このまま一枚の絵画として飾っておきたい程美しいです」と絶賛した。美しいと賞された彼女は、ドレス以上に美しく佇んでいる。
「お父様。本日はよろしくお願いいたします……」
レイリアナが入室した父親に微笑み、挨拶をした。彼女の父・ディミトリオンは眩しそうにその姿を見つめた。
――いつの間にか、結婚出来るほど大きくなったのか……。メリーによく似てきたな。
「ああ。レイリアナ」
ディミトリオンはレイリアナの向かいに座ると、話を始めた。
「メリー――其方の母も参列を望んでいたが、未だ体調が優れないのだ……。フィザリオンも第1王子殿下が帰国されるまでは王国に戻らないと連絡を受けている」
「――はい。わかっております。婚約式ですから……お母様もお兄様も無理はなさらない方が良いでしょう。お父様がいらっしゃいますから十分です」
レイリアナは少し寂しそうに微笑んだ。ディミトリオンは気丈に笑う娘を慰める様に、後で読みなさいと2人から預かった手紙を渡す。
手紙を受け取り、レイリアナはそれを胸に抱きしめた。
「――レイリアナ。本当に、この婚約に不満はないのだな?」
「はい。お父様。わたくしは望んでシエルラキス様に嫁ぐのです」
「――ならば良いのだ」
レイリアナがシエルラキスの名を口にすると、彼女自身が気が付かないうちに表情が和らいでいった。
ディミトリオンは眉を下げ、困ったような悲しいような笑みを浮かべる。レイリアナは父のそんな表情を見るのが初めてで、少し困惑した。
――この期に及んで、娘を嫁にやりたくないなどと思うとは……。
「お父様?」
「気にするな。父親の戯言だ。――そろそろ参ろう」
「はい」
ディミトリオンはレイリアナに手を差し伸べ、2人は式が行われる礼拝堂へと向かった。
色々詰め込んで長くなったので分けました。
チェシーダの性癖の片鱗がチラ見してます。彼女の娘もいれたかったのですが、ごちゃごちゃし過ぎるので断念しました。
しかもサラッとレイリーの母と兄の名前とか出てきてます。
そして、第1部完結のカウントダウンです。
第1部も、第2部も楽しんで頂けるよう精進致します!