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33.両家顔合わせ

 

 『沈黙の塔』での誘拐事件の刑の言い渡しがなされ、王城内で暮らすレイリアナも少し落ち着いた日々を送れると思っていた矢先、一通の招待状が届いた。


「レイリアナ様……こ、国王陛下から、晩餐のご招待が届きましたが……」


 侍女のサラが小さく震えながら、レイリアナに招待状を渡した。レイリアナもすっかり忘れていたが、シエルラキスから国王陛下を含めた王家とサクリフォス家との顔合わせを行うと伝えられていたのだ。

 レイリアナは招待状を確認すると、少し青ざめた表情になる。


「サラ……。晩餐の日は3日後よ。お父様もその晩餐にいらっしゃるから、前日か後日かわからないけれど、きっと居室(ここ)にも立ち寄るわ」

「大至急ご準備いたします!」

「ええ、お願いね」


 サラは急いでレイリアナの居室を後にした。


 レイリアナはそれから2日間、晩餐と父を迎える準備に費やした。






 レイリアナの父ディミトリオン・サクリフォス公爵は、結局、晩餐当日の昼過ぎにレイリアナの居室へ顔を出した。ディミトリオンはそのまま晩餐へレイリアナをエスコートする事になっている。


「久しぶりだね。レイリアナ」

「お父様。この度はお時間を頂きありがとう存じます。長旅お疲れ様でございました。どうぞこちらへ」


 レイリアナは少し緊張した面持ちで、自分の父親を居室へ迎え入れた。彼女が公爵家から連れてきた使用人達も、久しぶりの(あるじ)の到来に皆少し動きが硬い。

 談話用のテーブルに着きお茶が運ばれてくると、ディミトリオンは使用人に下がる様に命じる。


「――何か不自由はしていないかい?」

「不自由はしておりません。過分な待遇でこちらが恐縮してしまう程です」

「ならば良い。これからも不服があれば申せよ。私から陛下に直訴しよう」

「い、いえ!! そんな滅相もございません!」


 ――陛下とは国王陛下のことよね……!?


 レイリアナは急に話が大きくなった事に驚き、慌てて両手振ってそれを辞退した。そんな彼女を見ていたディミトリオンは目を細めて微笑んだ。


「元気そうで何よりだ」


 それから、2人はそれぞれの近況報告や他愛もない話をし、滅多に訪れない父と娘の時間を過ごした。

 そして、今夜の晩餐の話に移ると、ディミトリオンは少し寂しそう微笑み、話し始めた。


「今夜の晩餐はレイリアナと第2王子殿下との婚約に対する両家の顔合わせだ。しかし、今回の婚約については――聞き及んでいると思うが……第1王子殿下を救うための()()の婚約だ。いいね」

「――はい。伺っております」


 父親から直接『偽装』と言われレイリアナの胸がチクっと痛んだ。シエルラキスに対するレイリアナ自身の気持ちや、彼からの気持ちもわかってはいるが、他からはその様な目で見られないのだと痛感した。


 ――偽装の婚約に了承の返事をしなければならないこともつらい……。


「レイリアナ。どうした?」


 レイリアナは自分でも気付かないうちに俯いており、ディミトリオンが心配そうに名を呼んだ。彼女はパッと顔を上げ、綺麗な微笑みを作った。


「いえ……何もございません。――わかっております。わたくしと第2王子殿下の婚約を足掛かりに、第1王子殿下をお救い出来る事は誉でございます。お兄様は今も第1王子殿下と共に戦っていらっしゃるのでしょう。わたくしの偽装の婚約くらいなんともない――」


 レイリアナは必死に言葉を紡いだが、不意に一粒の涙が零れた。ディミトリオンは慌ててハンカチを差し出した。


 ――泣くほどに嫌なのか……?


「――第2王子殿下にひどい扱いを受けてはいないか? 先日の誘拐事件について後日聞かされた時は肝が冷えたぞ……あれも第2王子殿下の策略ではないのか?」

「いいえ! 違います、お父様! あの事件は主にわたくしが仕組んだ事にございます。シエルラキス様はそこからわたくしを救って下さったのです……!」


 誘拐事件の真相はディミトリオンには正確に伝わっておらず、事件を誘発させたのは第2王子(シエルラキス)だと思い込んでいた。


「では、なぜそのような悲痛な顔をしているのだ……?」

「……なんでもありません。――そろそろお時間ですね」

「――ああ。そんな時間か……」


 ――シエルラキス様に思いを寄せているなどとは、わたくしから言えない……。


 幼少期から離れて暮らす期間の多かった2人は、そこまで信頼できる親子関係を築くまでに至っていなかった。ましてや、父親によって数年間領地に軟禁されていたレイリアナがそう簡単に心を開く事は難しい。


 そして、2人はぎこちなさを残したまま国王の待つ晩餐へと向かった。






「ディミトリオン! 領地から遥々王都までよく来てくれた! 今宵はあまり(かしこ)まる事は無い。楽にしてくれ」


 レイリアナとディミトリオンは指定された部屋に入るや否や、主催として待っていた国王に歓迎を受けた。現国王と元宰相のサクリフォス公爵は非常に気安い関係であった。

 今夜の晩餐の部屋は、(おおやけ)に使われる謁見の間の隣りの晩餐会場ではなく、王族居室近くの晩餐会場であった。それ程部屋の大きさは大きくなく、すぐ近くに国王がいるのでレイリアナは緊張で顔を強ばらせた。


国王(ゼストスフォード)陛下。本日の主役はレイリアナとシエルラキスですよ。お2人共ようこそいらして下さいました。さあ、お掛けになって?」


 ゼストスフォードの隣で言動を(たしな)めるように第1王妃(ラフタラーナ)が注意を促した。レイリアナが部屋を見回すと、既にラフタラーナもシエルラキスも席に着いている。

 レイリアナとディミトリオンが挨拶をすませ、招待に対する礼をすると全員席に着いた。


「まずは、要件を済ませてしまおうか。ディミトリ、よいな」

「はい」


 ディミトリオンが神妙な面持ちでゼストスフォードの言葉を待った。


「この度、シエルラキス・ラトゥリーティア第2王子とレイリアナ・サクリフォス公爵令嬢との婚約を結ぶ。尚、この婚約は第1王子の本国帰還に伴い、双方の確認の元破棄できる事とする。――これでよいな?」


 ゼストスフォードが今夜の要件を言い終え、スッキリした顔でいると――。


「――陛下。宜しいでしょうか」


 シエルラキスがゼストスフォードに発言の許可を求めた。

 その場にいた全員がシエルラキスを見遣った。レイリアナは不安そうな顔でシエルラキスを見守る。


 ――シエル様? 一体どうしたのかしら……?


「なんだ? シエルラキス。この婚約は不服か?」


 ゼストスフォードは頬杖をつき、訝しげにシエルラキスを睨んだ。ディミトリオンも不満げに彼を見つめる。


「恐れながら申し上げます。レイリアナ嬢との婚約に不服はございません。ですが、第1王子帰還後の破棄を前提とするものではなく、正式な婚約として頂きたいのです!」


 ゼストスフォードは体勢を保ったまま、シエルラキスの言葉に眉をピクリと動かした。


「正式な?」

「はい。今回の婚約は第1王子殿下の救済を目的とする事に変わりはありません。ですが、私は王子殿下帰還後もこの婚約を破棄する事はありません」


 シエルラキスはゼストスフォードに真摯に向き合った。

 そんなシエルラキスの要求に、レイリアナは胸の鼓動が速くなっていくのを感じた。


 ――嬉しい……陛下がどのように答えたとしても、彼の言葉だけで十分だわ……。


「……サクリフォス家はどうなのだ?」


 陛下は明確な返答ではなく、ディミトリオンとレイリアナに質問を投げ掛けた。レイリアナは急に話を振られてドキリと心臓が跳ね上がったが、ディミトリオンに恐る恐る視線を移した。

 ディミトリオンも自身の娘に視線を向ける。


「レイリアナが良ければ……反対する理由はございません」

「――で、其方は?」


 ゼストスフォードは頬杖をついていた手を崩し、腕組みをすると、レイリアナに鋭い視線を投げかけた。国王の碧眼に射すくめられ、レイリアナは背筋が凍った。表情から感情が全く読み取れない。

 しかし、ここで引いては一生後悔すると、彼女は意を決して話し始めた。


「恐れながら……。わたくしもシエルラキス王子殿下と同じ思いでございます。皆様ご存じかもしれませんが、わたくしの魔力発生量はほとんどありません。それを唯一解決して下さるのが王子殿下です。何の役にも立たないわたくしに差し伸べられた希望の光でした」


 レイリアナは震える手をテーブルの下で握りしめる。国王に話していると言うよりも、自身の父親に聞いて欲しいという思いで話を続けた。


「殿下の余剰魔力の受け皿となり、その魔力を以ってこの国のお役に立てるのならば、生きていく意味を見出せるのです。わたくしは殿下と共に歩んで行きたいと願っております。――あの日、殿下から婚約の告白を受け、お答えした気持ちに心変わりも偽りもございません」



 ――わたくしの気持ちを、陛下に――お父様にも伝わって欲しい……。


 レイリアナの返答にディミトリオンは驚きの表情をした。レイリアナはこの婚約を嫌がっていると思い込んでいたのだ。そして、これまで彼女に強いてきた境遇を振り返り、自戒する。

 そして、ディミトリオンだけではなく、シエルラキスにも彼女の言葉が響いた。


 ――もし、陛下に断られたら、レイリアナをこの場で攫ってしまおうか……。


 それぞれの思いが短い沈黙の中に溶けていく。

 ゼストスフォードは少し瞼を伏せ、そうかと呟くと、再び目を開けレイリアナとディミトリオンを見遣った。


「2人共、シエルラキスの提案を受け入れるという事で良いのだな?」

「……はい」

「はい!」


 2人がゼストスフォードの問に肯定の意を示すと、彼の表情がみるみるうちに綻んだ。にっと笑うと、態度を軟化させた。


「では、この婚約は正式なものとして扱おう! 良かったな、ディミトリ! これで私と親戚だぞ」


 国王の態度が一変し、レイリアナは安堵と驚きの表情を浮かべた。彼女の隣にいるディミトリオンはこめかみに手を当て、やれやれと呟いた。


「……はぁ。喜ぶべきはそこではないと思いますがね。陛下」

「そうか? 私は昔から第1王子(アスティリード)第2王子(シエルラキス)に其方の娘を――と申していたではないか。いつも難色を示してはっきりとした答えを出さずに逃げていたが、ようやく捕まえたな。よくやったぞ、シエルラキス」

「――あ、……はい」


 シエルラキスは急に話を振られ、簡単な相槌を返すのみだった。拍子抜けした彼は、心の中で小さく悪態をついた。


 ――これまで悩んだのは何だったんだ……。


「第一、シエルラキスの魔力漏出に耐えうる事が出来る令嬢なぞ彼女くらいなのだろう? これを逃す手はないからな」

「それだけが理由では……!」


 シエルラキスは焦って弁明をするも、国王の発言に掻き消される。


「それに、シエルラキスは()()()()()()()()()期間が長い故、嫁がせるのならば其方だとは思っていたがね」


 ――え……っ?


 ゼストスフォードの何気ない一言にレイリアナは驚き、淡いピンク色の瞳を揺らした。そんな彼女の驚きに気が付いたのはシエルラキスだけだった。


  ――陛下は今、なんと……? シエル様が公爵領に住んでいた?


 シエルラキスは話題を変えようと、姿勢を正し右手を胸に当て、ゼストスフォードに向き合った。


「陛下。サクリフォス公。私の提案を受け入れて下さり、ありがとう存じます」

「構わぬ。其方が満足ならばそれで良い。アスティリードの為に、文句も言わずに影に徹してきた其方が言う数少ない我が儘だ。それくらい父として叶えてやりたいではないか」

「――陛下。勿体ないお言葉を……」



 シエルラキスはゼストスフォードの言葉に軽く目を見張ると、はにかんで瞳を伏せた。

 ゼストスフォードはそんな息子を見て、何も言わずただ満足げに微笑んだ。それは父としての表情だった。


シエルとレイリーが頑張りました!そして、ようやく出てきた国王の名前。噛みそうです。

次回は甘めの回になります。

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